9.食中毒発生
師走死ぬほど忙しかった反動で寝正月して休み明けまた忙しくて死にそう。
あけましておめでとうございます。
9
「……あの」
「シスター・コレット、皆まで言わなくても分かっているわ。何とかものにしてみせるから、長い目で見てちょうだい」
労働時間、修道院の厨房の外。私は炊事当番のシスター・コレット指南の元、切株を椅子替わりにしてじゃがいもの皮を剥いている。
シスター・コレットとは茶飲み友達のような関係で、それを知ったシスター・イレーナが私に仕事を教える教育係を任せたのだ。引っ込み思案な性格のシスター・コレットを憂慮していたらしい。
同年代の他の修道女たちが王都の社交界事情や流行を聞きたがる中で、シスター・コレットは王都での学問や政治情勢などに興味を示すので私も話しやすい。
シスター・コレットは私の手に握られたナイフと、分厚く切られていく皮、そしてどんどん体積を小さくしていくじゃがいもを不安げに見つめている。
しかし、聖女様が下働きなど!と喚くガブリエラの眼前にナイフを突きつけて黙らせた手前、私は投げ出すわけにはいかないのだ。
「……いった!」
手元がくるい、野菜の皮と一緒に誤って指先の皮膚をナイフで切ってしまった。
「あぁ聖女様、今すぐ秘跡で治し……使えないんでしたね!」
怪我した指を口に含みながら、ガブリエラを睨みつける。
「シスター・マリア、少し見せてくれますか? ああ、これくらいなら……」
私の指を観察したシスター・コレットは手を胸の前で組むと、小さく秘跡の詠唱を唱え始める。すると暖かな光が指先に集中し、みるみる傷口が塞がっていく。
「シスター・コレット、秘跡を使えたの?」
「た、たいそれたことはできないんです! わ、私じゃこれくらいの切り傷が精いっぱいで……日に三回しか使えないですし」
シスター・コレットと治った指先を交互に見つめる。
照れながらも謙遜するシスター・コレットに魔術の専門的な知識があるとは思えない。
光のマナの生成に複数属性のマナが関係し、それらのマナを操るのには体内の魔力がそれなりに必要だと睨んでいたが、小さな切り傷しか治せないというシスター・コレットの魔力量が多くないだろう。
秘跡の研究を始めてから早数日。
……ひょっとして私の頑張り、無駄なのでは?
「光のマナ生成に必要な命令式、一体何が足りないのかしら……」
私が小さく呟くと、後ろからひょっこり二頭身の小人が顔を出す。
「だから信仰心ですって、聖女様!」
ナイフが手から滑った体を装い、私は刃の軌道を変えて小人の喉に突きつけた。
*
私が苦心して皮を剥いた野菜は、労働後の昼食で主菜のつけ合わせに使われた。
切り傷の上から細い包帯を数か所巻いた指でフォークを持ち、野菜を口に運んでいく。いつもと変わらぬはずの味が、心なしか美味しく感じる。
感慨に浸りかけていたところで、皿の中心にあるキッシュにガブリエラがかぶりついているのが目に入り現実に戻される。この光景は傍からどう見えているのだろうか。小人は幻覚なのだから、キッシュを食べているのは私のはず。
「んぐっ!」
キッシュを美味しそうに食べていたガブリエラが顔を青褪めさせてのたうち回る。喉に詰まったか。
「聖女様、それを食べないでください! 毒です!」
キッシュを飲み込んだガブリエラが切羽詰まった声で私に訴えた。
……毒?
幻覚に加えて妄想が混じり始めた。これはよくない傾向だ。
何言ってんだ、と胡乱気な目でガブリエラを見ていると、食堂にいた修道女たちが次々と倒れ始める。
「え……!?」
異変に気づいた周囲がざわつくが、皆一様におろおろとするばかりだ。
修道院は教会で位を持つ者と持たない者で食事の場所が異なり、前者はダイニングホールで、後者は食堂だ。明らかに緊急事態と分かる状況にも関わらず、食堂には指示をする立場の人間がいない。
私が倒れた修道女の側に寄ると、修道女は呻きながら腹痛を訴えた。ガブリエラは毒と言ったが、食中毒だろうか。医務室から助けを呼んだ方がいいか考えていると、食堂の扉がバン!と乱暴に開かれた。
「間に合いませんでしたか……!」
女子修道院の副修道院長がローブの裾を持ち、肩で息をしながら食堂の前に立っていた。
つまり、位のある聖職者が集うダイニングホールでも同様の症状が出ているのだろう。食事が運ばれるのは位のある聖職者の方が先であるため、この食堂よりも重症かもしれない。
「皆さま、それ以上食事に手をつけないでくださいませ! 無事な者で倒れた者を運びます!」