33.聖女サマの侍女はお断り
午後の労働時間の終了間際に家事や畑仕事に従事していた者が集められ、修道女は明日から夏至祭の間まで、普段の労働から夏至祭のバザーに出す商品を作る針仕事に変わることが伝えられた。
今日はそのまま解散の流れになったが、急に仕事内容が変更になったことを考えると、客人として南を訪れていた西の大修道院の一団から夏至祭の準備の様子を聞いて常よりも早めに取り掛かることにしたのだろう。
西のやる気に触発されて早めに祭の準備へ取り掛かるのはいいことだが、これから夏至祭までの日々を思うと少々気が滅入る。
重い足取りでシスター・コレットとともに自室までの道を歩いていると、前方にシスター・イレーナの姿があった。
「嗚呼、お二人ともちょうどいいところに!」
私たちに気がついたシスター・イレーナが焦ってこちらに駆けて来る。
いつもなら廊下を走る若い修道女を注意する立場の彼女にしては珍しいほどの取り乱し様に、シスター・コレットと二人で何事かと顔を見合わせる。
「何かあったのですか?」
どうか落ちついて聞いてくださいね、と前置きしたシスター・イレーナが少し言い澱んでから口を開いた。
「シスター・マリア、シスター・コレット、貴女たちがシスター・カトリーヌ……次期聖女様の侍女に選ばれました」
「はい!!??」
「何ですとぉ!?」
シスター・イレーナから突然告げられた人事異動の内示に、私は思わず目を剥いた。
ほぼ同時にガブリエラも叫び、私の肩から身を乗り出した。
シスター・コレットに至ってはもっと深刻だ。驚きすぎて声すら出せず、水中の魚のように口をはくはくさせている。
「一体どういうことですか?」
「それが、私もつい先ほど次期聖女の護衛の任につくよう命ぜられたばかりでして。本当に何が何やら……。修道院長から詳しい話があるそうで、お二人を連れてくるように頼まれたのです」
シスター・イレーナ当人は当惑気味だが、こちらはその強さを目の当たりにしているので、むしろ彼女が一修道女として生活しているのが不思議なくらいである。
しかし私やシスター・コレットが次期聖女の侍女に選ばれたのは腑に落ちない。
そもそも侍女なぞいなくてもシスター・カトリーヌの取り巻きがあれこれ世話を焼いているというのに、なぜ今になって専属侍女をつける気になったのだろうか。
疑問は募るばかりだが、この場にその答えを持つ者はいない。
ひとまず修道院長から話を聞かなくては。
今にも倒れそうな足取りのシスター・コレットの背を擦りながら、シスター・イレーナの案内で廊下を進んでいく。
修道院長の執務室へ近づくと、廊下の途中でひと際目立つ赤髪が見えた。
シスター・コレットがサッと私の後ろに隠れる。
「教官、お疲れ様ですー。マリアちゃんとコレットちゃんも」
こちらに気がついたグレン卿がシスター・イレーナに頭を下げ、私たちに向かってひらひらと手を振る。
「ごきげんよう、グレン卿」
「…………」
シスター・コレットの緊張が背中越しに伝わってきて、私はシスター・コレットを庇いながらグレン卿の前に立った。
「あちゃあ、見事に嫌われてもーたなぁ」
困ったように頬を掻くグレン卿から悪意の類は感じないが、シスター・コレットからはちらりとも顔を出す気配がない。
二人が私を挟んで膠着状態に陥っている理由を知らないシスター・イレーナが冷ややかな視線を送る。
「グレン、まさか貴方、護衛をクビになった他にも何かしでかしたんじゃないでしょうね」
「いや~、あはは……」
クビ、という言葉に背後のシスター・コレットが少しだけ反応をみせる。
私もシスター・コレット同様驚いていたのが顔に出ていたのか、乾いた笑いを浮かべながら目を泳がせていたグレン卿と目が合うと、彼は取り繕った笑みを顔に貼り付け、殊更明るい声で言った。
「いやー、ひぃさんめっちゃ怒らせて眼鏡と一緒にクビになってしもーてな? あ、俺は便乗しただけで怒らせたんは主に眼鏡の野郎とヒルダレイアちゃんやで?」
「ヒルダレイア大司祭様が?」
てっきりラピス大司教の管轄ではない南の大修道院での私闘を咎められたのだと思ったのだが、違うようだ。
「う~ん、多分その辺も含めて説明……するんかな、大丈夫やろか、ひぃさんちょっと抜けてるし」
グレン卿が心配そうに廊下の奥にある執務室の扉をじっと見つめた。
その口ぶりからして、ラピス大司教は修道院長と一緒にいるらしい。
解雇を言い渡されてもつかず離れずの距離でラピス大司教の側にいるグレン卿の忠誠心の強さが伺えた。
グレン卿に見送られて修道院長のいる部屋の前に立つ。
シスター・イレーナが扉をノックすると、中から入室を許可する声が聞こえる。
部屋の中に足を踏み入れ、三人で並んで礼をする。
顔を上げて見回した執務室は私を含めて個室を与えられている修道女の部屋よりもやや広く、執務机や応接セットなどクラシカルなデザインの調度品、私には用途不明の法具の数々、噂の通信魔道具と思われる大鏡が誂えられていた。
応接セットのソファに修道院長とラピス大司教が向かい合っており、修道院長の隣には副修道院長が座っていた。
そしてラピス大司教の座っている方のソファの近くにジェイド司教はおらず、代わりになぜかアレクシスが立っていて思わず二度見した。
この場に同席しているということは、アレクシスはラピス大司教からのスカウトの話を受けたのだろう。
ジェイド司教とグレン卿を差し置いてその立ち位置にいるのかは、アレクシスの緊張した面持ちを見るに後で聞いた方がいいだろう。
異例の大出世を喜ぶべきなのか、影でいびられるであろうアレクシスの胃を心配するべきなのかは分からないが。
こちらの視線に気がついたアレクシスが、強張った表情から少しだけ眦を緩めた。
え、本当に大丈夫なの?
