0話 タマと寿命
目が覚めると、ご主人様がいつものようにいて、頭を撫でたあとご飯をくれるものだと願って何度日が昇ったのかももうわからない。今日もご主人様はいない。住処は荒れ果て、食べられそうなものが無くなってからかなりの時が経つ。この住処から出る術を私は知らない。そろそろ限界だろうか…。
黒猫のタマは自身の寿命を感じ取りながらお気に入りの、日当たりのいい場所へ移動した。やせ細った体を一通り毛づくろいした後、寂しさから思わず「にゃあ」と鳴いてみた。しかし応える声は、その期待した主は一向に現れず、ただ静寂の中へと声が消えていった。
「ああ、自分はいよいよ死んでしまうのだ。しかし振り返れば悪くなかった。明日生きるか死ぬかの子猫の頃にご主人様に拾ってもらって、それ以降は何不自由ない楽しい日々を過ごせたのだから猫としては十分に幸せだったのだろう。でも、せめて最後にもう一度ご主人様に会いたかったなあ。」
にゃあ、という声が思わず漏れる。それがどこにも届かないことはもう知っているが、それでも発さざるを得なかった。それだけ寂しいのだ。暖かい、日当たりのいいお気に入りの場所で丸まってタマは最後の眠りについた。
「ああタマ、タマよ。」
柔らかい女のヒトの声がして目が覚めた。とても落ち着く声をしている。
「タマ、あなたは残念なことに死んでしまいました。」
恐らくそうだろうとは思っていた。死期には敏感なつもりでいるのだ。しかしそんなことはどうでもいい。暖かい日差しと柔らかな声に包まれてうとうととしてしまう。これも猫のサガだろう。
「タマ、ご主人様に会いたいですか?」
その言葉に目が覚めた。会いたい。私にとっては唯一の家族なのだから、会えるものなら会いたい。会って、毛づくろいをしてもらって、一緒にまたお気に入りの場所で日向ぼっこがしたい。
「そうですか、会いたいのですね。」
では…と、このヒトが続けて喋り始める。
「お察しの通り、あなたのご主人様はあの日、亡くなってしまいました。交通事故で。しかしその後ある世界に転生したのです。彼の後を追いたいのなら、あなたもその世界へ転生させることができます。どうしますか?」
そんなもの行きたいに決まっている。またご主人様に会えるのなら地の果てでも行きたい。と、感情を込めてにゃあにゃあと鳴いて見せた。
「わかりました。ではあなたもあなたのご主人様と同じ世界へ転生させるとしましょう。」
しかしここで注意点がいくつかあります。と、この女のヒトは続けた。なんでもその世界には猫はいなく、代わりに猫人というヒトに似た種族が暮らしているそうだ。私もその猫人として転生して生きねばならないらしい。それから色々なその世界での生活の仕方を教えてくれた。お金でモノを買うにはどうすればいいかとか、食事は口で直接行ってはいけないとか、とにかくあらゆる猫人としての当たり前の行動を教え込まれた。
「こんなところでよろしいでしょうか、それでは転送の方を始めさせていただきますね。」
女のヒトがそう言うと辺りが柔らかい光につつまれ、私は深い眠りに落ちた。