表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/54

26.悪役令嬢ヒルダレイア

「……カトリーヌ、シスター・カトリーヌ?」

「あ……す、すみません。少し、ぼーっとしてました」

 呼びかけながら顔の前で手をヒラヒラさせると、シスター・カトリーヌがはっと我に返った。


「少し~?」

 シスター・カトリーヌが無心で紅茶に入れていた角砂糖の山を見ながらガブリエラが首を傾げている。

「や、やっぱり具合が悪いんじゃ……」

「いえ、本当に大丈夫です。お二人からお茶に誘っていただけるなんて滅多にないですし」

 心配そうにしているシスター・コレットに向かってシスター・カトリーヌが微笑んだが、混ぜたティーカップの底には飽和状態の砂糖が沈んでいる。

 紅茶を一口飲んで顔を顰めたシスター・カトリーヌの心ここにあらずという様子に、シスター・コレットと顔を見合わせる。


 総本山から派遣された調査団へのもてなしでただでさえ人手が必要だったところを、今度は西の大修道院から客人が訪れることになり、その準備に追われてとにかく人手が足りず忙しい。

 おかげでお払い箱だった私にも手伝う機会に恵まれ、シスター・コレットの指南もあり少しずつではあるが家事も上達してきている。

そして明日西の聖女候補一行がやってくるというタイミングで思い詰めた表情のシスター・カトリーヌと薬草畑で顔を合わせ、上の空な状態の彼女を見るに見かねてこちらから茶に誘ったのだ。


「シスター・カトリーヌ、何か悩みがあるなら聞きますわ」

 話すだけでも楽になることもあるというし、このまま放っておいて客人の前で粗相をしてしまえば西側に付け入る隙を与えることになる。

 彼女にはつつがなく聖女になってもらわねば困るのだ。

 シスター・コレットもこくこくと頷くと、シスター・カトリーヌが重い口を開く。


「実はこの前……。……いいえ、何でもありません。お気遣い、ありがとうございます。……あっ、そうでした! 私、シスター・マリアに聞きたいことがあるんです!」

 何かを言いかけたシスター・カトリーヌがぽん、と両手を合わせてあからさまに別の話題に変えた。

 シスター・カトリーヌ当人に話す気がないならば、それ以上踏み込むことはできない。

今の状態が続くようならば誰かに相談しようと考えながら、聞く姿勢に入る。


「何でしょうか」

「明日いらっしゃる西のヒルダレイア大司祭様のことです。王都であの方が悪役令嬢と呼ばれているのは本当ですか?」


 カトリーヌの言葉に思考が止まった。

「……どこでそれを?」

「お友達から聞きました。自分の婚約者に横恋慕した令嬢に犯罪まがいの嫌がらせを繰り返して婚約破棄され、修道院送りになったとか……」

 頭が痛くなる。信じられない、まだあんなゴシップを鵜呑みにしている人間がいるだなんて。


「あ、悪役ぅ? 悪女ではなく?」

 私がこめかみを押さえている横でガブリエラが困惑している。

 シスター・コレットは居心地悪そうに黙々と茶を飲んでいる。短い付き合いだが、彼女がこの手の噂話が苦手なことは察している。

 恐らく取り巻きがその話で盛り上がっていたから咄嗟に口にしたのだろうが、次期聖女が世間の評価を鵜呑みにしたままなのは少々、いやかなり拙い。


「確かにそう呼ばれています。平民の間では大衆向け小説や戯曲の悪役令嬢のモデルとなった人物として。そして貴族の間では『悪役』令嬢……誰かが書いたシナリオに沿う形で悪役を演じきり、自らの断罪を以って開戦派を炙り出した王家への忠義者として」


 事件そのものはシスター・カトリーヌが語ったように婚約破棄から始まり、傲慢な貴族令嬢──悪役令嬢が断罪され修道院送りに……という大衆向け小説や戯曲などの物語によくみられる話だ。

 否、この事件が小説や舞台の題材になったのだ。

 今や大衆向け小説や舞台の一大ジャンルとなっている悪役令嬢のモデルになったのが、西の聖女候補──ヒルダレイア元公爵令嬢現大司祭様だ。


 ただ、そういった物語と現実で違うことがあるとすれば。

 辺境伯家──ヒルダレイア公爵令嬢の婚約者の家が隣国と通じている証拠が見つかってお取り潰しになり、断罪に加担した令息達の家で不正や汚職が次々と発覚して左遷や辞職が相次いだことだ。


 あの事件がすべて芝居で仕組まれていたものだと一部の人間が気づき始めた頃には、ヒルダレイア公爵令嬢も修道院に入りすべてが終わりに向かっていた。

 一体誰が舞台裏で糸を引いていたのか、どこまで本人の思惑で悪役を演じていたのかは私の貧相な頭では検討もつかない。


「やっぱりシスター・マリアに聞いてよかったです」

 そこまで語ると、なぜかシスター・カトリーヌが嬉しそうに微笑んでいた。誤解が解けたようでなによりだ。



 そして翌日。

 西の大修道院の一団を出迎えたとき、門を延々と通って渋滞している馬車の列に唖然としていると、ひと際豪奢な馬車から降り立った女性に目を奪われた。

 腰まで届く長い黒髪をなびかせながら歩くその姿は物腰優雅で気品に溢れ、怜悧な美貌は鮮烈な印象を与える。

 身に纏っている衣装が美しいドレスではなく大司祭のローブであっても、一目でヒルダレイア・バートランド元公爵令嬢その人だと分かった。


活動報告での二次創作の原稿は終わったんですけど、当分一次創作と二次創作を反復横跳びするので亀更新です。

というか基本二週間以上更新滞ってるときは大抵二次創作してます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