31.悪役令嬢の企み
修論執筆修羅場⇒修論発表会⇒荷造り⇒引っ越し⇒荷ほどきのコンボで更新が滞りました。
小説の書き方をすっかり忘れている…
「荒れてますわねぇ」
南の大修道院のとある客室。
旅人の一晩の宿としてではなく、身内の聖職者に面会に来た貴族用に誂えられたその部屋に一歩足を踏み入れた瞬間から漂うピリピリとした空気をものともせず、ヒルダレイアは苛立たし気にソファに鎮座する部屋の青年に声を掛けた。
「うっせ。誰のせいだと思ってやがる」
「勅令が下ればいずれこうなることくらい予想できていたでしょうに」
ラピスの命令でジェイドが謹慎となったと聞いて会いにやって来たのだが、ソファの真ん中を陣取ってワインの瓶の口から直接酒を煽るという想像以上に荒んだ様子に、手土産にワインを手渡したのは失敗だったと嘆息した。
ちなみに南の大修道院に来たヒルダレイアは真っ先に南の大修道院や調査団の聖職者たちへ西の大修道院で作っている製品を心ばかりの品として贈っている。
後ろに控えているグレイスンに瓶を取り上げさせようかとも思ったが、普段俺様を地でいく目の前の男が酒に逃げてはいるものの、誰にも当たり散らさずに一人で部屋に籠って謹慎を粛々と受け入れているためやめることにした。
ヒルダレイアはジェイドの反対側のソファに腰掛けると、真剣な面持ちで口を開く。
「明朝発ちますわ」
「早いな」
「用はもう済みましたもの。これでも聖女役に祭の采配にと忙しい身ですから」
「そーかよ。てっきりマリア嬢を連れて帰るって言い出すかと思ってたんだが」
「ええ、今回は見送ることに致しましたわ。南への訪問自体が予定外のことでしたし」
「懸命だな。ただでさえお前は方々から睨まれてんだ。アシュフォード伯の娘に接触したと知れたらあらぬ疑いを掛けられるぞ。あ、そうだ。なぁ、例の小型通信魔道具の研究どこまで進んでる?」
話題がころころと変わるのは酔っ払いだからだろうか、と呆れながらもヒルダレイアはジェイドの話に付き合うことにした。
ヒルダレイアが何も言わずとも手鏡がグレイスンから差し出され、ローテーブルの上に置かれる。
「今のところ、私用に一つだけですわ。まだまだ改善の余地ありですわ」
「はー、これが実物か。いいなこれ、完成すれば早馬も伝令もいらねぇ。戦も変わるな」
ひょい、と持ち上げた手鏡をしげしげと見つめながら告げられた言葉に、ヒルダレイアが僅かに目を見開いた。
その変化をジェイドが見逃すはずもなく。
「その顔は、やっぱ気づいてなかったか。量産化の話持ち掛けられたら警戒しとけよ」
「そう、ね……」
ヒルダレイアは長年淑女教育で培い、貴族社会と教会の派閥争いで磨きのかかった振る舞いで顔と声を取り繕って冷静さを保っていたが、心はさざ波立って落ち着かず、動揺が波紋のように広がっていく。
ジェイドには、ヒルダレイアが軍事技術を提供しようとした訳でも、軍需で儲けようする気も毛頭ないことも、ただ純粋に技術の粋を尽くして発明品を作っただけであることも分かっていたため、すぐにフォローを入れる。
「まあ、お前ならすぐに気づいただろ。何しろ賢者様なんだし」
「それは買い被りすぎというものですわ。…………これからは自分でこの知識の使い方を考えなければいけませんのね」
ヒルダレイアの脳裏に、常に己の道行きを示してくれていた亡き天才の顔が浮かぶ。
鼻の奥のツンした痛みをこらえ、膝の上に置いていた扇をぐっと握りしめる。
彼女が最後に小さく呟いた言葉は酔いの回っているジェイドの耳に届かなかったようで、そのまま話を続けられる。
「とにかく気をつけろよ。お前の知識は軍事技術に特化してんだ。異端審問会に目ぇつけられても庇ってやれねぇぞ」
異端審問会──邪教の信者や教義に反する思想や学説を唱える異端者を裁くというのは名ばかりで、聖フィリア教にとって都合の悪い人間を排除する、表向きには存在しない組織の名を出されたヒルダレイアは目くじらを立て、彼の手からワインの瓶をひったくった。
「失礼ですわね、私の作ったものがことごとく軍事転用されてしまうだけですわ。それに、貴方がアシュフォード領の外科手術に一縷の望みをかけて秘密裏に援助しているのは知っていますのよ?」
「はっ、異端も禁忌も関係あるかよ。ラピス様の目に光が戻るなら俺は……俺達は何だってするさ」
乾いた笑みを浮かべるジェイドは、生涯仕えると誓った主君のために血の繋がった従姉ですら利用した己の冷血さを自嘲しているようにも見える。
「存じておりますとも。……だからそんな顔はしないでちょうだい。貴方は私の思惑に乗ったに過ぎないのだから」
すべて分かっていると言わんばかりのヒルダレイアに、顰められていたジェイドの眉がみるみる深い皺を刻んでいく。
ジェイドはローテーブルに拳を叩きつけて行き場のない怒りをぶつける。
「本当に分かってんのかよ。上は、目に余るお前をこの機に排除したいだけなんだぞ……!」
「ええ。でなければ如何に根回しを行ったとしても、こうもあっさり聖女役の交代が認められるはずがありませんもの。……ふふふ、臨むところですわ。聖女という名の大役、見事演じ切って見せましょう。最後の台詞を終え、舞台から退場するそのときまで」
手にしていた扇子をパチンと鳴らすと、ヒルダレイアは不敵に笑う。
「でもお生憎様。夏至祭の脚本も主役も、この私ですわ」




