19.今はただひととき、安らぎを
一切キャラビジュアルとか考えてないんですがアレクシスは銀髪になりました。
「素直に土魔術を使えばいいと思うのよねぇ……」
「えぇ……聖女様、それ本気でおっしゃってます?」
旧礼拝堂へと続く道すがら、お茶会での宣言通り薬草畑に現れた聖女サマが秘跡を使うのを横目に見ながら感じた疑問をそのまま口にすると、ガブリエラが困惑した顔でこちらを見ていた。
調査団がいる間は秘跡の研究は控えるつもりでいたが、そのメンバーの中に旧礼拝堂の存在を私に教えたアレクシスや、未来視という規格外の力を持つ大司教がいるため念には念を入れて礼拝堂内に堂々と放置してある秘跡の研究資料をきちんと隠すことにしたのだ。
「そもそも聖フィリアはどうして六元素のうち土と闇属性だけ排除してるのよ。闇は分からないでもないけど、東の方では土属性を木・金・土と細かく分類して研究しているくらいなのよ?」
「だからこそですよ。生きとし生けるものは大地と共に生きるのですから、人が愚かにも手を加えていい領域ではありません」
「はぁ、アナタにこの国で魔術適性が土属性だけの人間がどんな扱いを受けているか見せてあげたいわ……」
いくら膨大な魔力を持っていたとしても土属性の魔術しか使えないと分かった途端人々は手のひらを反す。そんな魔術、農業以外何に生かすのかとせせら笑う。
幼い頃、寂し気なアレクシスの背中を何度見つめたことか。彼には土属性とほんの少しの水属性しか適性がなかった。
「じゃあ雷魔術は? 雷雨が多い地域は土壌が豊かなことは分かっているし、作物の育成に一定の成果が見込めるはずよ」
「神罰の象徴とされている雷を操ろうなんて言語道断です!」
どうやら聖フィリア教で雷魔術が禁術とされているのは本当らしい。
……ひょっとしなくてもこの国で雷魔術が発展しない原因、聖フィリア教のせいでは?
話している間に旧礼拝堂に到着し、私は旧礼拝堂の扉を開く。
「うわ、寒っ!」
扉を開けた瞬間冷気が吹き込み、ガブリエラが私のローブの外套の内側に潜り込んだ。
どこからか隙間風でも漏れているのだろうかと肩を震わせていると、前列の長椅子に見覚えのある銀髪が目に入る。
相手もこちらに気がついたようで、扉の方を振り返った。
その手に握られているのは秘跡の資料。
「昨日振りね、アレク。……怒ってる?」
「……いや。だがマリア、一応これについて説明してもらおうか」
私を静かに見つめるアレクシスの表情は乏しいままだが、これは確実に怒っている。
アレクシスは感情をあまり表に出さない。だから怒るときも静かに怒る。
……背後にブリザードを纏って。
アレクシスは聖フィリア教会、それも総本山の聖職者。還俗の意思のある私が教会に許可なくこそこそと秘跡の研究を行い、神秘を勝手に暴いて持ち帰ろうとする行為を許すはずもない。
手遅れなのを悟りながら、腹を括って奥に進んでアレクシスの横に座ると私は素直に秘跡研究を始めた経緯を話した。
シスター・カトリーヌが秘跡を使ったときのマナの流れに疑念を抱いたこと。秘跡の構造をおよそ理解できたが発動には至らないこと。
流石に幻覚症状を治したいのが始まりだったことまでは言わなかったが。
私が話し終わる頃にはアレクシスから剣呑な雰囲気が消え、冷え込みが徐々に弱まっていった。
アレクシスはこめかみを抑え、大きく溜息を吐く。
「マリア、還俗したいならくれぐれも、くれぐれも大人しくしていてくれ。成果は出ていないことだし、僕は見なかったことにする」
アレクシスが私の両肩に手を置き、くれぐれも、の部分を強調して忠告した。
お説教を覚悟していて身構えていたので拍子抜けしたが、藪をつついて蛇を出すつもりはないので何も言わずに頷いた。
