5.聖女候補との邂逅
鳥の囀る声で目を覚ます。カーテンを開けると、朝焼けの柔らかな光が目に映る。陽の傾き具合からして、起床時間よりも早くに起きてしまったらしい。
普段の私ならもうひと眠りするところだが、今日は寝起きにも関わらず頭が冴えている。
こんなにぐっすり眠れたのはいつ以来だろう。とても爽やかな朝だ。
「おはようございます聖女様! 爽やかないい朝ですね!」
「おはようガブリエラ。あなたが見えなくなってたら本当に爽やかでいい朝だったわよ……」
私はガブリエラを恨めし気に見つめ、大きく溜息を吐いた。
身支度を整えた私は畑に向かった。昨日草むしりをした辺りの畑はすでに確認したので、違う畑を見て回る。修道院の敷地は広大で、さらに敷地外にも修道院の所有する領地があるので飢饉などがない限り、食べていくのには困らない。
畑の一つ一つを見て回っていると、ガブリエラが声を掛けてくる。
「あのぅ、聖女様。さっきから畑の作物を確かめて、一体何をしていらっしゃるのですか?」
「ちょっと思いついた仮説があって、探してるのよ……あら」
作物を眺めていると、少し遠くの方から誰かが歩いて来るのが見えた。私以外に畑に人がいるとは思わなかったので会話を途中で中断する。
現れたのは意外な人物だった。私は驚きつつも令嬢らしい微笑みを浮かべて取り繕おうとする。ガブリエラとの会話もとい独り言を聞かれていないといいのだが。
「おはようございます、シスター・カトリーヌ」
「シスター・マリア、おはよ……きゃっ!」
シスター・カトリーヌが私の目の前で派手に転んだ。
何もないところで転んだように見えたが、きっと私の存在に気付かず驚いてしまったのだろう。次期聖女サマがドジっ子だとは思いたくない。
「大丈夫ですか? シスター・カトリーヌ」
盛大に転倒したのを無視するわけにもいかず、私はシスター・カトリーヌの側に駆け寄ると彼女を助け起こした。
「あ、ありがとうございます……」
顔を上げたシスター・カトリーヌの鼻が赤くなっている。まさか顔面から突っ込んだのか。
「聖女様、なんてお優しい……! おや、この子……ただの鈍くさい娘と思いきや、結構可愛いらしいじゃないですか」
ガブリエラがシスター・カトリーヌの姿を見て目を瞬かせるが、それはそうだろう。聖女サマは私ではなく、私の目の前にいるシスター・カトリーヌなのだから。
シスター・カトリーヌは腰まで伸びた輝くプラチナブロンドの髪に、澄んだ湖水を思わせる美しい瞳。可憐で愛らしい顔立ちとまさに『聖女』を体現した容姿をしている。さらには清廉な性格と慈愛の精神を持つ信心深い人物で、修道院の誰もがすでにシスター・カトリーヌを聖女として扱っている。
立ち上がったシスター・カトリーヌはローブの土を一緒に掃うと、彼女は恥ずかしそうに俯いた。
「す、すみません。私、昔からそそっかしくて……恥ずかしいところをお見せました」
「怪我がなくてよかったわ。そういえば、いつも一緒にいらっしゃる方々がいないようだけど」
腰巾着、という言葉を飲み込んでシスター・カトリーヌに尋ねる。次期聖女と誉れ高いシスター・カトリーヌの周りには常に取り巻きがいるのだが、今は一人も見当たらない。
「……今日はたまたま早起きしたので、一人でお散歩していたんです」
「あら、そうだったの」
「はい、だから私をここで見たことは誰にも言わないでください。特に、転んじゃったところとか……」
後半になるにつれ、言葉が尻すぼみになっていく。シスター・カトリーヌの顔は真っ赤だ。
私がくすりと笑うと、シスター・カトリーヌが笑わないでください、と膨れっ面になる。
聖女サマと周囲に持ち上げられ高嶺の花のように扱われているが、ひょっとするとシスター・カトリーヌは親しみやすい性格なのかもしれない。
「……え?」
シスター・カトリーヌが私の顔の横の方を見て首を傾げる。何度も目を擦ったり、目を凝らしたりしている。
「シスター・カトリーヌ?」
「え? いえ、何でもありません。それでは失礼しますね」
シスター・カトリーヌが足早に去って行く。その後ろ姿を、私はまた転んだりしないかハラハラしながら見守った。
「あの子、どうしてこんなところにいたんですかね?」
「さぁ?」
私もそろそろ部屋に戻らないとまずい時間だ。シスター・カトリーヌが来た方の畑には行けなかったから、また別の機会に来るとしよう。
「そういえば聖女様、畑で何を探していらっしゃったのですか?」
「あなたそれでも私の幻覚なの? いいえ、幻覚だからこそ分からないのね」
「だから私は幻覚ではありません! 女神の遣いです!」
自分の立てた仮説を立証することで頭がいっぱいだった私には、シスター・カトリーヌがガブリエラの方を見て怪訝な顔をしていたなんて、知る由もなかった。