失ったキオク
プロローグ はかなき島のはかなき町
はかなき島のはかなき町、それが僕らの住まう島と町の名前。名前の由来はわからない。ただ一つだけ、わかっていることは本州からかなり離れた場所にある小島という事だけ。
それ以外は、何もわからない。なぜ、島の住民である僕が、それだけしかわからないかって?僕は元々、ここに住んでいたわけではないし、望んでここにいるわけでもない。気が付いたらこの島にいたのだ。だから言うのであれば、住民であって住民ではない、よくわからないポジションの中、僕はこの島で過ごしている。この島の住民の大半は、はかなき町で暮らしている。というより、暮らす場所は、はかなき町しかないのだ。簡単に説明するならば、はかなき島には、この田舎町と表現すればわかりやすい、はかなき町があるだけで、あとは、四方を囲う森があるだけの小さな島なのだ。ここまでの説明を聞けば、大抵の人間が住みたくない、という感想を口にするであろう。だけど、僕はこの町でしか生きていくことができない。まあその理由は、いずれ話すとしよう。
ーこれは、そんな退屈な小島の小さな町での物語。
エピソード 一 たどり着いたのは
僕の名前は葵 奏汰、一七歳になったばかりの高校二年生。
それ以外は何も覚えていない。僕はある日、突然記憶を失って、はかなき島にたどり着いた、というよりは、気がついたら、はかなき島にいた、という表現が一番正しいだろう。例えるのなら異世界転生だ。けれども、このはかなき島には、モンスターは無論、華麗に剣を操る剣士、素手での戦闘を得意とする武闘家、魔法を得意とする呪術師、癒し系ケモ耳少女、胸踊る大冒険、などというRPG要素は勿論ない。学校に通い、退屈な授業を受けて、家に帰って寝る、そんな平凡な日常を繰り返すだけの刺激のないごく普通の異世界であって、そうではない言うなれば普通の島なのだ。
そんな退屈な島に暮らす僕は、学校の授業を終え、家路を急いでいた。
町のメインストリートを道なりに真っ直ぐ進むにつれて、賑やかな人々の話し声から、聞こえてくるのは虫の鳴き声へと変化していく。それに加え道を照らす街灯も減っていき、民家の数や、人通りも徐々に減っていく。そんな人里から少し離れた海沿いの道の側に、僕の家は存在する。
長い帰宅路を歩きぬき、家にたどり着いた僕の目に映ったのは、海岸で一人、空を見上げる少女だった。その表情は、どこか悲しげで、どこか懐かしく、とても、とても美しかった。
「時雨?」
気がついたら、僕はその少女の名前を呟いていた。
彼女は振り返り呟いた。
「誰・・・ですか?」
この瞬間から僕、いや、僕らの物語の歯車が動き出した。
ーはかなき島は記憶を失った者が辿り着く島。
僕を含めこの島にいる人々は皆、過去の記憶の殆どを失っている。
なのに
なのに、なぜ僕は彼女の事を覚えているのだろうか。彼女は、そう僕の幼馴染である、春原 時雨 まさしくその人なのだ。
「おい、時雨! 俺だよ、奏汰だよ。」
彼女は不思議そうに僕を見つめる。
「ごめんなさい。私、何も覚えてないの。」
僕は、言葉を失った。なぜ、僕は彼女の事を覚えているのに、彼女は僕の事を覚えていないんだ。これほどにも辛く苦しく、心が締め付けられるように痛いのに、なぜだろうか嬉しい、彼女が僕の事を覚えていなくても、彼女とこうして話せているだけで、僕は・・・
「あなた、どうして泣いているの?」
ー気がついたら、僕は泣いていた。
ーどうして、なんで 涙が溢れて止まらない。
「私、何か悪い事した?」
困り顔をした時雨が僕に問いかける。
時雨、会いたかった。
僕は声にならない声で、返答にもなっていない言葉を呟いた。時雨は、僕を抱き締める。とても温かく、力強く、そして何処と無く懐かしい香りが弾ける。
「私も、あなたに会えて嬉しいよ。」
時雨の声が耳の奥まで、心地よくこだまするのを感じながら、僕はそのまま眠りについてしまった。




