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7.御遣い出現の見解

「えっとぉ……。集団幻覚って何のことですかね……?」

 気を失っていたガブリエラがゆらりと起き上がった。


「だから、礼拝堂に現れた御遣いは薬物による幻覚だって言ってるのよ。きっとここでは日常的に麻薬の類を暗示や洗脳に使っていたのね。そしてここに来たばかりで薬物に耐性のない私は、幻覚症状が続いて今も御遣いを自称する小人が見えている」


 私は忌々し気にガブリエラを見下ろす。

 原因は定かではないが、複数の人間が同じような幻覚を見る事例は過去に存在する。女神フィリアの彫像が涙を流す、教会が虹色の光に包まれる、御遣いが現れるなど、いずれも聖フィリア教会関連の『奇跡』と呼ばれているものだ。

 きっと礼拝に用いられる香炉に大麻の葉でも入れられていたのだろう。そして礼拝堂のステンドグラスに描かれた御遣いの姿を本物と錯覚した誰かが『御遣いだ』と言えば、薬物によって正常な思考を奪われた脳がそう思い込み、信者たちの結束はより高まる。

 修道院という俗世から離れた特殊な環境と、同じ思想・精神を持ち合わせている者達が集っているからこそ効果がある。


 本当は香炉の中身を調べたかったが、儀式用の聖具を新入りの私が触ることはできない。

よって修道院内の畑で麻薬の原料となる植物を栽培していないか見て回っていたのだ。それらしい植物は見つからなかったため、私が一番恐れていた全員が共犯説は消えた。

 あと私が自力でできるのは薬の売人が修道院に出入りしていないか見張るか、納屋に薬物を保管していないか探すくらいだろう。

 何にせよこれ以上薬物を摂取する訳にはいかない。幻覚症状が治まらないことには還俗も難しいのだ。


「幻覚……。この私が幻覚……」

 ガブリエラがひくひくと頬を引きつらせ、がっくりと肩を落とした。

私の言葉が堪えているようで、ガブリエラの声には覇気がない。ようやく自分の幻覚に打ち勝てた気がして、少しだけ胸がすいた。

 私は軽やかな足取りで薬草畑を後にした。



 就寝前、自室に戻った私は採集した薬草を乾燥させていた。持参金が多かったので、一人部屋を宛がわれている。

 おかげで自室での朝と夜の祈りの時間をサボることができていたのに、今このときにも小人の幻覚が私の耳元で延々と聖フィリアの教えを説いてきて鬱陶しいことこの上ない。

 薬草畑で散々ガブリエラの心を打ちのめしたはずなのに、立ち直るのが早すぎる。


 私がげんなりしていると、控えめなノックの音が聞こえてきた。

「こんな時間に誰でしょう?」

 ガブリエラが説法を中断する。助かった、とばかりに私は扉に向かった。

 扉を開けると、シスター・コレットが部屋の前に立っていた。

 私は救いの手の主にできるだけににこやかに対応する。


「シスター・コレット、どうされました?」

「え、えと、その……これ、よかったら……」

「え?」


 シスター・コレットの声が小さくて聞き取れず私が首を傾げていると、シスター・コレットはどうぞ!と手にしていた瓶を私に押し付け驚くべき速さで廊下を走り抜けて行った。

 惚れ惚れするほどの俊足だが、見回りの修道女に見咎められやしないだろうか。


「聖女様ー、これ何ですか?」

「ハーブティ……みたいねぇ」


 部屋に戻り、ガブリエラと一緒にシスター・コレットが持ってきた瓶をまじまじと見る。

 瓶の中身はハーブティの茶葉だった。シスター・コレットは、私がガブリエラに向かってハーブティを作りたいと言っていたのを聞いていた。

 ひょっとして私のためにわざわざ持ってきてくれたのだろうか。


「ほう、聖女様に貢ぎ物とはいい心がけですね! 早速いただきましょうよ聖女様!」


 幻覚がわざわざ私に飲ませようとすることに猛烈な不安を覚え、私は改めて瓶の中身を注意深く観察する。

 茶葉に使われているハーブは薬草畑で育てているありふれた種類で、白い粉などの怪しげなものが入っている様子はない。複数のハーブがブレンドされており、きっとシスター・コレットのオリジナルブレンドだろう。

 ハーブはリラックス効果のある種類で、今から飲むのにもちょうどいい。


「そうねぇ、せっかくだから淹れましょうか。ガブリエラ、アナタも飲む?」

「え、いいんですか! 是非!」

 私は冗談で言ったつもりだったので、少々面食らった。飲む気満々らしいガブリエラは上機嫌だ。


「いや~地上には美味なものが多いですよね! 私、特にお菓子には目がなくて!」

「……ひょっとして目を離した隙に朝食のおかずが減っていたの、アナタのせい?」


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