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2冊目 『アクマールちゃんのジ・ゴ・クッキング』 その6

「ひぃっ、くしゅんっ! いや、近づけないで、ギャアァァァッ! 鼻が、鼻が痛い、鼻がツーンッて、ギャアァァァッ!」


 里音が鼻を押さえて転げまわります。だぼだぼのエプロンドレスが土ぼこりにまみれていきます。驚いた美緒が、フライパンをせいいっぱい高くふりあげました。


「あんた、やっぱりうそだったじゃないの!」

「違うわよ、お願いだから待って! もう少し見てたらわかるから!」


 あわててアクマールが反論しました。それと同時に、里音のからだがこきざみにふるえはじめました。そして……。


「ふぁ……はふぁっ……。ぶぅうぇっくしゅぅんっ!」


 さっきとは比べ物にならないほどに、とんでもないくしゃみをしたのです。美緒は思わず飛びあがりました。こわごわ里音の様子を観察すると、荒い息を整え、上目づかいで美緒を見あげました。


「あれ、鼻のむずむずが消えたわ。どうして?」

「説明はあとでするから、他の二人にも急いで鼻に近づけたほうがいいわよ」


 アクマールにいわれて、美緒は半信半疑で俊介と花子にも暗黒ワサビを近づけました。二人も里音と同じように、鼻が痛いとわめきちらして、最後は盛大なくしゃみをしたのでした。アクマールが得意げに説明をはじめます。


「ほら、本当だったでしょ。暗黒ワサビは、とんでもなく強い刺激を鼻に与える、魔界のお寿司に欠かせないものなのよ。これも地獄の黒コショウと同じように、食べなれてない人がにおいをかぐと、鼻がすごいビックリするのよ。最後にすごいくしゃみをしたでしょ。暗黒ワサビの刺激にビックリした鼻が、地獄の黒コショウもろともくしゃみで外に吹きとばしたってわけ。地獄の黒コショウのくしゃみ地獄から開放される、ゆいいつの手段よ。ね、よく知ってるでしょ」


 説明を終えて、アクマールはしたり顔で笑いました。しかしその笑顔はすぐに凍りつきました。


「なにがよく知ってるでしょ、よ! よくもやってくれたわね」


 呪いで動けないままのアクマールを、里音たちがとりかこみました。血の気の引いた顔で里音を見つめ、アクマールは必死に懇願しました。


「ちょっとちょっと、待ってってば! あたしちゃんと助けてあげたじゃない!」

「そもそもあんたが地獄の黒コショウでわたしたちを苦しめたんじゃないの! 助けたとはいえないわ」

「それは……しかたないじゃない、ね、許してよ、お願い!」


 涙目のアクマールを、里音がニタリといやらしい笑顔で見ています。美緒が持っていた、すりおろされた暗黒ワサビを手に取りいいました。


「さ、おしおきの時間よ。あんたの顔じゅうに暗黒ワサビをぬりたくってやるわ! そんでもって、暗黒ワサビを鼻の穴につっこんでやる!」

「ヒィィッ!」


 アクマールが悲鳴をあげました。黒いコックぼうが落ちそうなくらいに、いやいやと顔を激しくふって逃げようとします。里音が逃げられないようにこめかみの角をつかみました。悪役としか思えないような意地悪い笑みを浮かべて、暗黒ワサビを近づけようとする里音に、俊介がえんりょがちにいいました。


「里音ちゃん、もういいじゃないか。この子も反省してるんだし、それに早く本を封印しないと」


 俊介のほうをふりかえると、里音がじろりとにらみつけました。


「それじゃああんたが、代わりに暗黒ワサビを塗りたくられたいのかしら?」

「いやだよ! なにいってるの、ていうかそのぶっそうなワサビをどこかにやってよ! だってかわいそうじゃないか、この子、こんなにふるえてるんだよ」


 いつの間にかアクマールが、ぱっちりしたつり目をうるうるとうるませて、俊介を見あげていたのです。里音がわざとらしくため息をつきました。


「どうせあんた、この子がかわいいからそんなこといってるんでしょ? あー、やだやだ。男っていつもそうなんだから」

「なっ、違うよ! ぼくは純粋に、この子がかわいそうだって思ったからそういってるんじゃないか」


 しかし、里音は疑うように俊介を上目づかいで見ています。花子も軽べつしたような冷たい視線を送ってきます。すがるように美緒をふりかえりましたが、美緒までもが俊介をじと目で見ていたのです。


「そんなぁ……」


 情けない声をあげる俊介を、里音がからかうように笑っていいました。


「アハハ、まあいいわ。あんたがそこまでいうなら、さっさと封印しちゃいますか。アクマール、あんたの本はどこにあるの? いっとくけど教えないなら暗黒ワサビまみれにするわよ」

「それなら、暗黒ワサビがあった料理棚の一番下よ」


 素直にアクマールが教えたので、里音はいぶかしげにまゆをひそめました。注意深く料理棚を観察しますが、別になにも異常は見当たりません。


「あんた、なにをたくらんでるの?」


 アクマールから目を離さないようにして、里音は料理棚においてあった、黒い背表紙の本をつかみました。表紙の写真では、アクマールが満面の笑みでピースしています。どうやら本物の『アクマールちゃんのジ・ゴ・クッキング』で間違いないようです。しかし、自分の本が封印されそうだというのに、アクマールはまるで意に介さないといった態度です。それどころか、うっすら笑みすら浮かべています。俊介たちも、その落ち着きぶりに逆に不安になったのか、心配そうに里音を見ました。


「ふん、なにをたくらんだところで、すぐに封印するんだから関係ないわね」


 わざと大きな声でそういって、里音は黒い背表紙へとキスしました。『アクマールちゃんのジ・ゴ・クッキング』は、黒いもやにつつまれていきます。真っ黒だった背表紙に、赤い文字で題名が浮かびあがってきました。どうやら封印は成功したようです。それとともに、アクマールのすがたも消えていき、おどろおどろしいレストラン・アクマールも、元の家庭科室へと戻っていきました。ほっとしている俊介の耳に、美緒のするどい声がつきささりました。


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