「……しばらく読ませてもらうぞ」
「え、えぇ」
アレクシスは資料に目線を落とし、集中して読み込み始めた。
真剣な眼差しに、不意に子供の頃を思い出した。
私が庭で本を読んでいると、垣根をくぐって遊びに来たアレクシスは私の隣に座って話しかけるでもなくただじっと私の顔を見つめていた。
もっとも、アレクシスの視線を意に介さず本に没頭していた私も私だが。
何度かアレクシスに飽きないのか、と聞いたことがある。彼はいや、とだけ答えた。
「顔が近いと思うんですが!」
「…………」
ガブリエラが私とアレクシスの間に割って入ってきた。
水を差された私は無言でガブリエラを掴んで後ろに向かって放り投げると、小人は美しい放物線を描いて落下していった。
「なぁマリア」
顎に手を当てて何やら考え込んでいたアレクシスが顔を上げる。
「仮に術式を解明できたとして、現段階で秘跡を使えない者が使えるようになる可能性はどれくらいある?」
アレクシスの問いに、私の口角が自然と上がる。
彼は今、教会の神秘を暴く冒涜と秘跡を使える聖職者が増える利を天秤にかけている。
敬虔な女神の信徒であっても、決して盲目ではない。
「今のところは何とも言えないわね。少しでも火、水、風属性の適性があるなら可能性はあるけど、全く素質のない人間だと難しいと思うわ」
「そうか……」
アレクシスの声が僅かに沈んだ。落ち込ませてしまったが、期待を持たせる方が酷だ。
「ちなみにこれを手土産にすればすぐにでも司祭にもなれるんだが、どうする」
女神を祀り、その代理人である聖女を崇める聖フィリア教は女性の司祭や司教も少なくない。司祭となれば私の社会的地位は確約される。私が本気で望めば、アレクシスは教会内の権力者にかけあってくれるだろう。
でも、私の答えは決まっている。
「冗談はやめてちょうだい」
「まぁ、言ってみただけだ。忘れてくれ」
「いやいや司祭! そこはもっと食い下がりなさい!」
後ろの長椅子からひょっこり顔を出すガブリエラ。復活早いな。
「進展があれば教えてほしい。何か措置を考える」
「分かったわ」
私が了解すると、アレクシスはあくびを一つして頭をぐらつかせる。
「すまない、少し寝る……。鐘が鳴ったら起こしてくれ……」
そのまま私の肩にもたれたアレクシスの目元をよく見るとうっすらと隈が滲んでいる。
思えばアレクシスは総本山から視察という名目で南へ派遣され、戻ったと思えばまた南へ逆戻り。
奇跡の調査にやって来たはずが食中毒事件を並行して調べることになりジェイド司教にこき使われ、ラピス大司教一派と調査機関のメンバー、南の修道院の人間との間で板挟みに合うなど散々な目にあっている。
少しは苦労人の幼馴染を労わるべきだろうと、私はアレクシスの頭を自分の膝の上に乗せた。
柔らかな銀髪をさらりと掬うと、アレクシスが不機嫌そうに身を捩る。
「おい、ぼくは、こどもじゃ、ないんだぞ……」
アレクシスの眠たげな声に苦笑する。
一定のリズムで肩を叩いてやると、アレクシスの瞼がゆっくり閉じていく。
すぐに規則正しい寝息が聞こえ、穏やかな寝顔を浮かべているアレクシスからは無表情ゆえの近寄りがたい印象はなりを潜めている。
──今はただひととき、彼に安らぎを。
「いいいいいけません聖女様! 今すぐその男から離れてくださ……」
「はぁ、ムラがあるのも考えものね……」
私の胸に宿る温かさ、淡く光る手のひら。
光は私の手からアレクシスに触れている部分から全身に広がって包んでいく。
秘跡の謎は深まるばかりで、私は小さく嘆息する。
柔らかな光の中で、アレクシスが笑った気がした。
総本山を王都から移動させて適宜修正を入れたのですが、まだ直ってない箇所見つけたら教えてください。




