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6.薬草畑で

 労働時間になり、私は今朝行けなかった畑に足を運んだ。シスター・カトリーヌが歩いてきた方の畑に目的の物があることを期待していたが、そこにあったのは小さな薬草畑だった。


「探していた物とは違ったけれど……へぇ、趣味がいいじゃない」

 植えられている薬草を注意深く観察する。種類の豊富さに感心していると、突然ガブリエラが声を荒げる。


「そこにいる奴、隠れてないで出てきなさい!」

「……そこに誰かいるの?」

 ガブリエラの言葉を鵜呑みにして誰もいなかったら恥ずかしいので、どうしても恐る恐るといった口調になってしまう。


「ご、ごめんなさい!」

 近くの木陰から一人の小柄な年若い修道女が姿を見せる。

「貴女は……ええと」

 初日に修道女全員を紹介されたときや、食事や祈りの時間に何度か顔を合わせているはずだが、名前が思い出せない。


「コ、コレット。シスター・コレット、です……」

「うわ、声ちっちゃい!」


 ガブリエラが珍しく私の本心を代弁した。

 シスター・コレットは少し癖のある栗色の髪を三つ編みにした少女だ。私と歳が近いと聞いている。その表情は長い前髪に隠れて分からないが、びくびくと怯えた雰囲気が伝わってくる。

 私はシスター・コレットの手に如雨露が握られていることに気がついた。


「ねぇシスター・コレット、ここの薬草は貴女が育てているの?」

 シスター・コレットはこくこくと頷く。

「変わってますね、薬草なんてなくても秘跡で治せるというのに」


 ……こいつ、紛いなりにも私の幻覚か?

 私はガブリエラを睨みつける。この場にシスター・コレットがいなければ小突いていたところだ。


 確かに秘跡を使えば怪我や病気を治すことが可能だが、基本的には貴族や裕福な商人など修道院への寄進が多い者が優先される。

 秘跡の希少価値を高める意図もあるが、単純に光属性である秘跡を使える聖職者が教会内でも少ないのだろう。

 ちょっとした病や傷ならば秘跡に頼らず、薬草を活用する方が効率がいいのは明らかだ。


「シスター・コレット、ここの薬草を少し分けてもらうことはできるかしら? もちろん、私もお世話を手伝うわ」

「聖女様~。聖女様なら秘跡でどんな病も怪我も治せるんですよ。一体何に使うんです?」

「ハーブティにするのよ」


 ついガブリエラに言い返してしまい、私はハッと口を噤んだ。傍から見れば独り言だ。

 恐る恐るシスター・コレットの方を見遣ると、彼女は俯いていた顔をパッと上げ、長い前髪から僅かに覗いた瞳を輝かせていた。幼さを残した顔立ちは思いのほか可愛らしい。


「ほ、本当ですか……? 助かります。皆さんには、雑草育てていると思われているくらいで……どうぞ持っていってください、シスター・マリア」

「雑草!? とんでもないわ!」


 王都には国が経営する施薬院があり、そこで栽培した薬草を平民に無償で提供している。

 薬草──特に薬学は数年前に即位した若き国王によって王立研究院で研究が進められ、施薬院でも実験的に質の高い薬草の栽培が進められ、成果も上がっているのだ。

 秘跡という癒しに特化した術式があるゆえに聖フィリア教では医学や薬学の研究が進んでいないのは知っていたが、聖職者との間にここまで認識の差があったとは。

 薬草畑の雑草を抜きながら、私が一通り薬草の有用性と王都での取り組みを説明した。


「そうですか、陛下が……。王都では薬学も進んでいるのですね」

 シスター・コレットは空になった如雨露を握りしめ、ほっと息を吐いた。薬草を愛おし気に見つめるシスター・コレットの眼差しは、どこかに思いを馳せているようにも見えた。


「あ、そうだわシスター・コレット。この辺りでちょっと変わった種類の、何というか、異様にきれいな植物とか花を見たことがない?」

「植物、ですか?」

 シスター・コレットとガブリエラの声が重なった。

 きょとんとした雰囲気のシスター・コレットが首を傾げる。質問の要領を得ないといった様子だ。


「何でもないわ、気にしないで」

 私の仮説などシスター・コレットは知る由もないのだから無理もない。私は取り繕うように笑顔を貼り付けて誤魔化すことにした。


 シスター・コレットは他にも仕事があるらしく、私に頭を下げて去って行った。

 私がハーブティにできそうな薬草を見繕って摘んでいると、ガブリエラが話掛けてくる。


「それで聖女様、何をお探しなんですか? 植物とおっしゃっていましたが……」

「別に具体的に何を探してるって訳じゃないのよ。そうね、強いて挙げるとすれば……大麻、ケシ、それから──」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 話している途中でガブリエラに遮られ、思わず眉間に皺が寄る。


「質問の仕方を変えます。聖女様、朝からおっしゃっていた仮説って一体何なのですか?」

「決まってるじゃない」

 私はガブリエラに向かって人差し指を立てて見せる。


「先日の御遣いの出現、及び、集団幻覚の原因よ」


 ガブリエラが口から泡を吹いて卒倒した。


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