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1冊目 『トイレの花子さんの生態』 その9

 里音に聞かれて、花子はしばらくなにも答えませんでしたが、やがてあきれたように聞きかえしました。


「あんた、本当に司書見習い?」


 まゆをぴくりとつりあげる里音でしたが、グッと言葉を飲みこんでがまんしています。花子もそれを感じ取ったでしょう、か細い声でつぶやいたのです。


「……さびしいからよ」

「えっ?」

「さびしいの! 魔界図書館って、図書館とかいってる割に全然利用者が来ないじゃないの。たまにだれか来ても、借りていくのは呪いの本やら黒魔術の本やら、そんな本ばかり。わたしたちゆうれいのコーナーにはだーれも来てくれないわ。そんななか、ずっと本棚にしまわれっぱなしのわたしたちの気持ち、あんた考えたことあるの?」


 まるでほおをはたかれたかのように、里音はその場に固まってしまいました。花子はあらくなった息を整えるように深呼吸して、それから弱々しく続けました。


「だれとも話すこともできずに、だれも借りてくれないなんて、そんなさびしいところに戻るくらいなら、あんたがいうように燃やされたほうがましかもね」


 さすがの里音も、口をへの字に曲げて話を聞いていましたが、しぼりだすように小声でいいました


「……悪かったわよ。わかったわ。あんたの身の安全は保障するから」

「でも、どうするの? まさか油断させておいて封印しようなんて考えてないでしょうね」

「そんなことしないわよ。さすがのわたしもそこまでひどいやつじゃないわ。論より証拠ね、とりあえずどうするか見ておきなさい。俊介」


 いきなり声をかけられたので、俊介は目をぱちくりさせて首をかしげました。里音は無言で、へたりこんでいた俊介の耳をつかんで引っぱりあげました。


「痛い痛い痛い! やめて、なにするんだよ!」

「あんたがすぐに返事しないからでしょ、ドレイのくせに」

「だからドレイじゃないっていってるじゃんか」


 抗議する俊介に、里音は手をつきだしました。きょとんとしている俊介の足に、またもや里音のローキックが飛んできます。里音はぐえっと悲鳴をあげる俊介から、さっき渡した魔界図書館の図書カードを奪い取りました。


「まったく、さっさと渡せばいいのに、もたもたしてるからそうなるのよ」

「じゃあ、せめてなにがほしいかちゃんといってよ」


 痛みでうずくまっている俊介に、里音は『トイレの花子さんの生態』を押しつけました。


「はい、これ持ってて。今からあんたにそれを貸すから」

「えっ? どういうこと?」


 また里音がけろうとするので、俊介はあわててあとずさりました。


「ちょっと待って、お願い、けらないでってば。わかった、借りればいいんだね。うん、わかったから、ちょっと待って」


 俊介は必死で里音に頼みこみました。里音は足を引っこめて、満足そうにうなずきました。


「そうそう、あんたはおとなしくそうしとけばいいのよ。花子、今から俊介に『トイレの花子さんの生態』を貸すわ。こうすれば、あんたを魔界図書館に戻さなくてもすむから、これならいいでしょう」


 少しの間のあとに、花子の声が聞こえてきました。


「なるほど、そうね。それだったらこの子が本を返却しない限り、わたしも魔界図書館に戻らなくてすむし、いいわ、それで手を打ちましょう」


 八重歯を見せて、里音がニッと笑いました。


「さあ、それじゃあ契約よ。魔界図書館の司書見習いとして、汝に『トイレの花子さんの生態』を貸し出す。さあ、あとは図書カードをかかげて、本の名前をさけびなさい」


 いわれたとおりに、俊介は図書カードをかかげて、『トイレの花子さんの生態』とさけびました。真っ黒だった図書カードが赤く光り、文字が浮かびあがってきました。


「図書カード見せて。うん、よかった、ちゃんと借りられているわね」


 俊介も図書カードをのぞきこみました。そこには新しく、おどろおどろしい文字で『トイレの花子さんの生態』と書かれています。


「すごい、ホントに借りれたんだ」

「ああ、そうだった、返却日だけど、そうね、花子が魔界図書館に帰ってもいいって思ったときかしら。そのときに返してもらうわ」


 俊介が口をあんぐり開けたまま、里音をじっと見つめています。里音はじろりと俊介をにらみかえしました。


「なによあんた、なにか文句あるわけ?」

「いや、文句じゃなくて、貸し出し期間って、そんな適当なの?」

「適当とは失礼ね! ああ、そっか、そういえば人間の図書館は、借りられる期間が決まってるんだったっけ? 魔界図書館にはそんなのないのよ。返す時期は、司書が個別に決めることができるの」


 今度は俊介が、「へぇー」と感心したような声をあげました。里音はまゆをぴくりとつりあげ、俊介をねめつけました。


「なによあんた、なんだかバカにしてる感じじゃない?」

「違うよ、ホントに違うって。ただ、魔界図書館の司書ってすごい権限を持ってるんだって思って、ビックリしただけだって」


 すごいといわれて、とたんに里音の顔がぱあっと明るくなりました。だぼだぼのそでをパタパタふって、俊介の顔を見あげます。


「でしょでしょ、そうなのよ。魔界図書館の司書はとってもえらいのよ。しかもわたしは最年少の司書なんだから、えらい上に天才なのよ」

「司書見習い、でしょ」


 花子がぽつりとつぶやきました。いつの間にか半透明のすがたに戻っています。里音がキッと花子をにらみつけました。


「うるさいわね、司書見習いでも司書とほとんど同じなんだから、すごいものはすごいのよ!」

「そうかしら、あんたのママがいってたけど、筆記テストの点、合格点ぎりぎりだったらしいじゃない。しかもほとんどひらがなで書いてて、誤字脱字ばかりだったんですって? 誤字脱字までバツにしてたら、合格どころか赤点だって、あ、痛いっ!」


 いつの間にか、里音が花子のうしろにまわりこんでいました。ぎゅうっとおかっぱの髪をつかんで引っぱっていたのです。これには花子も悲鳴をあげます。


「痛い痛いって、髪引っぱらないでよ!」

「うるさいわね、あんたが悪いんでしょ! ていうかさっさと他の本の居場所を教えなさいよ。もしうそだったら、ホントに本棚の奥にしまいこむからね」


 花子はなんとか里音の手から逃れて、髪を指で整えました。ほおをふくらませていましたが、やがてしかたなさそうに首をたてにふりました。


「わかったわ。ちゃんと約束は守るわよ。とりあえず二冊目の場所だけど――」


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