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27.ここでも悪役!?

 陽射しが日に日に強まり、木の葉の影が徐々に濃くなって夏が近づく気配する。

 修道服も薄手の生地のものに替わったが、それでも労働時間に外で忙しく動き回れば額に汗が滲む。

 洗濯物を干す作業がひと段落した私は休憩に入ったその足で旧礼拝堂に向かった。

 旧礼拝堂の周りは木が生い茂って日当たりが悪いので涼しく、他の建物から離れたところにあるので総本山と西の大修道院からの客人の来訪で忙しない修道院の喧噪から少しの間だけ離れるころができる。


 旧礼拝堂の扉を開けると、前方の長椅子で人影が動き、寝ぼけ眼のアレクシスと目が合った。

どうやら休憩中に長椅子で横になっていたようだ。その表情は疲れ切っている。

 一応声を掛けて邪魔なら退散しようかとも思ったが、アレクシスが自分の隣を勧めるので遠慮なく座ることにする。

 最近は忙しくしていたのでアレクシスを見かけなかったが、アレクシスの方も視察で各修道院を行き来していた功績を買われて南の大修道院の人間と調査団、西の大修道院の来客を繋ぐ役をしており、神経をすり減らしているらしい。

 必然的に話題は西の大修道院のことになる。


「まさか本当に西の聖女候補がヒルダレイア様だったなんて……」

 ヒルダレイア公爵令嬢改めヒルダレイア大司祭は少女から女性になっていたが、その美しさは長年の修道院生活で損なわれるどころか輝きを増していた。

 西の聖女候補の名前を耳にしたときに彼女のことが真っ先に思い浮かんだが、淑女の中の淑女というイメージはあっても賢者という印象とは結び付かず、正直自分の目で見るまで信じられなかったのだ。

「ねぇアレク、あの方が女賢者と呼ばれているのは本当なの?」

「ああ。ヒルダレイア大司祭様が修道院に入られてからの功績は計り知れない」


 西の大修道院に入ってからヒルダレイア大司祭は併設されている製造所の効率化、画期的なアイデアで質のよいポーションや化粧品、便利な魔道具を次々と生み出し、稼いだ金を教会領に還元している内にいつしか女賢者と呼ばれるまでになったらしい。

 瓶詰めの保存食──中身を密封するためのねじ式の蓋はヒルダレイア大司祭の案だと知り驚いた。

 魔術学院の一部の学生にとっての必需品で、私もよく寝食を忘れて魔術の研究に没頭する学友の口に瓶の中のニシンの油漬けを無理矢理突っ込んだものだった。

それだけ発明に関する優れた才覚があれば貴族社会で少しは噂になりそうなものだが、公爵令嬢として必要なかったから隠していたのか、修道院に入ってから発明の才能が開花したのだろうか。


「いや~、国に身を捧げるほどの尊い自己犠牲精神の持ち主が知性も備えているなんて! 私は感激しました!」

 ガブリエラの意見には同意するが、光魔術の素質のあるシスター・カトリーヌといい、優秀な人材を聖フィリア教に取られすぎな気もする。


「でも、そこまで社会に貢献しても悪役令嬢の悪名は消えないのね……」

「ああ、それは恐らく……まだ悪役をやっているからじゃないか」

 アレクシスの言葉に私は首を傾げる。

「どういうこと?」

「……あの方は今、ばらばらだった反教皇派をまとめ上げて一大派閥を作っている」

「やっぱり悪女~!?」


 ガブリエラの甲高い声を聞き流しながら、ふとある考えが頭を過った。

 毒を盛るメリットがあるとすれば、他の聖女候補を擁する者だと。

「あー……ねぇ、アレク。ひょっとしなくても、歴代の聖女サマは教皇の傀儡だったりする?」

 調査団に強引に加わったラピス大司教、教皇と対立するヒルダレイア大司祭。

 どちらもシスター・カトリーヌが現れる前は聖女候補だったのだ。

 もしも彼女たち自身が、もしくは彼女たちを支援する者が教皇派に取り込まれる可能性が高いシスター・カトリーヌを聖女の座から引きずり下ろしたいのだとしたら。


「…………」

 たっぷりと沈黙した後、アレクシスは目を逸らした。

「もう少し嘘つくなり取り繕うなりした方がいいわよ?」

「……君相手に嘘をついても見抜かれる」

「分かりやすく顔に出す方が悪いわ」

「出るんですか!? 顔に!?」

 ガブリエラが叫びながらアレクシスを指さすが、彼の表情は変化が乏しいだけだ。

 例えば、楽しげなときの無表情と落ち込んでいるときの無表情とでは微妙に異なる。


「……僕にそんなことを言うのは君だけだよ、マリア」

 仏頂面の下に隠されている感情などお見通しだとばかりに鼻を鳴らした私に、アレクシスがなぜだか嬉しそうに微笑った。



 休憩時間が終わり二人で旧礼拝堂を出たところで、私はアレクシスに相談しなければならないことがあったことを思い出した。

「あ、そうそう。近頃シスター・カトリーヌの様子がおかしいのよ。悩んでいるというか、思い詰めているというか……。アレク、視察先の相談に乗るのが本来の仕事でしょう? できれば気にかけてあげてほしいのよ」

