39.秘跡の綻び②
あらすじ更新しました。ネタバレにならないように、なおかつ話の大筋を分かりやすくまとめる才能がほしい。ついでに小説書く才能もほしい。
「やっぱり変ですよ!」
「何が?」
「儀式ですよ儀式! 一体いつからこんなものが!」
夜、自室のランプの灯りを頼りに借りてきた聖フィリア教史の本をあくび混じりに音読させられていた私は、魔王を封じた聖女の代まで読んだところでガブリエラの声に遮られた。
先ほどまでじっと腕を組んで大人しく書物の内容に耳を傾けていたガブリエラは、何かを考え込むように眉間に皺を寄せている。
「やけに食い付くわね。魔王を封印した儀式が長い年月を経て形を変えていって、それが夏至祭で再現されてるだけじゃないの?」
魔王を封印した頃とは比べるべくもないだろうが、魔物の被害は毎年それなりに多い。むしろ魔物の動きが年々活発になってきている気がする。
王都は高い塀に囲まれており、騎士や傭兵が定期的に魔物を狩っていたためそういった危険はなかったが、地方で魔物の恐怖に晒される人々の心を思えば、教会に救いを求める行為を否定することはできない。
民衆を安心させるためにそういった儀式が連面と受け継がれ、祭事に組み込まれていったのであろう。
「だとしたら余計に無意味ですよ。あの地に施された封印はそんなにやわじゃありませんし、封印もその強化ができるのも地上でただ一人、聖女様だけなんですから! もし封印が弱まっていたとしたらアレはもうすでに……」
「ガブリエラ?」
「と、とにかく! 明日から夏至祭の儀式についてもっと調べますよ! こんな大規模な秘跡が数年単位で行われてるなんて、まったく馬鹿げてます!」
尻すぼみで聞き取れない言葉があったのが気になるが、いつになく真剣な表情のガブリエラの意向は私にも通じるところがある。
「その辺りの事情は教会の歴史や伝統が絡んでることだとは思うけれど、確かに儀式の秘跡に欠けがあるのは気になるわね……。はぁ。こんなときヒルダレイア大司祭様ならもっと色々なことを考えつくのでしょうけれど」
私でさえ秘跡の違和感に気づいたのだ。聡明なヒルダレイア大司祭ならば、この不安定にも思える秘跡を補完する方法に道筋を立てるのは容易だろう。
そもそも聖女の資格の一つとして、秘跡を使えることが求められるのだ。
聖女役として儀式に挑むのは民衆へのアピールだけでなく、素質がなくても秘跡を発動させる術をヒルダレイア大司祭はすでに手にしているのではないか。
「聖女様はあの大司祭を随分と買ってますよね~。う~ん。正直、女神の叡智とまで讃えられるほどの頭脳を派閥争いのために利用するなんて、聖職者としてはいかがなものかと思うのですが~」
「あのねガブリエラ。教会に対してどんな幻想を抱いているのかは知らないけれど……。組織の中枢なんてどこも真っ黒よ真っ黒。賢いくらいでないと生き残れないわ」
南の聖職者が例外であって、あのおっとりとしているラピス大司教だって中立派として立ち回る強かさを持っているのだ。
ガブリエラが教会内部の情報に疎いのは疑問だが、御遣いや神託の聖女を直接害そうとする猛者もいないゆえに、悪い面を見ることもなかったのだろう。
まぁ、百歩譲ってこの小人が御遣いならばの話だが。
「教会に限ってそんなことはあり得ません~!」
「どうだか。……あ、もうこんな時間ね。はい、今日の読書はここまでよ」
頬を膨らませたガブリエラを適当にいなして本を閉じる。
短くなった蝋燭の火を吹き消すと、なおも食い下がろうとするガブリエラを無視してベッドに入った。
「まだ就寝まで時間があります! 結局今日は何か書き物をしてて全然読んでくれないじゃないですか!」
「あの本の音読と古代語のまとめなら、どう考えても古代語の方を優先するでしょ……。シスター・カトリーヌとも約束、した、んだし……」
シスター・カトリーヌ用に古代語の文法と解読の要点をまとめた後に興味のない本を音読させられていたから、横になった瞬間にどっと眠気が押し寄せた。
耳元で騒ぐガブリエラの声が遠くなる。私は自然に落ちる瞼に抗わず眠りについた。
*
翌日、神学校の講義を終えた後の空き教室を借りて、私はシスター・カトリーヌと古代語で書かれた上級秘跡の教本の解読を行っていた。
「これを試してもらえる?」
「はい、ええと……」
私が黒板に古代語を訳した秘跡の詠唱を書き、シスター・カトリーヌが胸の前で手を組みながら読み上げる。
