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建と築 ラノベ版   作者: gima
日常編
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52/149

建と築 ラノベ版 築52日

我々は自由なのだ


ゲーデンスケッテ・ベルリナー・マウアー


建「ゲーデンスケッテベルリナーマウアー」


建「我々は自由なのだ」


建「もはや壁などない」


切妻「」


ヒバ「」


つかさ「」


築「」


築「続きを」


建「それは突然現れた」


建「1961年夏」


建「1949年」


建「東西ドイツ誕生」


建「東西間の国境は」


建「閉鎖されたが」


建「唯一ベルリンだけは」


建「往来が自由だった」


建「しかし相次ぐ西側への

人口流出が

東ドイツに深刻な

影響を及ぼしたことから」


建「1961年8月13日に

突然東ドイツが

東西ベルリン間の通行を

全て遮断し

西ベルリンの周囲を

全て有刺鉄線で隔離して

後にコンクリートの壁を作った」


建「西ベルリンを

東ドイツから隔離して

西ベルリンを封鎖する壁

であったが

実質的には

東ドイツを外界から

遮断し自国の体制を

守る壁であったのが

「ベルリンの壁」」


建「このベルリンの壁は

ドイツ分断の象徴であり

かつ東西冷戦の象徴でもあった

そして1989年秋の東欧革命に

伴う東ドイツ国内の混乱の中

同年11月9日に

東ドイツ政府の不用意な発表から

その日の夜に壁の前に

多くの東ベルリン市民が

押しかけて国境検問所の

ゲートが開き

数万人の市民が西ベルリンに入った

これを「ベルリンの壁崩壊」と呼ぶ」


切妻「」


ヒバ「」


つかさ「」


寄棟「」


築「」


築「悲しい話」


建「」


建「そうだね」


建「悲しい話だ」


建「」


建「好きな人が」


建「壁の向こうにいる」


建「」


建「向こうにいるのだけは」


建「知っている」


築「」


建「」


切妻「」


ヒバ「」


つかさ「」


寄棟「」


「ベルリンの壁を含む


全ての国境検問所から


出国が認められる」


「それはいつですか」


「即刻です」


我々は自由なのだ


君も


自由なのだ


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