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まなざし  作者: 橘皐月
2. 瞳美と真名人
9/38

2-6

月曜日、まだ大学生活に慣れぬまま講義に出て、空きコマに図書館に行き、食堂で昼飯を食べる。今日は珍しく中島も一緒だったので、昼までは彼と共に行動した。食堂は人でごった返していて、12時になると食堂待ちの長蛇の列ができた。俺はその列を見て、地元で人気のラーメン屋を思い出す。あそこも確か、お昼時だけ他に飲食店がないのかと疑いたくなるくらいの人が並でいた。俺も中島と一緒に食堂の列をつくっていたが、ようやくご飯にありつくまで30分かかった。13時から三限が始まるというのに、毎日この感じでは全くお昼にゆっくりできないじゃないか。この人の量と食堂の広さが合っていないように感じた。


俺は白ご飯(中)と味噌カツ、吸い物、ほうれん草のおひたしという、超健康的なセレクトをし、中島はきつねうどんに白ご飯(大)という、炭水化物中心の食事をとっていた。中島は麺とご飯を一緒に食べる人間だということを、俺は初めて知った。

しかしこれだけの量のご飯を食べても、代金は400円ほどで済んだ。さすがは学食。財布にやさしいところは本当にありがたい。だからこそのあの列なんだろうな。


「そういえば早坂は、サークル決めたの?」

「いや、まったく決めてない」

「まじで。新歓やってるのも来月までだし、早いとこ決めちまった方がいいんじゃないか?」

「新歓ねえ。それって、適当に飲みに行って先輩たちと駄弁って、挙げ句の果てにそのサークルに引きずり込まれるっていうイベントだろう?」

「ひどい言われようだな。新歓って、超お得なんだぜ」


でも早坂らしい、と謎に感心されたあと、中島は「自分はサークルの新歓で二日分の飯代を浮かせた」ということを自慢げに話してきた。


新歓とは、4月〜5月の新入生が入ってくる時期に先輩たちが所属する部活やサークルで歓迎会という名目の勧誘活動を行うイベントのことだ。

大学に入ってから前も後ろも分からない新入生たちは、この時期に気になる部活やサークルの新歓に行けば、先輩たちと仲良くなれるし、ご飯を奢ってもらえたりする。

それを逆手に取って、特に気になりもしない新歓に行きまくってご飯代を浮かそうとする中島のような学生ももちろんいるわけで。

どちらかというと初対面でかつ大勢の人たちと会食するのが苦手な俺は、初対面で大勢でもとことん会食を楽しめる彼のような人間の前では、まったくひれ伏すしかない。

「まあ、とにかく何かサークルに入った方が、絶対学生生活楽しくなるって」

「うーん、そうか」

「そうそう。俺はもういくつか候補絞った」

「相変わらず部活とかサークルには一生懸命な奴だな」

「いいだろ、それで楽しんでるんだから」

彼の言うことは本当にごもっともで、実際リア充と呼ばれる人間は、彼のように大学時代にいかに自分に合ったクラブに入るかを最優先で考えている。勉学の方もそれなりに頑張りたいと思っている俺にとっては、彼らのような存在がまぶしく映るものだ。


結局その日、中島は午前中までしか授業をとっていないらしく、午後からは気になっているバスケサークルの練習に行くと言って別れた。

サークルもいいけれど、彼の単位について早速心配になる俺は一体、彼の母親の気分にでも浸っているのだろうか。


13時からの三限も無事に出席して、四限は空きコマだった。

空きコマって、いまいち何をすれば良いのか分からない。

だから午前中はとりあえず図書館に行ったが、大学の図書館は面白い小説や漫画が置いているわけではないらしく、レポート作成に役立ちそうな難しい本ばかりで退屈した。

先輩たちは空きコマに何をしているのだろう。

講義が行われている最中の構内はひどく静かで、時折すれ違う学生や車に乗った教授を目にするだけだった。

俺は構内を歩き回り暇な時間を潰した。明日からは、空きコマに何をするか考えて動かなければいけない。本の一冊くらいリュックに忍ばせておこう。うん、それがいい。



ようやく退屈な空きコマの時間が過ぎ、五限目の講義室に向かった。

「芸術学」の授業は、中世ヨーロッパから現在に至るまでの音楽史について学ぶという内容だった。この講義を選んだ理由はもちろん「彼女がいるから」に他ならないのだが、昔から音楽や絵画といった芸術方面にも興味があった俺は、一般教養で学ぶにはちょうど良いと思った。

講義室に入ると、早速雨宮さんの姿を見つけた。

一番後ろの窓際の席に座っている。最後列は人気の席なので、おそらく彼女はかなり早くから講義室に来ていたのだろう。

「雨宮さん」

「あ、早坂君」

やっほ、というほうに片手をひらひらさせて、彼女は俺に挨拶してくれた。

この間の自分と同じように、カバンを隣の席に置いていた彼女が俺に席を譲るためにカバンを膝の上に置いた。

「それだと狭くない?」

「ううん、大丈夫」

そうは言うものの膝の上にカバンを抱える彼女が窮屈そうに見えたので、俺は彼女に、

「それ、貸して」

と言って、彼女のカバンを自分のリュックの上に置いた。これなら汚れることもあるまい。

「ありがとう」

微笑む彼女を直視できない俺は、正面を向いたまま「おう」と短く返事した。

幅の広い緩めのパンツに、白い長袖のブラウスを着ている彼女は、周りにいる同級生の女の子と比べて、とても大人っぽく見える。

そんな彼女の隣に座ることのできる自分が誇らしかった。


「芸術学」の講義が終了すると、時刻は午後6時ぴったりで、窓の外では日が暮れかけていた。講義は思っていたよりも興味深い内容で、俺は今後もこの講義を受けるのが楽しみになった。それに、なんてったって、彼女が隣にいる。とても不純な動機だけれど、それだけでこの講義を受ける価値があるのだ。

「今日も長かったね」

目一杯伸びをしながら、彼女は「疲れたー」と声を漏らした。

「本当に、疲れたね」

「ね。6時までって、結構大変」

俺たちは荷物を整理して、講義室を後にした。

疲れた、大変だと口では言いながら、なぜか心は軽い。1日の疲れも、こうして彼女と最後の授業を受けるだけで癒されている自分がいた。


「あのさ、雨宮さん」


「なに?」


校舎を出て、大学の出入り口に向かって歩こうとした彼女が、くるりと後ろを振り返った。


「良かったら、これからご飯一緒に食べに行かない?」


自分でもなぜそんな勇気が出たのか分からない。

けれどもここ数日間、彼女や中島と話しているうちに湧いてきた彼女への気持ちと、自分から動かねば、という少しの気力が俺をここまで突き動かしたのだと思う。


「えっ、ご飯? もちろん、いいよ」


彼女は最初突然の誘いに驚いていたようだが、すぐににっこりと笑って承諾してくれた。


「本当!? じゃあ、行こう!」


「うん」


言葉数としてはそんなに多くない。

俺と彼女の間には、言葉よりも先に共感や親しみが湧き出ているだけなのだ。


さて、これから彼女とどこに行こうか。


俺は自分の頭の中で、沸き立つ喜びや高揚感をしっかりと噛み締めながら思った。


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