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20.聖女候補

 秘跡を使ってから数十分後、アレクシスが目を覚ました。

「まだ鐘は鳴ってないわよ?」

「いや、仮眠を取ったら大分楽になった」

 伸びをして首を鳴らすアレクシスの横顔は清々しい。

 秘跡は疲労を癒すのに効果てきめんだったようだ。

 彼が眠っている間に練習として何度か秘跡を発動させようとしたが、手のひらの光は霧散していくだけだった。


「忙しそうねぇ」

「食中毒の一件が振り出しに戻ったからな……。新たに容疑者を絞ったはいいが、目ぼしいことは何も」

 犯人も二度の奇跡を目の当たりにした以上、シスター・カトリーヌに危害を加えるとは思えないが、尻尾も出さないだろう。


「そもそもシスター・カトリーヌを陥れてメリットのある人間が本当にいるのかしら」

 苦肉の策としてラピス大司教を偶像に据えているくらいだ。私には次期聖女を害することへのメリットがないように思える。

 しかしアレクシスが微かに苦い顔をしたことから、単に私が修道院に入ったばかりで教会内の勢力図を把握していないだけだと悟った。

 てっきり世俗を離れたアレクシスが貴族というしがらみや煩わしさから解放されたのだと思っていたが、教会でも己の立ち位置において苦労しているようだ。


「……いる。端的に言うと、他の聖女候補を推す派閥だ」

 アレクシスが挙げた聖女候補は三人。


 西の大修道院、女神の叡智により、教会に富をもたらした女賢者。

 東の大修道院、女神の加護を受け、邪竜を鎮めた女聖騎士。

 総本山、女神の生まれ変わりにして、千里先を見通す巫女。聖フィリア教の現象徴──ラピス大司教。

 北の大修道院は先代聖女を輩出したため、今回は見送ったらしい。


 実績を鑑みれば誰もが聖女となりそうなものだが、三人には上級秘跡が使えないらしい。

 秘跡を使えるというただ一点だけで、南の大修道院のカトリーヌが聖女候補筆頭とされているのだから、各聖女候補の背後にいる教会の権力者たちは面白くないだろう。

 その教会の権力者もラピス大司教が睨みを利かせていたため、シスター・カトリーヌが現れなければあと数年はどの派閥からも聖女を即位させることはなかったそうだ。


 ……正直アレクシスがここまで内部事情を話してくれるとは思ってもみなかった。

 やはり疲れているんだろう。


「せめてシスター・カトリーヌが神託の聖女と認められればいいんだが」

 アレクシスがぼそりと呟いた言葉に私は首を傾げる。

「え、まだ認められていなかったの?」

 てっきり毒を盛った人間を突き止めるのに難航しているのだとばかり思っていた私は、調査団が未だにシスター・カトリーヌが神託の聖女と認定されていないことに驚いた。


 御遣いに関しては私を含め礼拝堂にいた全員が証言している上に、食中毒の一件では礼拝堂の中にいた患者全員を秘跡で治癒したのはシスター・カトリーヌということになっている。

 一体シスター・カトリーヌを聖女とするのに何の問題があるというのだ。

 調査官の話を聞いたアレクシス曰はく、御遣いが神託を告げなかったことが問題視されており、御遣いとの契約の際に問題があったのではとの見解らしい。


「その通りです! 調査官、優秀じゃないですか!」

「光の大精霊ねぇ……?」

 目の前の小人をどうしても疑わしい目を向けてしまう。

 しかし私に限定的ではあるが秘跡が使えると分かった今、礼拝堂で御遣いが消えた理由も、私にしか見えない自称御遣いの小人が纏わりついている理由にも納得がいく。

 小人が幻覚ではないかもしれないことを安堵する一方で、御遣いが一方的に契約を結ぶという仕組みなど、聞き捨てならないことが山ほどある。


「それに神託の聖女には受難が待ち受けているって?」

「いや~、それはその~……」

 眉間を押さえていると、ガブリエラが両の人差し指を合わせながら何とも言えない顔で目を逸らした。

 え、何その微妙な反応。本当に何か起こるとでもいうのか。

「単に何も起こらなかった時代には記録していなかっただけという可能性もある」

「ああ、うん、そうよね……」


 歯切れの悪い返事をしたところで、自由時間の終了を告げる鐘が鳴る。

 鐘の音を聞いたアレクシスが座ったまま組んだ両手を額に当て、長い溜息を吐いた。

「…………もう戻りたくない」

「ちょ、ちょっとアレク、本当に大丈夫なの?」

 アレクシスが人前で弱音を吐露するなんて珍しい。

 アレクシスの顔を覗き込むと、途方に暮れた彼の瞳と目が合った。



『貴方でまるでお話になりませんわ。早くラピスに代わってくださらない?』

 調査団の滞在している大部屋、その鏡の前で玲瓏な女性の声が響いた。


「口を慎めヒルダレイア。そもそもお前が勝手に押し掛けたんだろうが」

『あら、来訪の旨は……とお伝えしてい…でしょう? こちらは予定通り到着して……、ずっと待っ……りましたのよ? それに対して謝罪の……や二つは……』

「おい、ノイズがひどいぞ。故障か?」

 女性が声を発する度にザザッと走る雑音にジェイドが顔を顰める。

 受信状態が悪いのか、通信直後から鏡には砂嵐が映し出され、相手の姿が映っていない。


『やはり小型版はま……だ改善の余地がありそうですわね』

「小型版って……。お前、一体どこから掛けてんだ?」

『どこって、…へ向か…馬車の中ですわ。この調子なら……日後にはそちらに着くでしょう』

「ちょっと待て! そちらって、お前まで南に来る気か? 何勝手に切ろうとしてやがる、話はまだ──」


 通信が一方的に切られ、砂嵐が映っていた鏡にジェイドの姿が映し出される。

「こいつは厄介なことになったぞ……」

 ジェイドはずれた片眼鏡を嵌め直して後ろを振り向くと、後ろに控えていた部下に指示を出す。


「ラピス様にお伝えしろ。あとここの修道院長にも。西の大修道院から、聖女候補が来る──」


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