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2冊目 『アクマールちゃんのジ・ゴ・クッキング』 その4

「うわっ、なんだよここ……」


 言葉を失う俊介でしたが、それもしかたがありません。『レストラン・アクマール』の中は、ゴウゴウ、ボワボワと、黒い炎がそこかしこからふきでる、まさに地獄のような光景だったからです。その炎にあぶられて、巨大なフライパンやらなべやらが、ヒィィッ、ヒィィッと、おぞましい悲鳴をあげています。フライパンがいためていた食材を、空中にひゅうっとフライ返ししました。


「うげっ!」


 変な声を出して、俊介はあわてて里音のうしろにかくれました。フライパンがいためていたのは、ひび割れた大量のドクロだったのです。宙を舞うどくろに、ハゲタカのように包丁たちが群がって切り刻みます。一瞬でみじん切りにされたドクロを、またもやフライパンがいためはじめます。がたがたふるえながら、俊介がだぼだぼのそでを引っぱりました。


「里音ちゃん、里音ちゃん、ね、帰ろう! こんなところにいたら、ホントにぼくらも料理されちゃうよ!」

「そうみたいね。ほら、向こうはわたしたちを食材だと思っているみたいだよ」


 里音が指さした先には、ナイフやフォークが空中に浮かびあがり、黒い炎を反射してぎらぎらと光っています。それはまるで、獲物を見つけた肉食獣の目のような、不気味な光でした。


「ちょっと、ちょっと、どうしよう!」

「どうしようって、そりゃあ戦うに決まってるじゃない。アクマール! すがたをあらわしなさいよ!」


 炎の音やフライパンたちの悲鳴をかき消すような、とんでもなくでかい声で里音がアクマールを呼びます。すると、奥のほうからふわりと、真っ黒なメイド服を着た、小柄な女の子が現れたのです。頭には黒いコックぼうをかぶっています。


「えっ、え、女の子?」


 あっけにとられて目がくぎづけになっている俊介を、里音がぎゅうっとつねりました。


「痛いって! ちょっと、なにするんだよ!」

「あんたがデレデレしてるからよ。それより気をつけなさいよ。ああ見えてあの子は魔人、つまり魔界の中でもかなりの魔力を持ったエリートなんだから」


 里音がまゆをつりあげ、アクマールをにらみつけました。背中からはこうもりのような黒い羽が生えていて、メイド服のおしりからは、悪魔のしっぽがにょろっと見えています。それに左右のこめかみからは、かわいらしい顔には似合わない、ゴツい角が生えています。しかし俊介には、里音がいうような恐ろしい魔人だとは思えませんでした。ちょっぴりつり目の大きな目に見つめられて、俊介がへへっとにやけました。


「イタッ!」


 また里音につねられて、俊介はムッとして里音をにらみつけました。アクマールがふふっとおかしそうに笑います。里音と同じように八重歯がちらりと見えました。


「えーっと、吸血鬼に、ゆうれいに、それに人間の男の子と()()()がいるわね。ずっと誰かお客さんが来るのを待ってたけど、だーれも来ないから、とっても退屈してたの。でも、今日はすてきなディナーになりそうね」


 パチンッとアクマールがウインクしたとたん、宙に浮いていたナイフやフォークが、いっせいに里音たちに飛びかかってきたのです。俊介がひぇぇっと悲鳴をあげます。しかし里音は表情ひとつ変えずに、右手に本を出現させました。真っ黒な表紙には、ろうそくと水晶玉が描かれています。里音がその本を開いたとたん、ナイフやフォークがピタリと空中で止まり、別の方向へ飛んでいったのです。


「あら?」


 アクマールが目をぱちくりさせました。ナイフやフォークが飛んでいった先には、いつの間にか巨大なわら人形が現れています。ザクザクザクッといやな音をたてて、わら人形はあっという間に全身ナイフやフォークだらけになってしまいました。


「へぇ、それが魔界図書館の本の力ね。ずいぶん面白い能力だわ」


 アクマールがにこにこしながら里音を見おろします。里音はふふんと、得意そうに本をアクマールに見せつけました。


「『魔界の呪い大全集』よ。この本には、魔界のありとあらゆる呪いが書かれている、魔界図書館のベストセラーのひとつよ。今呼び出したのは、身代わりのわら人形。あんたがどれだけ攻撃しても、すべてわら人形に受け流されるわ。さ、調理道具がなくなったコックが、どうやってわたしたちを料理するのか、見せてもらおうかしら」


 アクマールは全く表情を変えずに、いいえ、むしろ楽しそうな笑みを浮かべて答えました。


「ふふ、なかなかやるじゃない。でも、まさかあなた、コックの調理道具がこんなナイフやフォークだけだなんて思ってるのかしら? 身代わりのわら人形ね、どんなお味がするのか、今から楽しみだわ」


 アクマールがまるで指揮者のように、ゆっくりと手をふりたてました。その動きに合わせて、黒い炎が里音たちのまわりをとりかこみます。首をもたげたへびのように、黒い炎がボワボワと燃え上がり、いっせいに降りかかってきます。里音たちの手前で炎は止まり、一気に身代わりのわら人形へ吸いこまれていきます。


「身代わりのわら人形のステーキ、出来上がりかしら」


 アクマールの言葉通り、身代わりのわら人形は勢いよくボウッと黒い炎を上げて、パチパチと火だるまになってしまったのです。今度はアクマールが挑発するようにいいました。


「さ、お望みどおり料理してあげたけど、まさかこれで終わりじゃないでしょうね?」

「ふん、前菜ぐらいでこのわたしが満足すると思ってるの? まだメインディッシュが残ってるじゃない」


 里音が『魔界の呪い大全集』をぱらぱらとめくりはじめました。アクマールが興味深そうに里音を見おろします。


「今度はいったいなにをする気かしら……えっ!」


 アクマールの目が見開かれました。せわしなく動いていた羽としっぽが、時が止まったかのようにピタリと動かなくなったのです。もちろん手も足も、マネキンのように止まって動かないようです。俊介と花子がそろって息を飲みました。


「くっ、なにこれ? あんた、いったいあたしになにしたの?」


 かろうじて口は動かせるようで、アクマールがすごんだ声で問いつめました。里音は思いっきりバカにしたような、にやにや笑いを浮かべて答えました。


「なにしたって、もちろんあんたに呪いをかけてあげたのよ。ほら、これ」


 里音が『魔界の呪い大全集』のページを、アクマールに見せました。右のページには、舞台の上に生気のない人形たちが並べられている挿絵が描かれています。左には複雑な魔法陣とともに、文字がびっしり書かれていました。


「『魔界の呪い大全集』を執筆した魔人ディミーアン・ヒャッハは、その呪いで魔界の住人たちを数多く自らのしもべに変えていたわ。その中でもっとも有名なのが、『ろう人形部隊』よ。呪いをかけてからだの自由を奪い、その上で魔力をこめたろうでからだをコーティングする。そうしてたくさんのものいわぬ人形たちを作りあげたの」

「まさか、あたしにかけた呪いって」


 里音が八重歯をむきだしにしてうなずきました。


「そう、『ろう人形の呪い』よ。相手のからだの自由を奪う呪いね。どれだけあんたがすご腕のコックでも、動けなければ料理もなにもできないでしょうし、わたしの勝……へ、へっくしゅん!」


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