14.食中毒事件の見解
私は溜息を吐いてこめかみを揉む。
つまりこの幻覚は昨日の事件が食中毒ではなく、誰かが故意に毒を入れたと言いたいのか。
「治ったと思ったけど、まだ熱下がってないのかも……」
「その反応! さては私の話を信じていらっしゃいませんね!?」
「いや、どこに信じる要素があるっていうのよ……」
現に厨房の中では、調査団が食中毒の原因を探っている真っ最中なのだ。
熱のせいで妄想を伴う強い幻覚を見ているに違いない。
「……僕は慣れているから気にしないが、ここでは独り言は控えた方がいいぞ」
背後から突然声を掛けられて、私は反射的にびくりと肩を震わせた。
後ろを振り向くと、野菜を中に運び終えたアレクシスが戻って来ていた。
「いつものことみたいに言わないでちょうだいな」
ガブリエラとの会話もとい一人押し問答を見られて内心ではかなり焦っているが、ここで下手に言い繕えば余計に不審がられる。
「昔はよく紙とペンを片手に何かしら呟いていたじゃないか」
「うっ」
私はぐっと言葉に詰まった。確かに頭の中を整理するためにプロセスを口にしながらペンを走らせている自覚はある。
「確かに、秘跡の研究でもずっと一人でぶつぶつ言ってらっしゃいましたね~」
私の横でうんうんと頷いている元凶は後で締める。
「そ、それで、厨房で何か分かった?」
「…………」
咳払いして苦し紛れに話題を変えた。我ながら強引だと思ったが、私の問いにアレクシスが僅かに表情を曇らせた。
「……ただの食中毒ではないかもしれない」
「どういうこと?」
「潜伏期間が短すぎる」
「あ」
私は目を見開いた。盲点というほどではないが、少し考えれば分かることだった。
パイを食べた人間は口にしてすぐに症状が出始めた。食中毒ならば発症まで早くても食後数十分から一時間程度といったところだろう。
食中毒の中には潜伏期間の短いものもあるが、パイの原料からして考えにくい。
──本当に、昨日の食事に毒を盛った人間がいる?
「ね、本当だったでしょう?」
視界の端で、ガブリエラが偉そうにふんぞり返っている。
いやいや威張ってる場合か!
それが事実なら修道院中が大混乱になるほどの事件だ。
「まだ確証が得られた訳じゃない。くれぐれも他言無用で頼む」
「え、ええ。でも毒なんて、一体誰が何のために……」
毒を盛った人物にとって、礼拝堂での大規模な秘跡の発動や、予定を前倒ししてやって来た調査団の存在は想定外であるはずだ。
予断を許さない状況だったとはいえ、症状からして使われた毒は決して致死性の高いものではなかった。よって毒殺が目的ではない。しかも対象は無差別。
そして調査団の目的は、礼拝堂に現れた御遣いによってシスター・カトリーヌが神託を受けたかどうか。
もしも私が秘跡で礼拝堂の中の人間を救えず、毒でシスター・カトリーヌが倒れたままだったら。
──果たして彼女は調査機関に神託を受けた聖女として認められるだろうか?
「ねぇアレク……。シスター・カトリーヌを聖女の座から引きずり下ろして得をする人間はいる?」
アレクシスが小さく息を飲んだ。彼の表情からは何も読み取れないが、私には分かる。肯定だ。
「いるのね」
「…………」
「聞いてみただけよ。深入りする気はないわ」
「……助かる」
その後、調査団の人間が厨房の中を調べ終えたためアレクシスと別れることとなった。
この調子なら使われた毒や入手経路、犯人の特定も時間の問題だろう。
「そんな、聖女候補を陥れるために毒を盛る人間が女神の信徒の中にいるなんて! 邪神に魂を売った異教徒が紛れ込み、女神の信徒の命を狙ったと言われた方がまだ納得できます!」
ガブリエラが信じられない、と言わんばかりにわなわなと震えている。
ガブリエラは容疑者の中に私の名前が挙がっていて驚いていたが、まさか外部犯の仕業だと思っていたとは。毒の混入が現実味を帯びてきた以上、昨日の調理担当者が真っ先に疑われるのは当然だというのに。
「ともあれ、調査団にはシスター・カトリーヌを聖女と認定して早々にお帰り願いたいものだわ」
「そこは自ら名乗り出てくださいよ聖女様!」
このとき、私の願いとは裏腹に調査団が長居することになるとは夢にも思わなかった。




