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2話 タマと最初の夜

 森の中はひっそりとしていた。まるで何者かが獲物を狙うときのように、嵐の起こる前触れのように。タマはその何物かの気配―あるいはただの雰囲気―に当てられて尻尾まで毛を逆立てながら慎重に森の中を歩いていく。茂みに隠れられないものか、と思いもしたが体躯がヒトの様に大きくなっている今、それをするのは一抹の不安がある。…やはり木に登るしかない。それも、とびきり大きな。タマは虫の音や木や枝の落ちる音に再三再四びくびくと怯えながら森の奥へと進んで行った。


 ほどなくして―彼女の中ではかなりの時間が経ったが―、御神木もかくや、天を貫くほどの巨木が目の前に現れた。ほう、と一息吐いたのちひょいと木を登る。適当な高さの枝に乗り、折れないように幹の近くで丸くなる。このまま朝まで寝ていれば“マモノ”には襲われないだろう。一安心して頭が巡り始める。しかしマモノとはなんだろう…?知らない言葉だ。しかし察するに何か危険な生き物なのだろう。例えば、ご主人が使役していた床の塵を食べてしまう生き物のような、恐ろしい声を上げて理解のしがたい形状をしていて爪も牙も効かなくて、大きい。もっとも、彼は誰かに危害を加えたことはなかったか…。タマは天敵のことを思い出して余計に怖い気持ちになったので少し遠くを見まわしてみることにした。


 「どうせ朝が来たとしてもどこに行けばいいかもわからないんだから、今のうちに行き先を決めておこう。でもどうすれば…。」

 幸いなことに、森を上から見渡せるほどの大樹に上ったので遠くまでよく見える。遠くに沢山の光が見えた。

 「そう、光だ。光があるところにはヒトがいる。町があるはず。そして光が多いほどヒトが沢山いるんだ。」

 近くの山のふもとに小さな光があり、それとは少し離れたところに大きな光が見えた。

 「朝になったら、あの大きな光を目指していこう。」


 その時、眼下から何かの光が見えた。赤い、ヒトの持つ光とは違う…機械のような目だ。目が合うとこちらへ向かって真っすぐ走ってくる。

 「あれが魔物…?どうしよう!」

タマは逃亡の態勢を取った。問題はどこへ逃げるか、木の上でいいのか、自分の後ろに逃げるか、隙間を縫ってマモノの後方へ逃げるか…。マモノは既に大樹の下まで来ていた。タマのいる枝の下に留まり、じっと無機物の目でこちらを見ている。その目からは感情が読み取れない。

 「あ、はは、やあ…こんにちは。」

 これは友好の呪文だ。彼らの縄張りを侵害してしまった場合、これを唱えれば穏便に事が進むヒトの知恵だ。タマはご主人がよくしていた挨拶を咄嗟に口走った。

 「ピポッ…ピピッ……キュイィィィィィイイン」

 「あ、通じた?ねえ、あのね。ここはたまたま通りがかっただけで君の縄張りを奪おうと思っているわけじゃないんだよ、町に行きたいんだ。よかったら案内してほしいな…って」

 突如として目の前に閃光が瞬いた。魔物から発射された光がタマの乗っていた枝を焼いたのだ。タマは無事だが、地面に落ちた。

 「いてて、ねえ大丈夫!何もしないってば!道に迷ったの!!」

 再び閃光が瞬く。タマは咄嗟に後方へ退いたが、彼女の居た場所は草もなく、土が焼け焦げていた。これは話し合いでどうにかなる相手ではない。そしてマモノは、住処の前を往来していた鉄の化け物ほど大きいから戦っても勝てはしないだろう。となれば逃げるしかない。ヒトの居るところへ。さっき見えた小さな明かりの方が近くにあったからそこへ向かおう。


 そう決めるとタマは一目散に駆け出し、夜の闇へ溶けていった。


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