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34.断りきれなかった訳は

「それで、私を説得するんですって? 貴方いつからラピス大司教の忠犬になって……って、その顔……乗り気じゃなかったのね」

 気兼ねなく話せるという理由で旧礼拝堂に移動し、二人で長椅子に腰掛けた。

 少しばかり文句を言ってやろうかと思っていたのだが、アレクシスが椅子の背もたれに身体を預けた途端、緊張の糸が切れたようにやつれた顔で溜息を吐くので、憤りをぶつけるのが躊躇われて責めるに責められずにいた。


「その話は少し長くなるが、聞いてくれるか……?」

 覇気のない声を出すアレクシスにどうやら訳ありと判断し、居住まいを正してアレクシスの言葉に耳を傾ける姿勢に入る。

 アレクシスによると、先日ヒルダレイア大司祭が南を訪れた際にシスター・カトリーヌに宣戦布告とも取れる形で聖女候補に名乗りを上げ、派閥が本格的に動き出したらしい。

 それだけでも驚きなのに、ジェイド司教が裏でヒルダレイア大司祭と結託し、中立派筆頭のラピス大司教の動きを封じに掛かったそうだ。

 グレン卿が護衛をクビになったとは言っていたが、ラピス大司教の言動を思い出すに、最も信頼していたであろう腹心もとい飼い犬に手を噛まれた彼女の心中は察するに余りある。

 自分の腹心を信用できなくなったラピス大司教は、ジェイド司教たちに謹慎を命じてできるだけ遠ざけ、中立派を内部から崩そうとする勢力に対抗すべく単身で動いているとのことだ。

 しかし目の不自由なラピス大司教では書簡や書類を読んだり、多人数との交渉の席で声を発しない者の顔色を読むことが困難なため、どうしても彼女の「眼」になる人間が必要だった。

 そこで突発的に調査に同行することになったアレクシスや本来の調査官の中で誰の息の掛かっていない確信の持てる者たちに白羽の矢を立て、一時的に副官に命じた。

 ラピス大司教は南への長期滞在のために現在休暇中という扱いで、ジェイド司教とグレン卿は正式に副官と護衛の任を解かれていない。

 「眼」として副官の代理を頼まれている中で、特にアレクシスはラピス大司教とジェイド司教との間の緩衝材兼伝書鳩のような立ち位置に納まって心労が絶えないようだ。


「思っていたよりも深刻な事態ね。でも、あの方たちが裏切るなんてにわかには信じ難いというか……」

「そこはおよそ察しがつく。君、夏至祭についてはどこまで知ってる?」

「え、何よ藪から棒に。シスター・コレットからある程度は聞いたけれど、アレクが花を持ってきた日でしょう?」

「ああ、うん。やはりその程度の認識か……。分かってるのか、今年は君──」

 そこまで口にしたアレクシスが、不意に黙り込んだ。


「? 何よ?」

「……今年は神殿の奥で儀式が行われるんだ」

 今、何か別のことを言いかけた気がするは気のせいだろうか。

「儀式?」

 私とガブリエラの言葉が重なり、ガブリエラは不思議そうに首を傾げていた。

 

 おい。仮にも御遣いを自称する小人が疑問形なのはなぜだ。

 

 夏至祭は五年に一度の大祭に、西の神殿の奥で魔王の封印強化を行う儀式が行われ、今年はちょうど大祭の年にあたる。

 儀式は西の神殿の奥で行われ、民衆はおろか一部の上級聖職者や要人以外立ち会えないが、儀式遂行の中心となって魔王封印を再現する『聖女役』は、その代の聖女が務める。

 つまり、聖女の座が空席の今年の大祭で聖女役を務めることそれすなわち、民衆には次期聖女として認識されるのだ。

 しかし、儀式は上級秘跡によって女神の力の一部を借り受けて行うため、術者の負担が大きい。

 前回の術者である先代聖女は寿命を縮める一因となり、前々回の術者であるラピス大司教は視力がさらに悪化し、片足が不自由になった。

 そして元々はラピス大司教が務めるはずだった今年の夏至祭の術者が、ヒルダレイア大司祭に急遽変更になったらしい。


「……ああ、利害が一致したのね。ラピス大司教様に儀式をさせたくない彼らと、儀式を遂行することで大衆に我こそが次期聖女だと知らしめたいヒルダレイア大司祭様の。なるほど、だから突然侍女をつけようなんて言い始めたのね。実績の少ないシスター・カトリーヌに少しでも聖女らしさを身に着けさせて、足元を掬われないようにするために」


 一人納得する私にアレクシスが首肯する。

 聖女の座を射止めるためのパフォーマンスとしてはリスクが高すぎる気がするが、賢者と呼び声高いヒルダレイア大司祭のことだから、何か勝算があるのだろう。


「ヒルダレイア大司祭様の派閥が動き出して、焦る気持ちは分からなくもないけれど、それとこれとは話が別よ。私はお断りさせてもらうわ」


「……そこを何とか引き受けてくれないか。ラピス大司教様が自由にできる夏至祭までの間だけなんだ」

 元々の調査官以外は夏至祭後に総本山に帰る予定らしい。

 縋るような声音でアレクシスに乞われ、少しだけ心が揺らぎそうになる。

「そ、そんな顔したって駄目よ! 聖女の侍女なんて引き受けて終生修道女の誓願とか立てさせられたら御免だし、私にメリットないんだから!」


「短い間だから誓願は立てなくていいはずだ。それとメリット、と言っていいかは分からないが。シスター・カトリーヌの侍女をするなら、一般の聖職者には秘匿されている秘跡に触れる機会が得られるかもしれないな」

 少し考える仕草をしてからアレクシスに提示されたのは、私との付き合いが長い彼ならではの利点だった。

 アレクシスは私がこの場所で秘跡の研究をしていることも、行き詰っていることも知っている。

 何より、秘跡という未知の術式を解き明かすことに楽しみを見出していることを完全に見抜かれていた。

 聖女や上級聖職者にしか使えない上級秘跡を間近で見られれば、研究のヒントを得られるかもしれない。

 魅力的な条件に少し、本当に少しだけ私の心が揺らいだ。

 未だ渋る私に、アレクシスがもう一つ思いついた、とばかりに人差し指をピンと立てた。

「あと、明日からの夏至祭に出す刺繍のバザー品作りも免除になる」

「乗ったわ!」

「え、即答!? そんな理由で了承しないでくださいよ聖女様~!」 

 私が了承すると、ガブリエラが話に割って入ってきて叫んだ。

 そういえば、話の途中からやけに静かだったような。


「ありがとう、マリア」

 アレクシスはあからさまにほっとした顔をしながら胸を撫で下す。

 私はその表情を見て、心の中で密かに溜息を吐く。


 ラピス大司教は策士だ。

 予知能力か第六感かは知らないが、私が断れないことを確信してアレクシスをけし掛けたのだから。

 ラピス大司教の思惑に乗せられたようで少々癪だが、高位の聖職者の命令に逆らうのも厄介なので、引き受けざるを得なかったのだと自分に言い聞かせる。


 だから、決して、捨てられた子犬のような目をするアレクシスに根負けしたからでも、絆されたからでもないのだ。


これまでの話の全面改稿してるため、更新がいつも以上に遅くなりました。後から設定を生やすもんじゃない(戒め)。

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