15.食中毒事件の取り調べ①
「よし、シスター・マリア。お前もう出てっていいぞ」
「……失礼致します」
集会室を後にし、扉を閉めた瞬間私は笑顔の仮面を外した。
食中毒があった日の調理担当者が一人ずつ呼び出されることとなり、毒の可能性は伏せられ、あくまで食中毒として取り調べを受けた。一人ずつ聞いているのは、口裏合わせを防ぐためだろう。
「随分高圧的な男でしたね」
最後にジェイド司教がした手で追い払う仕草と私を鼻で笑うような表情を思い出し、ガブリエラに心の中で激しく同意する。
集会室に待ち構えていたジェイド司教は常に片眼鏡を光らせ、翡翠色の鋭い瞳で私を睨みつけていた。
私は厨房の中に一歩も足を踏み入れてなかったからあっさりと帰されたが、ジェイド司教のこちらを威圧する態度は聞き取りというより尋問を受けている気分だった。
本当にラピス大司教の隣に寄り添っていた男と同一人物なのか?
ジェイド司教の後ろに控えていたアレクシスは少し疲れた顔をしており、ジェイド司教が後輩を顎で使われていることを察した。
「シ、シスター・マリア。もうお済みですか?」
集会室の扉の横に立っていたシスター・コレットに遠慮がちに声を掛けられる。
どうやら私の次の聞き取りはシスター・コレットのようだ。
「私はどなたを呼びに行けばいいのかしら」
「き、聞き取りは私で最後みたいです」
「そう、だったらここで待ってるわ。薬草畑のことで少し相談があるの」
修道院で食中毒事件が起こり、今まで見向きもされなかった薬草の有用性が見直され始めている。この機会に種類を増やしたいと話していたのだ。
「わ、分かりました」
集会室に入ろうとするシスター・コレットに司教の人となりを伝えるべきか迷ったが、あのタイプは扉越しでも聞いているに違いないという理由で伏せることにした。
扉の横に立ち、シスター・コレットの聞き取りが終わるのを待つ。
待っている間の問題は集会室を含めた周辺の部屋は位の高い聖職者しか使わないため、すれ違う聖職者に頭を下げ続けなければならないことくらいだ。
決して頭を下げること自体が苦な訳ではない。私が頭を下げる度に「聖女様が下位の者に頭を下げる必要はありません!」と騒ぐガブリエラが問題なのだ。
「シスター・マリア!」
幻聴にうんざりしていると、廊下の少し離れたところから声を掛けられる。
「シスター・カトリーヌ? ご、ごきげんよう」
まさかこんなところでシスター・カトリーヌと出会うとは。
もっとも、次期聖女候補として上級聖職者並みの待遇を受けている彼女がこの辺りを歩いていることは何らおかしなことではない。むしろイレギュラーは私の方だ。
適当にすれ違ってやり過ごそうとする私に対して、シスター・カトリーヌはなぜか嬉しそうに寄って来る。
ああ、そんなに急ぐと……。
「きゃっ」
「カトリーヌ!」
早足気味のシスター・カトリーヌが足をもつれさせ、私の目の前で転んだ。
しかも顔面から。
「この娘、今何もないところで転びませんでしたか?」
ガブリエラが不思議そうにシスター・カトリーヌを見下ろす。
私の目にも何もない場所で転んだように映ったが、悠長なことを言っている場合ではない。
私はすぐシスター・カトリーヌの前で膝をつき、怪我の有無を確認する。
「怪我は!? 転ぶときは手をつきなさいな!」
「す、すみません……」
シスター・カトリーヌの顔は幸いにも鼻が赤くなった程度で、顔面を強かにぶつけたにしては軽症だった。
たまたま廊下には誰もいなかったからいいものの、涙目で赤くなった鼻を抑えている姿には聖女サマとしての威厳が欠片も見られない。
私が手を貸してシスター・カトリーヌを立ち上がらせたちょうどそのとき、調査団の人間と思しき修道女が廊下の角から現れて集会室の中に入った。
いやぁ、流石聖女サマ。本当に女神サマに愛されていらっしゃる。
「シスター・マリアはどうしてこちらに?」
「先日の食中毒の件で聞き取りがありましたの。今は中にいるシスター・コレットを待っているところですわ」
食中毒、と聞いたシスター・カトリーヌが眉を顰めた。何か言いたげに私を見つめた後、意を決したように口を開いた。
「あ、あの! シスター・マリアはあのとき、私の側にいてくださいましたよね」
あのとき、とは言うまでもなく礼拝堂での出来事だろう。
「礼拝堂のあの光……。皆さんは私が聖女で、奇跡を起こしたとおっしゃっているのですが、思い出せるのは倒れた私の手を貴女が握ってくださったところまでで……」
シスター・カトリーヌが不安そうに胸の前で手を組んだ。
確かにシスター・カトリーヌからすれば意識を失っている間に自分が奇跡を起こしたことになっていたのだ。憂うのも無理はない。
しかしシスター・カトリーヌに弱気になってもらうのは困る。
次期聖女サマにはもっと毅然とした態度でいてもらわないと。
「シスター・カトリーヌ」
私は組んでいるシスター・カトリーヌの手の上に自分の手を重ねる。
「あの場にいた私にもあの光景は筆舌に尽くしがたく、上手く説明できません。ただ、これだけは言えます。女神サマに貴女の祈りが届いたのですわ」
私がいつも以上に猫を被ってニコリと微笑むと、シスター・カトリーヌは少しだけほっとした顔をした。
「な、なんて白々しい……!」
ガブリエラが顔を引きつらせているが、私自身、とにかく無我夢中だったことしか覚えていないのだ。
「ありがとうございます、シスター・マリア。実はこの後……」
シスター・カトリーヌの声を遮るように、突然集会室の中から大きな物音と怒号が響いた。
「な、何事ですかぁ!?」
驚いたガブリエラが飛び上がり、私の後ろにサッと隠れる。
粛然たる修道院で声を荒げるなど、状況は穏やかではない。
「あの、どうかなさいましたか!?」
カトリーヌが集会室の扉を叩くが、向こうからはこちらの声が届かなかったようで、扉越しに怒鳴り声や制止する声が聞こえている。
私が様子を伺っていると、シスター・カトリーヌが躊躇なくドアノブを捻る。
「ちょっと、シスター・カトリーヌ!?」
「失礼致します!」
鍵は掛けられておらず、扉はあっさりと開かれる。
開放された扉の先に見えたものは、恐喝めいた尋問をしているジェイド司教と俯いて震えているシスター・コレット、二人の間に割って入るアレクシスだった。




