48.魔術サークル・黄金の夜明け団
身体を乱暴に揺り起こされ、私は目を覚ました。ぐらぐらと痛む頭を抑えて起き上がると、怪しげな黒いローブの二人組が私を見下している。
そうだ、確か路地裏で薬を嗅がされて……。
「……ッ!」
私はベッドの上で後退ってできるだけ二人組と距離を取るが、すぐに背中に壁がぶつかる。ご丁寧にどこかの部屋のベッドに寝かされているが、相手の目的が分からない。一介の修道女を誘拐する理由はないし、ただの人攫いならもっと雑な扱いを受けるだろう。私が貴族の娘だと知っているなら家のことも調べていて、叔父から身代金を取れないことも分かっているはずだ。父の研究について何か吐かせたいなら生憎だが、私は魔術以外一切才能がない。父の遺した資料や論文はほとんど各分野の弟子や研究室に譲り渡しているので引き継いだものなど皆無なのだ。
「私をどうするつもり?」
動揺を悟られないよう毅然と二人組を睨みつける。どうにかして逃げる算段を立てようとするも、薬の影響かズキズキと痛む頭では上手い方法が思いつかない。部屋の中には二人組以外おらず、一方は小柄な体格で、もう一方は背も高く大柄だ。二人ともローブのフードを目深に被っているため性別は不明だが、恐らく大柄な方は男だろう。この二人だけなら魔術を使えば逃げられるかもしれないが、部屋の外にも仲間がいる可能性もある。薬が抜けるまでは迂闊な行動を取らず、とにかくこの二人組から情報を引き出さなければ。
しかし私の問いに返答はなく、どうにも相手の様子がおかしい。二人で顔を見合わせて何やらひそひそと囁き合っている。
「いい? 打ち合わせ通りにいくよ」
「はい」
「じゃあ行くよ。せーの……ごめんなさい!」
二人組は頷きあうと一斉にフードを取って同時にがばりと頭を下げた。フードを取った小柄な方は私の見知った顔で、何が何だか分からず混乱する。
「キース……!?」
「うん、久しぶりマリア」
そこにいたのは魔術学院の学友で、同じサークルに所属していたキースだった。よく見ると纏っている黒いローブの右胸には魔術学院の校章が刻まれている。キースはふわふわと優和で雰囲気を持つマイペースな天才肌で、錬金術や薬学に関して魔術学院で右に出る者はいなかった。さらに雪のような白い髪に紅玉の瞳、褐色の肌という一目で異国の血を引いていると分かる容姿も相まって、魔術学院では殊更目立つ存在だった。何でもキースの祖母が東の砂漠の向こうにある遠い国の出身らしい。
私の父が領地の医療に力を入れているため、初学年最初の試験後に薬学で成績一位だったキースに声を掛けたのがきっかけでよく話すようになり、三年間学年もクラスも同じだったこともあり、私たちはよく行動を共にしていたのだ。
「キース、どうしてこんなところに? 単位は大丈夫なの? 学院に休暇届けは出した? 寮の外泊届は?」
「え。気にするとこ、そこぉ? 許可はちゃんと取ってるよ、他のやつらじゃあるまいし」
「その諸々の手続き、全部俺がやったんスけど……」
大柄な少年がぼそりと呟くなりキースが肘で小突いた。少年には見覚えがないから、新入生だろうか。私も頭はいいがどこか抜けていたり性格に難があったサークルメンバーの世話を焼いていたから、彼の苦労が偲ばれる。
「ならいいのだけれど、何でこんな真似を? 普通に声掛けてくれればよかったのに」
「それはえーと……。こっちも想定外だっというか、テンパってたっていうか、新しく作った眠り薬を試してみたかったっていうか……。ごめん、乱暴にするつもりはなかったんだよ!」
再度頭を下げるキースの旋毛を見て、今度は薬のせいじゃない頭痛に襲われてこめかみを抑えた。相変わらず頭のネジが飛んでいる。悲しきかな、キースはこれでもサークル内ではまだ良識がある方で、問題を起こす度に私が根気よく説き伏せた結果、謝るようになっただけマシになったのだから。
