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8.秘跡の使えない私が聖女様な訳がない。

「う、嘘ぉ……」


 ガブリエラが愕然と見下ろしているのは、回廊の床に書かれた秘跡の基礎術式。

 現在修道院の三原則の一つ「学べ」、秘跡の実践講義の真っ最中だ。

 教本の通りの詠唱を唱えても全く反応しない術式の円陣を黙って見つめていると、何を勘違いしたのか秘跡の指南役の司祭が私に熱心に語りかけてくる。


「シスター・マリア、気を落とさず。秘跡は誰にでも扱えるものではないのです。祈りましょう、その祈りに女神様もきっと応えてくださいます」


 ……その理屈でいけば王国民の大半は光属性魔術が使えることになるのだが。

 ちなみに司祭は修道院内に併設されている神学校からやってきた教師で、神学校ではこんな根性論がまかり通っているのかと不安を覚える。


「聖女様が秘跡を使えないなんて、何かの間違いですよね?」

ガブリエラが私のローブの裾をくいくいと掴み、縋るような目でこちらを見てくるが、私にとっては当然の帰結だった。

 仮にも私は王立魔術学院に通っていた魔術師の卵だ。光属性の魔術が使えるならとっくに自分の精神疾患を治している。


「一度しっかりした基礎の秘跡を見た方がいいでしょう。シスター・カトリーヌ、手本を見せて差し上げなさい」

「はい」


 シスター・カトリーヌが前に出て詠唱を唱えると、床に描かれた円陣が一際眩しく光り始める。

「基礎の術式でこれだけの出力を出すとは……!」

 ガブリエラが目をキラキラと輝かせている。


 ほら御覧なさい、私が聖女サマな訳ないじゃない。


「……ん?」


 シスター・カトリーヌを取り巻くマナの流れに違和を感じる。

 私はもう一度、秘跡について書かれた教本を紐解いた。





「ここがこうなって、でもそうするとこっちの変数が……。…………あーーっ、もう!!!」

 私はイライラと髪を掻きむしり、後ろ向きに床に倒れた。

 術式や数式が書かれた紙が旧礼拝堂の中を舞う。

 あれから数日。私は旧礼拝堂の中を掃除して研究室とし、労働や勉強時間の合間を縫って秘跡の研究を行っていた。

 静かで誰にも邪魔されないのもあるが、新入り、しかも秘跡を使えない私が部屋に資料を置いておくと見つかったときに面倒なので非常に助かっている。

 今のところ成果は芳しくない。一度体系だった魔術を学ぶと、異なる概念や法則で構成された術式を理解するのは難しいのだ。

 これまで秘跡の術式の解析が進まなかった理由は、教会が秘匿している他にも原因があるとしたらこれだろう。

 だがこういった経験は初めてではない。

 父の魔術研究の一環であった辺境の島国での術式の調査についていき、手伝ったことがあるのだ。

 ここにきて父の教えと、学院で取っていた魔術解析学が役に立っている。


「せ、聖女様~~……?」


 私が声の方を胡乱気に見つめると、離れた所からガブリエラが私の様子を恐る恐る伺っていた。


「何よ。まだいたの?」

「いますよ!」

「そりゃそうよね、私の幻覚だものね……」

「だから私は幻覚じゃありません! 御遣いです!」

「私が聖女サマじゃないのは分かったでしょ? 消えないってことは、やっぱり私の幻覚なんじゃない……」

「いいえ! 貴女は正真正銘、女神様がお認めになった聖女様です!」

「秘跡使えない聖女サマなんて聞いたことないわよ」

「それは……」


 ガブリエラが口を噤んだ。

 項垂れているガブリエラにはぁ、と溜息を吐くと、私はむくりと上半身を起こす。


「秘跡については、ある程度までは分かったんだけどねぇ……」

 私は意識を集中させる。掌に光が集まり始める。

「おおっ!」

「秘跡は複数の属性のマナを組み合わせて使うところまでは分かったんだけど……」


 この世界はマナで造られており、人間や動物、植物などの生物はおろか大地、水などあらゆる生命はマナという命の源で構成されている。

 魔術とは、術者が周囲のマナに命令を与えて起こす様々な現象である。

 体内で生産しているマナ──我々魔術師は魔力と呼んでいる──の量が多いとより複雑なマナの制御ができる。

 マナの性質は大きく分けて火・水・風・土・光・闇・無の7属性であり、人体を構成する固有マナによって制御しやすい属性がそれぞれ異なる。


 私はこれまで、秘跡は光のマナを操ることで発動させていると考えていた。

 しかしシスター・カトリーヌの秘跡を間近で見て、秘跡を使うときに複数の属性のマナを取り込んでいることに気がついた。

 私は火・水・風・土・無の5系統の魔術を使うことができる。つまりそれら5つの属性のマナの流れは詳らかに分かるのだ。

 秘跡は少なくとも私が観測できる火・水・風のマナを操っていた。


「問題は、どうやって複数のマナから光のマナを造り出しているのか、その方法がさっっっぱり分からないことよ」

 光属性の素質を持つ人間が少ない訳だ。複数のマナを複雑な命令式で制御しなければならないのだから。

 もしかして、シスター・カトリーヌの魔術師の素質は宮廷魔術師に匹敵するのではないか?

 本当に惜しい人材を聖フィリア教に取られてしまった。

 掌の上の光は多数の粒状になり、互いに干渉・反発を繰り返すだけで新たなマナを生み出す気配はない。

 集中力が切れると、光の粒はあっという間に霧散していった。


「法則が全く異なるからか、私に操ることのできない別属性のマナを使っているからなのか……」

 父とともに研究した東の国ではマナを陰陽五行と呼ばれる5属性で定義していた。光のマナが発見されていないという可能性も捨てきれない。

 再び思考の海に没頭していた私は、光が消えた瞬間ガブリエラが心底落ち込んだ顔をしていたことに気がつかなかった。

 遠くから鐘の音が聞こえる。労働時間だ。

 私は立ち上がって伸びをすると、散らばった資料を適当に整えて旧礼拝堂を出る。


「労働はきちんとされるんですね」

「いいアイデアっていうのはね、違うことをしている方が思いつくものなのよ」

 礼拝堂やその周りは誰もいないため、つい幻覚に口をきいてしまう。


「うぅ、聖女様が秘跡を使えないなんて前代未聞の事態ではありますが……女神様は貴女の努力を見ていらっしゃいます。遠くないうちに秘跡を使えるようになり、立派に聖女の使命を全うできるでしょう」

 感動に打ち震えているガブリエラに私は首を傾げる。


「は? 何言ってるの。私が聖女になる訳ないじゃない」

「え……でも、あんなに懸命に秘跡を使う努力をしてらっしゃるじゃないですか」

 ガブリエラが信じられない、と言いたげな目をしている。

 私の幻覚のくせに、察しが悪すぎやしないか。


「私が秘跡を研究するのは、自力でこの精神疾患を治すため。そして還俗した暁には、秘跡……だと拙いわね。光のマナについて論文にまとめて王立研究所に就職するのよ!」


 私は拳を高らかに振り上げて宣言し、颯爽と修道院の方に向かう。今日からシスター・コレットに家事周りの仕事を教わることになっているのだ。

 背後に開いた口が塞がらないと言わんばかりのガブリエラが残されたが、私の知ったことではなかった。


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