?冊目 魔界にて暗躍する者たち その1
「……そうか、ドッペルゲンガーですらうまくいなしてしまうとはな。最年少の司書見習いだというのに、ずいぶんと戦闘慣れした娘だな」
窓はもちろん、とびらすらないせまい部屋に、ひげ面の男が一人すわっていました。血をほうふつとさせる真っ赤なワインを飲みながら、その男は独り言を続けます。
「それにあの妹も、やっかいなものだ。ただでさえ魔力が強い吸血鬼一族でも、ずば抜けて高い魔力を持っている。やつが司書見習いでないことだけが救いだな。だが……」
ひげ面の男は、じっと壁に飾られていた満月の絵をにらみつけました。それにしてもなんとも不思議で不気味な部屋です。ひげ面の男の巨体でいっぱいになるほどに、せまい部屋の中には、ところせましと大量の絵が飾られているのです。しかもその絵はどれも、金色に輝く満月が描かれていたのです。男のすわるいすも非常に豪奢なものでしたが、その絵も芸術的な価値でいえば、いすに勝るとも劣らないものでしょう。男はのどを鳴らして、真っ赤なワインを飲み干しました。
「だが、二人ともとんでもない潜在能力を秘めている。子供は短時間でとんでもない成長を遂げるものだ。特にそれが吸血鬼一族なら、なおさらだ。……やつらが成長する前に、なんとしても魔界図書館の力を、我らの手におさめなければならないな」
ひげ面の男は、空になったワイングラスを床に投げ捨て、それから飾られていた満月の絵の一枚を凝視しました。男の視線があまりに強すぎたからでしょうか、絵の中の満月がまるで空に浮かぶ現実の月のようにきらめき、そしてだんだんと大きくなっていったのです。絵の中央に描かれていた満月が、まるでせまってくるかのように巨大化し、ついには額縁いっぱいにズームしたのです。ひげ面の男は全くあわてることなく、冷静な口調でつぶやきました。
「……よく来たな、ブラウグラナよ」
満月の金色で塗りたくられた絵に、顔の右半分が赤で左半分が青に塗られた、ピエロのすがたをした男が現れたのです。顔は半分ずつ赤と青に塗られているのですが、ピエロの服は赤と青の縦じまでした。顔だけでなく、目も右目が赤く、左目が青です。髪も、まゆ毛も、くちびるすら赤と青で、わけられていて、真ん中から別人かと見まごうような不気味なすがたでした。
「ブラウグラナよ、六冊の本のうち、最後の一冊、『魔界怪盗ネームレスのゲームブック』の所在はつかめているのだろうな?」
ひげ面の男が、威厳たっぷりにたずねました。赤と青のピエロ、ブラウグラナはうやうやしくお辞儀してから答えました。
「もちろんでございます、大臣殿。人間界のどこにあるか、このわたくしめがつきとめましてございます」
「そうか、よくやったな。……もちろん詩音……現魔界図書館館長にも、それに人間界に潜伏している司書見習いの双子にも気がつかれていないだろうな?」
ブラウグラナはにやりと顔をゆがめて、再び深くお辞儀しました。
「もちろんでございます。魔界図書館館長にも、それに人間界の双子にも気づかれないように、魔力の痕跡を完全に消して探索を行っておりました。その結果、誰にも気づかれることなく、『魔界怪盗ネームレスのゲームブック』を異空間へと封印することができましてございます」
ブラウグラナの言葉に、大臣と呼ばれたひげ面の男は満足そうに笑いました。開かれた口からは、ギラギラとおぞましい輝きを放つ牙が何本も見えます。
「いいだろう、ここまでは順調のようだ。あとはうまくあの双子を『魔界怪盗ネームレスのゲームブック』の世界に誘いこめばいい。あとはお前の力で魔界図書館へのパスコードを見つければ、簡単に攻め落とすことができるだろう」
ブラウグラナは頭を下げたまま、へりくだった態度で質問しました。
「恐れながら大臣殿、確かにわたくしの目でやつらの動きを観察すれば、パスコードを複製することはできますでしょう。しかしながら『魔界怪盗ネームレスのゲームブック』はわたくしも初めてのゲームブックでございまして、うまくクリアできるかどうか」
大臣はクックと不気味に笑ってから、黒い網のようなものを取り出しました。それを満月の絵へとほうり投げると、網がすぅっと絵の中に吸いこまれていったのです。絵の中で頭を下げていたブラウグラナの足元に、その黒い網がぽとりと落ちました。
「そのブックカバーを使うといい。それはある魔人の髪の毛を編んで作られた、特殊なブックカバーだ。このカバーを魔界図書館の本にかぶせると、その本を完全に支配下に置くことができるのだ」
「おおっ、ならばこれをかぶせれば」
「そうだ。そのカバーを『魔界怪盗ネームレスのゲームブック』にかぶせることで、お前が本来の主であるネームレスの代わりに、ゲームマスターになることができるのだ。さらにそれだけではない。このブックカバーは本の魔力を通常の何倍にも増幅することができる。これを使えば、ゲームブックの影響範囲を、やつらのすむ町全体に及ぼすことができるだろう」
牙をむき出しにする大臣に、ブラウグラナもホッホッホと楽しげに笑いました。
「かしこまりました。仮にやつらがゲームブックをクリアしようとも、人間界の町全体を巻きこんだとなれば、それをごまかすことなど不可能でしょう。そうなれば魔議会の魔議員たちも、吸血鬼一族討伐を認めざるを得なくなるということでございますね」
「そうだ。だがただ単にお前がゲームマスターになってやつらを追いつめるのでは、最悪やつらがお前にたどり着く前にゲームオーバーになってしまう可能性もある」
「存じております。そのために大臣殿はこのわたくしめを招集されたのでございますよね」
ブラウグラナの言葉に、大臣はクククと不気味に笑いました。
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明日からは通常通り毎日1話ずつ投稿していきます。
ただ、明日だけおまけの話も投稿しますので、そちらもどうぞ♪