私がアレクシスに気を取られているうちに、私たちに下された辞令に関する話が進んでいた。
やはりというか、カトリーヌに侍女と護衛をつけることを提案したのはラピス大司教で、人選を行ったのは修道院長らのようだ。
奇跡の調査として南の大修道院にいる間、ラピス大司教はシスター・カトリーヌに聖女代理として行っている公務の引継ぎや聖女の心得を教えるつもりで、その一環として、専属の侍女や護衛をつけて人々に傅かれる立場に慣れさせたいとのことだった。
ちょっと待って!? 私、終生シスターになるつもりは微塵もないのだけれど!?
手紙をできるだけ早く検閲なしで出せるようにできるだけ大人しく過ごしていたのが仇になった。
ちなみに侍女の選考基準はシスター・カトリーヌと同年代の終生シスターで、護衛の任に就くシスター・イレーナに靡かない修道女の二点をクリアしたのが私とシスター・コレットの二人だけだったらしい。
確かにシスター・カトリーヌと年の近い修道女のほとんどは行儀見習いで、いずれ時がくればいずこかへ嫁いでいく。
そして何より若い修道女は皆、例の一件以来シスター・イレーナにご執心だ。
修道院という娯楽のない環境、刺激のない生活の中でもしもそこら辺にいる男よりも強く凛々しい女聖騎士が現れたら、首ったけになるのも無理はないかもしれない。
「大司教様、修道院長」
シスター・イレーナが一歩前に出ると、騎士の礼を取る。
修道女のローブを纏っているにも関わらず、この場にいる全員に騎士だと思わせる立ち振る舞いだった。
「元より私が修道院の門戸を叩いたのは、夫の喪に服すためです。確かに知己に頼まれ聖騎士として東で教練の指揮を務めていたこともありましたが……。今はただ、夫の冥福を静かに祈りたいだけなのです」
次期聖女の護衛という名誉な役目をあっさり辞退したシスター・イレーナに続いて、俯いていたシスター・コレットもがばりと頭を下げる。
「も、申し訳ありません……! わ、わわわ私には、つ、務まりません……!」
声を絞り出してそれだけ言うと、シスター・コレットは胸の前で組んだ手をぎゅっと握りしめた。
彼女たちが普段あまり意見を主張するタイプではないだけに、ただ静かに頭を下げる二人に一同が唖然とする。
あ。これ、私も断れる流れなのでは?
私も二人に倣ってできるだけ殊勝に頭を下げる。
シスター・カトリーヌには悪いが、もしも聖女の侍女を引き受けて終生シスターの誓いを立てさせられたら逃げ出せるものも逃げ出せなくなる。
「大変名誉なお話ですが、修道院に入ったばかりの新参である私に聖女サマの侍女が務まるとは思えません」
「そもそも聖女様はここにいますから!」
周りをうろちょろと飛び回る羽虫を振り払いたいが、お辞儀の姿勢でぐっとこらえる。
「うーん、こまりましたねー」
まさか打診した全員が断るとは思っていなかったのだろう。
ラピス大司教がうーんと腕を組んで頭を捻る。
大司教本人は真剣に思案しているのだろうが、どうにも雰囲気が緩い。
「いたしかたありませんー。シスター・マリア、あなたはさがっていいですよー」
私は自分の名前が呼ばれなかった喜びのあまり内心で高らかに拳を突き上げた。
部屋に残される二人には申し訳ないため、あくまでも己の役不足で専属侍女を断ったのだという謙虚さを表に出しながら、礼を取って下がろうとする。
「はい、失礼致します」
「ではアレクシスー、シスター・マリアのせっとく、おねがいしますね」
そう言ったラピス大司教が後ろにいるアレクシスを振り返るので、私は思わず礼を取った姿勢で一瞬動きが固まった。
「……私がですか」
突然話を振られたアレクシスが目を丸くする。
「はいー。きっとあなたがてきにんです」
「しかし、ここを離れる訳には……」
「だいじょうぶですよー。グレンがどうせちかくにいるので、なにかあればたよります。……たいへん、ふほんいですが」
アレクシスは持ち場を離れることを躊躇ったが、確信めいた口調でラピス大司教に断言されれば引き下がる他ない。
実際グレン卿はすぐそこの廊下に待機していたので、問題はないだろう。
頬を膨らませながら最後の方の言葉を口にしたラピス大司教は少し不機嫌で、クビにしただけあってかなり怒っているようだった。
「承りました。シスター・マリア、お時間よろしいですか」
「えぇ、もちろんですわ」
にこやかに微笑んだ私の猫被り具合で私の不本意さが十二分に伝わったのか、アレクシスの顔が盛大に引きつった。