 先日のお茶会の後にふらふらと自ら柱に近寄って激突しそうになっていたのを襟首を掴んで止めたことは伏せて説明すると、話を聞いていたアレクシスが私をじっと見つめてから尋ねる。

「前から思っていたが……。マリアはシスター・カトリーヌのことが苦手なのか?」

 ぎくりと震えそうになった肩を何とか律することに成功した。


「……そんな訳ないじゃない。相手は非の打ち所がない聖女サマよ?」

「ほら」

「何が」

「……君は相手のことをちゃんと見る。相手が肩書きを鼻にかけていない限り、先入観では判断しない。シスター・カトリーヌは聖女であることを鼻にかけるタイプでもないのに、君は初めから『聖女』として接して距離を置いている」

「私だって変わったのよ」

「それならシスター・コレットは君に懐かない」

「…………」

「もう少し嘘つくなり取り繕うなりした方がいいぞ」

 口をへの字に曲げると、アレクシスが薄く笑った。

「アレク!」

 でも確かにアレクシスの指摘通りではあるのだ。

 私は還俗のため、シスター・カトリーヌと極力接触しないように避けているのだから。


「じゃあ、私はこっちだから」

 これ以上探られないよう次の作業場まで足早に向かおうとすると、アレクシスに呼び止められる。

「待て。僕の記憶が正しければそちらは薪割り場しかないはずだが」

「そうよ」

「……まさか。君が薪割り?」

「そうなんですよ~、信じられないでしょう? 止めなさい司祭!」

「しょうがないじゃない、人手が足りないんだから」

 驚愕しているアレクシスにガブリエラが便乗する。

 身体強化の魔術を使えば私でも何とか斧を振るうことができるので、何も問題ないはずだが。


 少し考え込む仕草をした後、アレクシスが口を開く。

「……僕も行こう」

「へ? アレク、仕事は?」

「薪割り場の状況と当番制を把握するのが先だ。力仕事を積極的に女性に振る訳にはいかない、場合によっては僕が代わりにやる」

「よ~し! もっと言いなさい司祭!」

「前々から思っていたが、君が家事を行う必要はないんだぞ。上に掛け合って針仕事か写本作業を回そう」


 アレクシスの申し出に私は顔を顰める。

「えぇ、嫌よ。私が刺繍とか苦手なの知ってるでしょ」

「……苦手ではなく嫌いなだけだろう。僕は上手いものだと思うぞ」

 アレクシスはハンカチを取り出すと、綺麗に畳まれたそれを広げ始める。

 ガブリエラが広げられたハンカチを覗き込んだ。

「イニシャルと、花……いえこれは家紋ですか? 細かい刺繍ですね~」

 見覚えのある刺繍と裏地から僅かに透ける薄茶色のシミに私は目を剥く。

「ちょっと、何でそんなものまだ持ってるのよ!」

「僕の物をどうしようと僕の勝手だろう」

「ド正論!」


 それは昔、私がアレクシスのハンカチに刺した刺繍だった。

 本のページで指を切ったときにアレクシスが私の指を自分のハンカチで押さえ、付着した血が洗ってもシミになって取れなかったため、その上から刺繍してアレクシスに返したのだ。

 結局刺繍の腕前はそれ以上成長しなかった。己の進歩の無さを見せつけられるようで、顔から火が出るくらい恥ずかしい。

 アレクシスの手からハンカチを奪おうとすると、それより早くひらりと身を躱される。

 しばらくハンカチを巡って攻防を続けていた私たちは、こちらを見ている人物がいることに気が付かなった。


「……てませんわ」


 修道院の二階の窓が盛大に開き、突然の第三者の声に二人同時に声の方を振り向く。

「聞いてませんわ! ローラン伯御子息アレクシス様と、アシュフォード伯御息女マリア様──あのお二人がそんな関係だったなんて!」

 修道院の建物の方から扇を手にこちらを見下ろしているのは、西の大修道院が擁立する聖女候補・ヒルダレイア大司祭様だった。


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