Chapter Ⅲ 追いかける夢
もう一話、更新です! レオが夢を追うきっかけとは……
十年前――アスタリア王国・王宮前大通りにある診療所にて。
「どう? 怪我の具合は」
誰かに呼び出されたので、俺はふと目を覚ました。
「……? だれ?」
「私よ、アーシェよ」
「アーシェ――? あぁ……俺、寝ていたんだっけ?」
アーシェの顔を見て思い出した。疲れなのかそれとも恐怖歩から逃げられた事による安堵なのか、俺はアーシェが乗る馬車に乗車した時に寝てしまったんだっけ……。
「それよりも怪我と体調は大丈夫?」
「う、うん……まあ、怪我は包帯してもらったから大丈夫。何日かで治るけど、今日は絶対安静してって言われた」
「そう――よかったわ。馬車で寝ていた時に洗脳予備者になっていないか心配だったのよ」
「……なんで、寝ているだけで洗脳予備者になるの?」
よく分からないから、アーシェに聞く。と言うより、寝るだけで洗脳予備者になるなら国民全員が対象になるんじゃ……。
「過去に一度、そういう人を見たのよ。貴方みたいに邪竜洗脳者に襲われて助けた人なんだけど、洗脳者から逃げて余程疲れて寝てしまった時に――ッ……」
嫌な思い出にアーシェは唇を噛み締めた。
「ご、ごめん……気分悪くなるようなこと言って――」
「……いいのよ。貴方がそうならなくて良かったから、私は安心したわ」
アーシェはほっとしたような表情を浮かべて、安堵のついた溜息を吐く。どうやらアーシェの機嫌が良くなったっぽいな。
「まあ、いいわ。貴方の容態がいいことが分かったから、今日はこれで失礼するわ」
そう言ってアーシェは部屋を出た――が、俺は「待ってくれ」と彼女を呼び止めた。
「む、村は――俺が住んでいた村は……?」
アーシェに質問する。そうだ、村はどうなっているんだ!? 壊滅しているとは思うけど、とりあえずどうなっているのか知りたい。
「――聞きたい?」と、アーシェは冷たい表情で俺の方を見る。
「うん……聞きたい。どうなったの?」
「貴方が住んでいた村は、もう壊滅したわ。腸抉られたり、頭部をぐちゃぐちゃにされたり、首なしになっていたり――あとは、邪竜洗脳者になって他の町を侵略しに行っている人も――」
俺はアーシェの話をイメージした。腸抉れ……頭部はぐちゃぐちゃ……首無し……ぬちゃぬちゃぬちゃ――ぐちゃぐちゃ、地面に仲間の頭部がぐちゃぐちゃに潰れ――
「うっ……!?」
吐き気を催して、思わず口に手を塞いだ。や、ヤバい……想像するんじゃなかった。内臓がばらまかれた想像なんて、気持ち悪くなるぅぅ……。
「大丈夫!? ちょ、聞きたいって言っていたからありのままの事を伝えたのに――ちょ、医者さぁぁぁん!!」
アーシェは吐き気を催す俺の姿になった瞬間、部屋を飛び出して医者を呼びに行った。え、ちょ……アーシェってテンパりやすいの……と思いながら、飛び出すアーシェを眺めていた。
数分後、テンパりながら医者を連れてきたアーシェ。その後、俺は医者に吐き気を訴え、薬の治療を済ませた。
「全く――アーシェ様、酷い話をするなら言わなければよかったじゃないですか!」
かんかんに怒った医者がアーシェに向かって、お説教を喰らっていた。
「それに、レオくん! 君もこんな胸糞悪い話を聞くんじゃない! 情緒不安定になってしまうぞ!」
俺までお説教を喰らわせた……うぅぅ……聞くんじゃなかったと少し反省。
「うぅ……むぅぅ……」
アーシェの奴――紅潮になって頬を膨らませながら、俺の方を涙目で睨んできた。あ、ちょっと可愛い。このおたふくかぜのように膨らむ頬が……。
「ご、ごめん……」
「むうううううっ!」
「あ、アーシェさん!? な、何か不満で――」
すか、と言う前に、医師が俺の口を突如塞いだ。
「こ……こら、レオくん! 言葉を正しなさい! このお方は、この国の王であるレラシオン・ジュリエットの娘、アーシェ・ジュリエット様だぞ!」
は、はいいいいいいッ!? あ、アーシェ・ジュリエットってこの国の王様の娘さんなのぉぉぉぉッ!? し、知らなかった――俺はてっきり騎士のリーダーかと思っていた。
「お、大げさに言わなくてもいいわよ……私は皆の様子を伺いに来た一般人よ」
「そ、そんなことございません! かのアーシェ様が、こんな貧相な診療所に出向くだけでもありがたき幸せでございます!!」
「い、いや……その……どうもありがとうございます」
「ハハッ!」
どうでもいいが、この医師、何時まで俺の口を塞ぐ気だッ!!
