44.いざ西へ
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ヒルダレイア大司祭から夏至祭の儀式への招待を受け、西の大神殿に向かう馬車に揺られること数日。
西の大神殿から一番近い街に降り立った私は、大祭の賑わいに圧倒されていた。
商店の並ぶ区域には一般の店以外にも露店がずらりと立ち並び、食料、酒、雑貨などの生活用品、果ては古書、変わった装飾品から珍しい交易品まで揃い、人が行き交い活気に溢れている。
街の中心にある噴水のある広場には劇場顔負けの本格的な舞台が設置されており、その周りに集まる観客の数が盛況ぶりを物語っていた。
夏至祭の由来となった聖女と魔王の演目が一日数回行われているらしく、どの客も今か今かと公演が始まるのを楽しみにしているのがその表情から伺える。
そしてそれらすべてを彩るかのようにたくさんの花が至る所に飾られ、祭を楽しむ人々を見守るように小高い丘の上に白亜の大神殿がそびえ立っていた。
あの神殿が三日間行われる夏至祭の大祭の最後の日に行われる儀式の舞台となる。
滞在中に世話になる場所でもあるため私たちは昨日のうちに西の大神殿に到着したのだが、教会領に入って真っ先に目に入っていた神殿は近づくと城や要塞と見紛うほど巨大であり、それらの建築群の列柱や壁など至る所に精緻な装飾が施されている様は圧巻であった。
私たちを出迎えたヒルダレイア大司祭から歓待の言葉を述べられたが、西の大神殿でさながら女城主のように振舞うヒルダレイア大司祭の西での権威、今回の夏至祭で飼い犬に手を噛まれる形で一杯食わされたラピス大司教との確執は十分理解できた。そして徹底的にシスター・カトリーヌを眼中に入れない素振りによって、ヒルダレイア大司祭が次期聖女の座を狙っていることも。
ともあれ、夏至祭は最後の三日目以外は自由に過ごしていいとお達しを出されたので、大祭の一日目の今日、こうして街に繰り出しているのだ。
今一緒に街に来ているのはヒルダレイア大司祭から招待を受けた私とシスター・カトリーヌ、シスター・コレット、シスター・イレーナ、そしてアレクシスの五人だ。シスター・イレーナは聖女候補の護衛の聖騎士として、シスター・コレットは侍女として同行している。私も表向きは侍女としてついてきたことにされている。
なぜアレクシスまでこの場にいるのかというと、西の大修道院の教会領に入る直前にラピス大司教の補佐を解任されたからである。流石に公式な場でジェイド司教に代わってアレクシスを補佐に置くわけにはいかないからだろうが、南を出発する前でよかったのではないかと思わなくもない。
なお張本人であるラピス大司教は西の大神殿で礼拝に来ている信者に説法を説いたり、大儀式に招待されている他の上級聖職者や貴族を始めとする権力者への挨拶で忙しいらしく、夏至祭中は別行動だ。
「シスター・マリア、シスター・コレット! このお肉、とっても美味しいですよ!」
名前を呼ばれて振り向くと、早速夏至祭を満喫しているシスター・カトリーヌが屋台で買ったと思われる串に刺さった肉を頬張っている。その間も目を輝かせて辺りを見回す様子を見るに、どうやらヒルダレイア大司祭の嫌味は少しも堪えていないらしい。
「聖女様、聖女様! 私もあの肉が食べたいです! 買ってください買ってください~!!」
店から店へと食べ歩きをし始そうな勢いのシスター・カトリーヌと、空中でじたばたと手足を動かして玩具店の前で駄々をこねる子供よりもひどい癇癪を起す小人に小さく嘆息し、私は屋台へと向かう。
「店主さん、私にも一本いただけるかしら」
「まいど! 美人修道女姉妹にはもう一本サービスだ!」
姉妹、と言われてシスター・カトリーヌと顔を見合わせる。なるほど私もシスター・カトリーヌも金髪碧眼で歳も近いから、傍から姉妹に見えるのかもしれない。
「いえ、私たちは……」
「まぁ、美人だなんて。お世辞でも嬉しいですわ。ありがとうございます」
モゴモゴと肉を咀嚼しながら否定しようとするシスター・カトリーヌを遮り、私は微笑んで串焼き一本分のお金を渡す。
「駄目ですよ! ちゃんとお金を払わないと!」
「あらいいじゃない。お互いシスターと呼び合っているのだから、別に嘘はついてないわよ。ほら、あっちの長卓で食べましょう」
露店と露店の間にはところどころに休憩用の長卓が並べてあり、人々がそこで買った食べ物を食べている。串を受け取って空いている席の方を指さすと、シスター・カトリーヌが渋った。
