3.幼馴染との再会
祈りの間に御遣いが現れてから早数日。
労働を終えた私が教会の近くを通りかかると、若い修道女たちが集まってきゃあきゃあと色めき立っているのが見えた。
「何だか騒々しいですねぇ」
心の中でガブリエラの意見に同意する。
ちなみに畑で気絶した小人は、目を覚ますと同時に『これも試練なのですね、女神様……!』と訳の分からないことを口にした後から数日、私の周りでひたすら聖フィリア教の教えを説いてくるので鬱陶しいことこの上ない。
教会の扉の前では見覚えのない司教たちが修道院の司祭と話しており、修道女たちは司教の側にいる若い修道士たちに熱い視線を送っていた。
私は聖フィリアの総本山に早馬を出していたのを思い出した。恐らく調査のために派遣されてきた人間だろう。
国の中央に位置する総本山から南の修道院まで距離にして馬車でおよそ五日かかる。早馬を出したにしても到着が早すぎる気がしたが、大して興味もなかったので、私はそのまま通り過ぎることにした。
「…………マリア?」
私の名前を呼ぶ声に立ち止まる。声の方を見遣ると、ぎょっとした顔をした青年が立っていた。
「……アレク」
教会の前にいた銀髪の若い聖職者の一人が私に向かって歩み寄る。彼の名はアレクシス・ローラン。私が王都にいた頃の幼馴染だった。
「聖女様。あの男、聖女様のお知り合いですか?」
くいくいと私の服の裾を引っ張るガブリエラの手を振り払っている間に、血相を変えたアレクシスが修道女の集団をかき分けて私の元にやって来る。アレクシスは私が無神論者であることを知っているため、修道女の着る白いローブに身を包む私に驚愕を隠せないでいた。
「久しぶりね、アレク」
アレクシス・ローランは伯爵であるローラン家の三男で、私とは王都の屋敷が隣同士のいわゆる幼馴染の関係だった。
三男であるアレクシスが爵位を継ぐことは難しく、彼は自ら身を立てるべく総本山の神学校に入学し、私も同じ年に王立魔術学院へ入学したためそれきり会っていなかった。
数年ぶりに会ったアレクシスは私の頭一つ分は背が高く、幼い頃の面影を残しつつも精悍な顔つきの青年に成長していた。
「ああ、久しぶり……じゃない、マリア、どうして君がここに?」
伯爵家の令息として厳しく育てられ滅多に感情を表に出すことがなかったアレクシスが慌てふためく様子がおかしくて、私は少し笑ってしまう。
「……その話は長くなるわ。それよりアレク貴方、今は総本山にいるのではなかった?」
くすくすと笑う私の表情を見てアレクシスは我に返ったらしい。わざとらしく咳払いをすると、もう聖職者の顔に戻っていた。
「あ、ああ。たまたまこちらの修道院の視察があって。僕は司教様の付き添いだ」
なるほど。王都の調査団にしては早すぎると思っていたので納得だ。それなら到着早々御遣いの話を聞いた視察団の人間はたいそう驚いたに違いない。
私がアレクシスと話していると、一人の修道女が私に声を掛けてくる。
「シスター・マリア、ローラン司祭とはお知り合いですか?」
えーと、彼女は確か……。
「はい、シスター・イレーナ。私の父がローラン司祭のお父君と知己で……」
私の言葉にシスター・イレーナはそうでしたか、と微笑んだ。
「ローラン司祭、今回のシスター・マリアへの試問は貴方様にお願いできないでしょうか。御遣い様のお話が主になるとは思いますが、シスター・マリアはまだ修道院での生活も不慣れ。知っている相手の方が悩みなどは相談しやすいと思うのです」
シスター・イレーナの訴えにガブリエラが反応した。
「おお、シスター・イレーナ……実に慈悲深く立派な修道女ではありませんか」
今日は意見がよく合うな。
シスター・イレーナは修道女の中では三十代半ばと若い修道女をまとめる存在であり、誰とでも分け隔てなく接する人格者だ。新入りの私のことも何かと気遣ってくれている。唯一の欠点は、物腰柔らかを通り越して腰が低すぎて後輩たちを御しきれていないことくらいだろう。
「分かりました。そういう事情なら喜んでお引き受けします」
アレクシスの言葉に周囲の修道女から不満げな声が上がり、それをシスター・イレーナがたしなめると渋々その場から散っていった。
それからアレクシスは司教様に説明してくる、と教会前へ行き、少し話すとまたすぐ私のところに戻って来た。
「二人になれるところの方がいいか。よしマリア、ついてきてくれ」
「なっ!? 聖女様が男と二人きりになんてとんでもない! 聖女様こいつ絶対下心があっ、へぶぅ!」
アレクシスの前で喚くガブリエラの頭をぺちんと叩く。
「どうした、マリア?」
「ちょっと羽虫が……ほら、この辺り。分からない?」
私は痛みに呻いているガブリエラを指さす。
アレクシスは私の指先あたりで視線を彷徨わせてから首を傾げた。
……やはり自称御遣いの小人は私の幻覚らしい。
私はこっそり溜息を吐くと、先導するアレクシスの後ろについていった。