「……はぁ。何度も言うけど、人の同意なしに薬の実験をしては駄目よ。あと、やるときは関係者だけにしておくこと」
「はーい」
「マジでか。これで許しちゃうの?」
少年が私とキースとのやり取りを聞いて目を丸くした。
「貴方、新入生ね。キースと一緒にいるならこれくらいのことで目くじら立ててたらキリないわよ」
「あ、そうだ。紹介し忘れてた! マリア、こちら我が魔術研究サークル・黄金の夜明け団の期待の新星にして、ようやくできたパシ……後輩のエドガー! ほらエドガー、挨拶!」
「エドガーっス。じゃない、です。初めまして……」
大柄な少年──エドガーは大柄な身体をできるだけ小さく丸めて挨拶をした。鋭い三白眼に短 いアッシュグレーの髪を逆立てており、まるで威嚇する獣を思わせるような相貌をしている。敬語に不慣れな様子から貴族ではないことが伺える。もっとも、魔術学院は実力主義であり、基本的に学院内で姓は名乗らないから確信は持てないが。少し不良っぽい雰囲気だが、きちんと挨拶もできる良識のある子だ。
「こいつ、今年入学した中で一番魔力量高くてさ。しかも適性のある属性は何と……もがっ」
「氷と雷ッス!」
「まぁ、それは珍しいわね」
慌てた様子のエドガーがキースの口を塞いだ。魔術の属性は火、水、風、土、光が主だ。氷や雷属性は学年に三人いればいい方だ。しかもその二属性持ちとは。氷や雷は適性のある人間が少ないため、魔術の構築式が未だ確立していない分野でもある。今後エドガーが魔術学院でどんな活躍をするかが楽しみだ。
「……別にマリアは気にしないよ」
「いやでも修道女だし……お願いします」
「……分かったよ」
エドガーの逸材ぶりに気を取られ、私は彼が不自然に言葉を遮ったこと、二人がこそこそと話していることに気がつかなかった。
「俺のことよりもマリア先輩のことっスよ! 先輩のお話はこの人から色々聞いてたッス。あのやべぇサークルの先輩方の手綱を握ってたってマジなんスか?」
「御するというほどのことはしてないけれど……。まぁ、事実よ」
「マリア先輩……!」
エドガーの鋭い目がくわっと見開かれる。その迫力に思わずたじろいでしまうが、瞳の奥にきらきらとした、尊敬の眼差しのようなものを感じられた。
「あの人たちマジで何なんスか!? やること為すこと滅茶苦茶で突拍子もないし! 理解できない!」
半泣きのエドガーに、私はかつての日々を思い出す。興味のない相手は徹底的に無視する、研究に没頭すると寝食を忘れて引きこもる、学院に許可なく大規模な魔術の実験を始めて施設を破壊する、思いついた魔術をその辺を歩いている生徒に試して騒ぎを起こす。そんな問題児ばかりが集まるサークル員を先輩に持ち、さぞ彼らに振り回されているのだろう。キースも出会った頃はさらに輪をかけてマイペースで、そもそも『人間』に対する関心がまるでなかった。
「学院に戻ってきてくださいマリア先輩! お願いします!」
ずいっと身を乗り出したエドガーからは切実さと必死さが伝わってくるが、こればかりは私もどうしようもない。私だって魔術学院に戻りたくても戻れないのだから。
私が答えられずにいると、キースがエドガーを嗜める。
「こらエドガー、そんなこと言ったらマリアが困るでしょ」
「うぅっ……。そうッスよね……。マリア先輩はお父さんの喪に服すために修道院に入ったんですもんね……。すみません……」
「は? ちょっと待ってちょうだい! そんな話になってるの!?」
エドガーの発言に、今度は私が身を乗り出す番だった。
魔術学院に魔術研究サークルがあるの、現代でいうところの情報系の学生がPCとかゲーム系のサークルに入るやつだと思ってください。