「うーん、せっかくだから食べ歩きしながら見て回りませんか? こういうお祭りの醍醐味でもありますし!」
「あら。新しい服とヴェールは汚さない自信は一体どこから湧いてくるのか、是非聞かせてもらいたいわね?」
西の大神殿の夏至祭の招聘に応じるにあたって白い修道服を新調したことを今になって思い出したのか、シスター・カトリーヌが慌てて居住まいを正した。
儀礼用の正装としていつもは被っていないヴェールの存在を意識した途端に動きが固くなるシスター・カトリーヌに私は苦笑いする。
シスター・カトリーヌの白いヴェールは顔を覆わず頭頂部から被るタイプで、一見分かりづらいがよく見ると同色の糸で刺繍が施され、縁はレースで装飾されている特別なものだ。刺繍は加護や厄除けの意味のある模様をシスター・コレットと一緒に選び、一針一針丁寧に刺した。
ちなみに私もヴェールを被っているが、シスター・カトリーヌのものとは少し異なる。
聖女の侍女である私やシスター・コレットのヴェールは少し透ける薄手の生地で、今は上げているが儀式のときは顔を覆った状態で侍るらしい。
「やっぱり座って食べます……」
「分かればいいのよ」
護衛としてシスター・カトリーヌの後ろについていたシスター・イレーナにおまけでもらった串を差し出すと、職務中ですので、と断られたため、屋台の端で待っていたシスター・コレットに手渡した。
自分が貰えるとでも思っていたのか不満げな顔をするガブリエラに構わず長卓の空席に座り、大きく口を開けて肉に齧りついた。燻製された肉は少し硬いが、塩みの効いた味わいが美味だ。修道院の食事は少し薄味だったので、私は久しぶりに食べる肉の濃い味わいをしっかりと堪能した。
「? 何よ」
「あ、いえ。美味しいですよね!」
視線を感じて見てみれば、シスター・カトリーヌが目を丸くしてこちらを見ていた。確かに貴族令嬢としては咎められそうな食べ方だろうが、こういった場では郷に入っては郷に従わない方が無粋というものだろう。
「このあとはどうしましょうか。シスター・コレットは行きたいところありますか?」
食べている間に気を利かせたアレクシスが全員に買ってきてくれた少し薄めの果実水で喉を潤していると、シスター・カトリーヌが尋ねた。
「わ、私は、ど、どこでも……。み、皆さんの行きたいところについていきます」
「分かりました。もし途中で気になるお店とかを見つけたら教えてくださいね! シスター・マリアは?」
「私? うーん、マーケットも気になるけれど、やっぱり演劇かしら」
「私もです! 私、お芝居なんてあまり見たことなかったから、気になってたんです!」
前に夏至祭について調べたとき、南の大修道院の図書館には夏至祭やそのルーツとなった聖女と魔王の戦いついて記された資料はあまりなかった。
多少演劇用に脚色されている部分もあるだろうが、夏至祭に縁ある西の大神殿なら何かしら貴重な資料が残っているかもしれないし、文献以上の情報は得られるだろう。
シスター・カトリーヌは純粋に芝居を楽しみにしているようだが。
「ただ、あの人の多さではねぇ……」
ここからは舞台の様子を見ることができないが、先ほどの人気ぶりを考えれば次の公演も後ろの方で見るのがやっとだろう。残念だが芝居は諦めるしかない。
「じゃあ、明日は今日よりも早めに行って、前の方で見ませんか?」
「いいわね、そうしましょうか」
芝居はすでに始まっているようで、音声を拡張する魔道具があるのだろうか、舞台上の役者の声がこちらにも聞こえてきた。
聖女が魔物と対峙しているシーンの描写は語り手の臨場感に溢れ、台詞だけでも物語の世界へと引き込まれそうになるほどだ。
『そして聖女が陸、海の魔物を鎮めると次は──皆様上空をご覧ください! 鋼をも通さぬ鱗に覆われ、その爪は巨獣をも切り裂く恐ろしいドラゴンが大きな翼を広げ、上空から現れたのです!』
語り手の台詞とともに不意に日が陰り、辺りが暗くなる。
強い魔力を察知して空を見上げると、私の真上をドラゴンが飛んでいた。
私は思わず立ち上がる。魔術学院の生物学の講義を取っていたから、魔物の生態についても多少は学んでいた。
そして硬い鱗に覆われた巨大な蜥蜴のような見た目、頭から生えた二本の角、空を羽ばたくための両翼は、教科書に挿絵付きで載っていたとある魔物の特徴と合致する。
「古代竜!? どうしてこんなところに!」
絶滅したはずの古代竜が確かにそこにいて、広場の周りを旋回していた。
ちなみに古代竜と読みます。(厨二)