「むうううううっううううう!! むばヴぇろっと!! は、ばね……」
「その~~そろそろ彼の口を離さないと、窒息しちゃいますよ……」
アーシェは悶える俺の姿を見て、医師に伝えた。
「おっと! も、申し訳ない――」
手を離した瞬間、俺は空気を吸った。はぁはぁ……クソ苦しかった……。
「あははっ……本当に面白い人ね、レオくんって」
アーシェはクスクスと微笑む。一体なんで面白いのかよく分からないけど……。それよりも俺は彼女の微笑みに目を奪われていた。
「あ、はぁ……」
軽く頷き、アーシェの顔から視線を逸らす。彼女から助けてもらった時もそうだが、これは一体何なんだろう? 顔が熱で熱くなるし、心拍が上がるし……彼女が居る時に起こる病気か、これは?
「――? どうした? 何処かぐわい悪いのか?」
火照た表情になっていた俺の表情を伺ったアーシェは、心配そうに顔を近づける。
「あ……いや、大丈夫……」
「ふーん……? まあ、いいけど――」
アーシェはガタリと椅子から立ち上がった。
「おや、アーシェ様。もうお帰りになるのですか?」
「ええ、これからまた戦場の方に赴かなければならなおいので――」
「そうですか……、アーシェ様絶対に生きて帰ってください」
「――ありがとう。っと、そこの君――レオくんだっけ?」
部屋を出る直前、腰に巻いたポーチから輝くメダルと細いピックを出し、ピックを使ってメダルをガリガリと削り始めた。
「これ、君にあげるわ」
アーシェは俺に向けてメダルを弾き飛ばし、無事俺の手の上にメダルが置いた。
「――これは?」
「私が十歳の誕生日に父上からもらった私の似顔絵メダルよ。なんというか……似顔絵のメダルって恥ずかしくて持っていられないの……これはッ!」
「そ、そんな……こんな高価なもの――受け取れません」
「受け取って! もう、こんなメダル恥ずかしくて持っていられないのッ!」
ぶんぶんと嫌な表情で、アーシェは強く言った。
「そ、それに――君の名前を刻んでおいたから、記念品としてもらいなさい!」
ご、強引すぎないか? 何か押し付けられてしまった。
「そ、それじゃ……私はこれから戦争へ行くからね――」
そう言ってアーシェは逃げるように診療所を出て行った。
「あ、アーシェさん……」
……行ってしまった。忙しいのかな……それにしても、このメダルどうしよう?
(――まあ、うん。後日、アーシェに返――ん? 待てよ……これって彼女からのプレゼントって事でいいのかな?)
そう考えた俺は、思わず鼻歌を奏でた。なんせ、アーシェに初めてのプレゼント貰ったんだもん。これって、もしかしたら一緒に居られるというチャンスが近いかな……?
「ん~~ふふ~~ふぅん~~」
やっべぇぇぇ~~めっちゃ嬉しい~~、こんな事ってあるのかなぁ~~?
「むっふふふ……レオくん、君――アーシェ様に惚れてしまったのか?」
「――惚れる? 惚れるって何ですか?」
「何とっ――君、恋というモノを知らないのかねッ!?」
医者が仰天した表情で、俺を見つめる。何かまずいことでも言ったのか?
「え、えぇ……なんすか? 恋って――」
「ま、まぁそうじゃな――」
そして医者は、恋について説明し始めた。異性に惚れるとか、ドキドキが起こったりとか、キスしたりとか……そんな話を聞いて数分後、俺はボンと頬を真っ赤に染めた。
「あばばばばばば……恋って……好きになるって言うのか……あばばばばばば……」
俺は壊れたからくり人形のような呟きを溢す。
「しっかしまぁ~~レオくんの初恋が、アーシェ様だとなぁ~~。こういうのを何人見てきたけど、彼女だけは止めた方がいいぜ」
「え……?」
「なんせ、あの国王の娘さんだ。我ら庶民には夢物語に過ぎない恋なんだ」
「庶民だから……? 恋しても眺めるだけなの?」
「あぁ……残念だが、アーシェ様に恋心を抱いても届かない高嶺の花だ。せめて、このメダルで彼女の事を思う事をお勧めするよ――」
戯言だと言わんばかりのセリフを言い捨てて、医師は部屋を出て行った。次の患者さんがまっているのだろう。
「――」
一人になった病室で、俺は考えていた。なんで、アーシェに恋をしちゃいけないんだろう? 国王の娘だから? 庶民に国王の娘を任せられないから? ふざけるな……そんなだからで恋を諦めていいのか? そんなの――俺は絶対に認めない。王族だろうが庶民だろうが関係ない。俺は……アーシェの事が好きだ。だから、彼女と付き合って見せる。最初の時に見た、輝かしい瞳がカッコよくて――惚れってしまったんだから。
「アーシェ……」
俺は空に向かって誓った。彼女に告って見せる――と。