2冊目 『アクマールちゃんのジ・ゴ・クッキング』 その1
「それじゃ、自己紹介してもらいましょう。自分でできるかしら?」
担任の杉本先生にうなずいて、里音は黒板に自分の名前を書いていきました。さすがに自分の名前は間違えずに漢字で書けたようで、俊介はひそかに胸をなでおろしました。
「緋村里音といいます。俊介君のいとこです。両親が仕事で海外に行っているので、俊介君のおうちで暮らしています。どうぞよろしく」
ちょこんとおじぎして、にこりと笑うそのすがたは、あのすぐにけりを入れる里音とはまったく違います。俊介は胸の中でこっそり毒づきました。
――なんだよ、ネコかぶっちゃって――
里音がジロリとにらみつけてきたので、俊介はびくっとからだを硬くしました。ばれないように、無理やりに笑顔を作って笑い返します。
――危なかった、なんてカンのいいやつなんだ――
「初めてのことでいろいろわからないこと多いと思うから、みんなちゃんと教えてあげてね。それじゃあ席だけど、とりあえず次の席替えまでは俊介君のとなりにお願いね」
「ええっ!」
思わず声を出してしまい、俊介はハッと口をふさぎました。杉本先生がいぶかしげに俊介を見ます。
「どうしたの、俊介君。まさか、里音さんがとなりになるの、いやだって思ったんじゃないでしょうね」
「そんなことないよ、先生。どうぞ、里音ちゃん」
ひきつった顔で笑いながら、俊介はがっくりと肩を落としました。
「ねえねえ、ご両親は海外って、どこに行ってるの?」
「そのお洋服かわいいね。なんだかメイドさんって感じがするわ」
「髪長いわね、シャンプー大変でしょ」
休み時間は、転校生恒例のイベントである質問攻めが始まりました。口々に話しかける女子たちを、俊介はうっとうしくながめています。自分の席は早々に女子たちに占領されてしまったので、俊介には遠巻きに見ているくらいしかできませんでした。
――でも、大丈夫かな。かわいいかわいいってちやほやされてるから、里音ちゃん今のところご機嫌だけど、もし誰かが、小さくてかわいいとかいいだしたら――
「かわいいっ! 一年生みたいで、ほっぺたもふにふにしてるし、ああもう、お願いさわらせて!」
くぐもった声が女子の輪から聞こえてきました。俊介はあちゃーと頭をかかえました。
――さっそくやっちゃったみたいだな。せっかく里音ちゃんがネコかぶってたのに、でもだれだろう、こんなクリティカルに里音ちゃんの逆鱗にふれるようなことをする子は。鼻かぜみたいな声だったのに、って、美緒ちゃんじゃんか――
俊介は目を疑いました。マスクをつけた美緒が、里音のほっぺをふにふにさわっているのです。他の女子たちも目が点になっています。
「うわっ、ちょっと待って、里音ちゃん!」
俊介があわてて女子の輪に割りこんできました。女子たちがいっせいに俊介に文句をあびせます。
「なによあんた、質問したいなら順番守りなさいよ!」
「ていうかあんた、いとこなんだから質問しなくてもいいでしょ、引っこんでなさいよ」
「そういえばいっしょに住んでるっていってたけど、里音ちゃん大丈夫? 俊介から変なことされてない?」
俊介の顔が真っ赤に染まっていきます。どもりながらも首をふりました。
「そ、そんなこと、するはずないだろ! 違うんだよ、ぼくは美緒ちゃんが心配で」
「そうだった、ちょっと美緒、いくらかわいくっても、初対面なのにほっぺさわっちゃかわいそうでしょ」
「美緒が小さい子好きなのは知ってるけど、里音ちゃんはクラスメイトだよ」
みんながやんわり注意するので、美緒はしぶしぶ里音のほっぺから手を離しました。鼻声で里音にあやまります。
「あ、ごめんね。でもすっごく小さくてかわいいから、つい」
「だめだって、美緒ちゃん、里音ちゃんに小さいとか、チビとかいっちゃ」
里音がキッと、俊介に射抜くような視線を向けました。他の女子たちも、白い目で俊介を見ています。俊介はハッと口を押さえましたが、遅すぎました。
「あんた今里音ちゃんにチビっていわなかった?」
「最低、女の子にそんなこというなんて!」
「だいたい自分だってそんな背が高いほうじゃないくせに、そんなこというなんて!」
まるで蜂の巣をつついたような騒ぎになって、非難の針が俊介にぶすぶす刺さります。俊介はあわてて言い訳しようとしますが、女子たちのはくりょくに押されてもはやなにもいいかえせませんでした。そんな俊介を見て、里音がふふんと小バカにした笑いを浮かべています。
――くそぅ、今に見てろよ――
四方八方から責められて、小さくなっている俊介をすまなそうに見ながら、美緒は首をかしげました。
――あれ、目の錯覚かしら、里音ちゃん、影が出てない――
教室の蛍光灯に照らされて、みんな机や床に影が出ているのに、里音だけなぜか影が出来ていませんでした。不思議そうに見ていると、里音と目があったので、美緒はあわてて目をそらしました。
――なに、あの子? 人のほっぺを、いじくりまわすだけじゃなくて、わたしのことじっと見つめて――
三人とも、様々な思いを胸に秘めたまま、休み時間のチャイムとともに、自分の席へと戻っていきました。教室のすみで、透明になった花子がくすくすっと笑いました。
――なんだか面白いことになりそうな予感――




