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29.女賢者の茶会

明けました、おめでとうございます。

2020/1/16:ほぼほぼ改稿しました。

 閃いた、とばかりに告げられたヒルダレイア大司祭の茶会の開催宣言で動き出した彼女の侍従達──恐らく皆元々は公爵家の使用人だったのだろう──はかなり有能だった。

 あっという間にテーブルセットやガーデンパラソルがセッティングされ開いた口が塞がらないでいると、アレクシスとともに席へと促されこれまたどこからともなく用意されたティーセットでもてなされた。

 労働の時間はとうに始まっているのだが、そこはヒルダレイア大司祭の使いがすでに手を回しているところらしい。

 元より私は見習い修道女でアレクシスは一司祭。高位の聖職者の申し出を断れるはずもなく。


「まぁ! お二人はそのようにしてひっそりと逢瀬を重ね、愛を育んでいらっしゃったのですね!」

「いやいや! 聖女様のお話をちゃんと聞いていましたか!? 今のをどう解釈したらそうなるんです!?」

 そして始まった茶会で案の定アレクシスとの昔話をせがまれ、二人で主観を交えずに話したにも関わらずヒルダレイア大司祭には大いに曲解して受け取られて頭が痛んだ。


 こっそりとテーブルクロスの下にクッキーを滑り込ませると、一も二もなくガブリエラが飛びついた。

 幻覚は私の心中を代弁してくれるが、私は曖昧に微笑みを返すほかないのだから静かにしていてくれ。

 ちらりと盗み見たアレクシスの横顔が引きつっているが、傍目から見たら気づかれないのが少し恨めしい。


 そもそも私とアレクシスの交流が我が家の庭だけだった理由は、アレクシスにあるのだ。

 伯爵家の三男でありながら文武両道・清廉潔白おまけに眉目秀麗なアレクシスは、同年代で将来女当主となって婿を取る予定の令嬢たちには魅力的だったのだろう。

 茶会では互いに牽制し合い、抜け駆けしないよう睨み合い、私の家が隣同士なのを知った他の令嬢に彼を紹介してくれと頼まれたこともあった。

 本当はアレクシスが女神へ仕える道を志していることを教えて差し上げたかったが、言ってしまえばなぜそんなことを知っているのかと問い詰められるのは分かり切っているので、その度に 私は特にアレクシスと親しくしていないとはぐらかしていた。


 もっとも、今にして思えば二年前に即位した新王の王妃の座を巡っての争いに比べれば、当時の令嬢同士の小競り合いなど子猫のじゃれ合いの如く可愛いものだった。

 いくら新王が玉座についた経緯がかなり特殊で様々な政治的な思惑が絡んでいるとはいえ、下手をすれば国が傾くところだった。

 なお紆余曲折あって空席となった王妃の椅子に漁夫の利を狙った教会が先代聖女を推した結果、陛下の堪忍袋の緒が切れて教皇との苛烈な権力争いが始まったことはここでは割愛する。


 ヒルダレイア大司祭は恋に恋する乙女といった様子で、扇で口元を隠していても興奮が伝わってくる。

 淑女の中の淑女という印象は薄れたが、生き生きとした表情は彫刻めいた美しさとのギャップもあって同性の私でもどきりとしてしまう。


 そういえば、他人の恋愛事情で大はしゃぎする友人が魔術学院に一人いた。

 他の学院の友人たちも元気だろうか。

 あ、駄目だ。あいつらラボに引きこもったり授業サボったりで私が学院を辞めたことにすら気づいてなさそう……。


「窓辺に生けた花の種類や本数でメッセージを送り合う……なんてロマンチックなのでしょう! ランプの灯りを互いの屋敷に向けて合図を送り合うのも、まるで符号通信のようですわ」

 明後日の方向へ飛びかけた思考を、ヒルダレイア大司祭の言葉によって引き戻された。

 私は父のフィールドワークについていくことが多かったので、窓辺に生けた花の種類や本数で不在の旨をアレクシスに伝えたり、ランプを手に灯した光の点滅の回数や光らせる長さで意味を変えて伝え合っていた。

 確かに暗号と言えば暗号だが、フゴウツウシンとは一体。

 二人で顔を見合わせた反応に、うっかり口を滑らせたとばかりにヒルダレイア大司祭が扇で口元を隠した。


「ひょっとすると、フゴウツウシンとは通信魔道具に使われている技術でしょうか」

「いえ、符号通信は雷系魔術を応用する必要があるので、通信魔道具には別の手段を用いておりますわ。先ほどは……ええと、そう、お二人だけの秘密の暗号のようで素敵だと言いたかったのです」

 ヒルダレイア大司祭の女賢者としての能力の片鱗に触れた瞬間だった。

 天才と称されるに値する知性と、独自の思考を即座に分かりやすく言い換えて伝える能力のどちらも備えている人間はそう多くない。


「そうですわ。せっかくですし、最新式の通信魔道具をご覧になりますか?」

 ヒルダレイア大司祭が手を中空に掲げると、後ろに控えていたグレイスンさんが手鏡を差し出した。

 手鏡は裏側には鉱石がいくつかはめ込まれており、鏡側の縁や分厚い取手部分には簡易魔法陣と思われる複雑な紋様が彫られていた。鏡や柄が特殊な素材でできており、明らかにただの手鏡ではなく魔道具だと分かるデザインをしている。

 アレクシスが私に向かって教会式の通信魔道具の使い方をレクチャーしている横で、私は完全に打ちのめされていた。


 魔術学院で使われている通信魔道具は雷系魔術と錬金術による強化素材などを応用したもので、使用できる範囲は学院内に留まる。

 仕組みは公表できないと言われたが、ヒルダレイア大司祭が創り出した魔道具はかなり高度であることは一目瞭然だ。

 教会の通信魔道具はかなりの大型で総本山や大修道院など主要な施設にのみにしか置かれていないらしいが、雷魔術を推奨していない聖フィリア教ですでに実用化にまで至っているとは思いもよらなかった。

 しかも小型版が今、私の目の前にある。


「魔術学院や王立研究所の魔道具では足元にも及びません。賢者の叡智、感服致します」

 技術力で完全に教会に負けているという敗北感に肩を落としながらも、心からの感嘆が口を衝いて出た。

 本当に惜しい人材を聖フィリア教に取られた。


 しかし私の賞賛の言葉を受け取ったヒルダレイア大司祭は顔を曇らせると、ゆるゆると首を横に振るのだった。

「いいえ、それは違いますわ。皆は女神の叡智と持て囃しますが、所詮は紛い物……。アシュフォード伯の本物の叡智の足元にも及びません」

「ヒルダレイア大司祭様……?」

「……嫌ですわ、もうこんな時間。申し訳ありませんが、この後に会談の予定が入っておりますのでお茶会はこれにてお開きにさせていただきますね」


 悲しげに目を伏せられたのはほんの一瞬。

 すぐに淑女の微笑みを向けられ、紛い物とは意味なのか尋ねる機会を失ってしまった。

「マリア様、お父君の話はまた今度。それではお二人とも、ごきげんよう」

 立ち上がり、優雅に一礼するヒルダレイア大司祭に二人で礼を取って見送る。


 しばらくの間、翳りを帯びたヒルダレイア大司祭の表情がしばらく頭から離れてくれなかった。


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