シスター・カトリーヌの周囲が淡い光に包まれるが、特に何も起こらなかった。
「駄目か……。なら、この節をこうして……。これでやってみて」
「はい」
黒板に書いた呪文の一節を消し、手元の資料を見ながら少し考えてさらに二節分の詠唱を追加する。その呪文をシスター・カトリーヌに唱えさせると、彼女を照らす光が大幅に増した。
「仮説通りね。やっぱり一部が抜けてるか訳があやふやで……って、あっ!」
背後からひょい、と紙の束を奪われて振り返ると、背後には眉間に皺を寄せたアレクシスが立っていた。
「まったく、君は本当に昔から変わらないな……! 私的な研究にシスター・カトリーヌを巻き込むなんて、一体何を考えているんだ」
「だって仕方がないでしょう、使えないんだから!」
「いや、そもそも何で使えなんですか聖女様?」
茶々を入れてくるガブリエラを睨む余裕もない。
ひやりとした冷気が肌を刺し、いつもの調子で言い返してしまったことを今更ながらに後悔する。
「誤解よアレク、話せば分かるわ! だからそんなに怖い顔をしないでちょうだい!」
「怖い……?」
シスター・カトリーヌとガブリエラの声が綺麗に重なる。きっと私以外には平素通りの澄まし顔に見えるのだろう。シスター・カトリーヌが目を丸くしながらまじまじと見ていることに気づいたアレクシスが少し怒気を和らげた。
はぁ、と溜息を吐くと、アレクシスは奪った本を私に返して腕を組んだ。
「……君の言い分を聞こうか」
私を見下ろす視線は冷ややかだが、言い訳をするチャンスが回ってきた。
ここでアレクシスの逆鱗に触れれば本気のお説教を食らうはめになる。
アレクシスの説教は長時間にわたり相手の行いや振る舞いを淡々と諭すもので、下手に叱責されるよりも辛いものがある。
「シスター・カトリーヌが古代語の訳で煮詰まっていたから、その指導をしていたのよ!」
「今の話は本当ですか? シスター・カトリーヌ」
「はい。私、古代語の秘跡の教本がどうしても読みたくて、シスター・マリアに教えてもらってたんです」
「なるほど。では先ほどは何を? 秘跡の練習をしていたようですが」
納得した顔で首肯したアレクシスが、黒板に書かれた呪文をまじまじと見ながら尋ねた。
「ええと、それは……」
「ああ、それは古代語を読んだシスター・マリアが秘跡の詠唱に抜けがあるってさっきから文章を足したり消したり」
私が慎重に言葉を選んで説明しようとすると、シスター・カトリーヌが正直に答えてしまった。
みるみる顔が険しくなっていくアレクシスの表情の変化に気づかないシスター・カトリーヌに悪気はないのだろう。
「……マリア」
アレクシスの声がまた冷めたものに戻る。
私は教卓の上に秘跡の本を広げて黒板と交互に指さしながら必死に弁明を始める。
「アレクも読めば分かるわよ! あちこち虫食いみたいになっていて、無理矢理意訳すると術式の構造がぼんやりしてシスター・カトリーヌに上手く説明できなかったのよ。だから写本の繰り返しで一部の詠唱が欠けてしまったと仮定して、抜けた部分を推測して当てはめていたの」
「写本に抜けが? そんな馬鹿な」
「本当よ。詠唱を足して光が増したのが証拠だわ」
「……確かか」
「ええ」
アレクシスが僅かに瞠目する。
嘘がないことを証明するため、私はその目をしっかりと見つめ返す。
どうせお説教は確定なのだと開き直って包み隠さず話したのが功を奏したのか、私の言葉を信用したらしいアレクシスが顎に手を当てて何か考え始めた。
「聖書や秘跡に関する写本は一字の誤字も脱字も許されないものだ。それが欠けているとすれば、おそらくだが……。秘跡の要となる部分においては口伝による継承が続いてるんだろう」
「はぁ? じゃあ仮説も何も……」
「そういうことだ。どうせ半分は好奇心で首を突っ込んでいたんだろう? 秘跡の授業で君を釣った僕が言うのもなんだが、少しは自重してくれ」
肩を落として落ち込む私に、アレクシスが呆れた顔で溜息を吐いた。
「あの~」
シスター・カトリーヌの声が割って入り、私とアレクシスの注意がそちらにそれる。
見ればシスター・カトリーヌがこちらの様子を窺いながらも教師に質問のある生徒さながらに片手を挙げていた。
「聞きそびれちゃったんですけど……。今のままでも一応意味は通るんですよね。どうしてそれじゃ駄目なんですか?」




