バカと巫装は使いよう
木々が茂る中を、六人の男女が駆け回っている。
「クラウス! そっちに追い込んだよ!」
「まかせてくれたまえ!」
ザッと葉の擦れる音と同時に、草むらから異形の狼が飛び出してきた。
真っ黒に変色した体毛が触手のようにうねり、周囲の枝々を散り飛ばしていくそれは、動物が魔力によって凶暴化した姿――魔獣。
それを、クラウスの双対の剣が見事に斬り伏せた。
「次もそっち行くよ!」
「どんどん寄せてくれ! まだ手が空いてるんだ!」
もう一匹、さらにもう一匹と、殲滅担当をクラウスとして次々に魔物が倒されていく。
そして、別の場所では。
「おらぁお前ら! このガナク様に続け! 見敵必殺! 皆殺しだ!」
作戦など度返しにして、各々が敵を蹴散らしていく。
本日は大演習場を使っての訓練。
この演習で編成されているのはどのチームも六人。
1組から3組までクラスを跨いでの部隊となるが、マッチングはクラス内ではランダムであるため、戦闘力の高い生徒が集まれば各個撃破が望ましい場合もあるのだ。
ガナクをリーダーとするこの部隊は、単に作戦を考えていないだけであるが。
「リジュル! さっき魔獣が!」
「気にするなユミス! 俺たちが目指すのは大型魔獣だけだ!」
さらに別のところでは、リジュルとユミスという強力タッグを味方につけたチームがひたすら森の中を走っていた。
しかし、二人が突出して強くすぎ、リーダーであるリジュルがほとんどワンマンで行動しているため、チームとして結束力はないに等しく効率も非常に悪かった。
この演習では、魔獣を倒した後に獲得できる魔結晶――動物を魔物として暴走させている因子となるもの――をより多く集めることで成績が付けられるのだが、リジュルが自分の強さを誇示したいがあまりに大型魔獣だけを追っているせいで、現在の総量はほぼゼロである。
大型魔獣を倒せばたしかに大きな魔結晶を手に入れることはできるが、この大型魔獣というのは本来、プロの巫装士が数人がかりで倒すべきもので、演習の間は“魔結晶集めの過程で遭遇したら逃げなければならない相手”として位置づけられている。
リジュルが大型魔獣を倒せるかと問われれば、それ自体は可能である。
巫装士の強さが巫装士になってから向上することはあまりなく、戦士としての経験や巫装の使い方を熟成させることで戦場に対しての力が身につくだけなので、巫力の大きさや巫装の性能はすぐに頭打ちする者が多い。
地力ではもはやリジュルは上級巫装士と同等の強さを持っていると言っていいだろう。
だが、倒すまでの時間と怪我を負うリスクを考えれば、それは力の誇示以外に得るもののない無駄な選択であった。
三者三様の働きを見せる中、ディーヴアルトのチームはと言えば。
「ふーむ。まあ、こんなものか」
歩いていた。
大量の魔結晶を抱えて。
「す、すごい……」
一組のエミーを含め、五人全員がディーヴアルトの魔獣捌きに感嘆していた。
なによりすごいのは、魔獣を察知する能力の的確さだ。
他のチームは血眼になって魔獣を探し回っているというのに、ディーヴアルトは「ここらへんか」の感覚で魔獣を発見してしまうのだ。
ディーヴアルトのチームは、はっきり言って弱い。
それこそディーヴアルトオンリーの戦力で、他はクラスの底辺が寄せ集められたような集団だ。
とはいえ、この魔結晶はすべてディーヴアルトが手に入れたわけではない。
現在このチームは、ディーヴアルトによるスパルタ特訓中なのだ。
「さて。そろそろお前だ」
「ま、マジかよ。俺まだ自信ねえよ」
トンガリ頭のフライデンが腰を引いて嘆く。
「他のやつらもやったことだ。いいから巫装を出せ」
ディーヴアルトは決して怒らない。
表情を変えることすらほとんどない。
その不気味な威圧感が、なんとも言えず怖いのだ。
「わかったって」
フライデンは巫装を展開する。
「いでよ! 雷槍!」
雷と共に現れたフライデンの巫装。
演出だけはいっちょまえだが戦闘成績は芳しくないらしい。
その原因は言わずもがなフライデンのビビリ症である。
「お前のそのピカピカのせいで、魔獣が三匹ほどこっちに向かってきている」
「うえっ!? マジで!?」
「全部捌け」
「マジかよ! 無理だよ! マジ無理!」
「いいからやれ」
腰の引けてるフライデンの背中を蹴り飛ばすように前に出す。
背後では、既に教育された男女がこっそりとフライデンを見守っていた。
ディーヴアルトの言った通り、すぐに魔獣がやってきた。
まずは一匹。
尻尾を八股に変形させたヘビ型の魔獣だった。
その八本の尻尾を操り、高速でかつ自由自在な動きを見せる。
「ヤバイってヤバイって! マジでヤバイ!」
「いいから落ち着け。逃げるのは禁止だ」
ディーヴアルトが教えてきたこと。
それはたった一つ、見ることだった。
どれほど短期的な戦いであっても、情報を集めることは勝ち残るために必要なこと。
襲ってくる相手から逃げ回っているだけでは何もわからない。
怖がらずに相手を見て、動きの特性や癖を見抜くことが重要なのだ。
もちろん、棒立ちしてただやられてしまったら無駄死にである。
だが、彼らは仮にもクリーディア第一学園に入学してきた二年生、授業の成績は他の学校の生徒に比べれば遥かに良い。
相対的に底辺なだけであって、彼らにもあるのだ。
魔獣を倒せるだけの力は。
その証拠に、ディーヴアルトの殺気に破れかぶれになったフライデンは、襲ってくる魔獣を的確に槍で打ち返していた。
そして、数発の後に切っ先が急所を捉える。
「あっ。倒した」
その攻撃が当たったことは偶然だが、当たるように自然と体が動いたその事実は、フライデンの力を表していると言って良いだろう。
「ほら。次だ」
「お、おう」
それと、フライデンはビビリなので向かってくる魔獣すべてに及び腰になっているが、魔獣の攻撃が当たりそうなときは、本当にギリギリのところでディーヴアルトが倒してくれるのだ。
そういう安心感は、相手をきちんと観察する上では強い。
後は慣れの問題となる。
二匹目を相手に必死に攻防を繰り返しているフライデン。
そこに、ディーヴアルトの予言通り三匹目がやってきた。
同時に相手ができるわけがない、とパニックになるのが普段のフライデンだったが、今は違った。
最初と二匹目と、戦ってきたときの集中力が続いていたからだ。
不意に魔獣に襲われると、まずは恐怖が勝り、目を閉じ、逃げることしか考えなくなる。
だが、それが戦いに集中している最中であれば、まず飛び出してくる敵が冷静に観察できる。
具体的に言えば、攻防がゆっくり見えるようになるのだ。
槍の特徴を活かし、自分の軸と槍の軸を敵が攻撃してくるラインに合わせ、身を交わしながらカウンターを叩き込んでいく。
三体目を倒すまでには、それほど時間がかからなかった。
「おおおお! 倒したああ! マジか! マジやばかった! やべえ!」
フライデンは喜び勇み、周囲の生徒もそれを祝福する。
こうした流れを見ることも、ディーヴアルトの人間観察の一つだ。
教育による心情の変化。
人間の団結する姿。
そういったものを、逐一調べている。
学園を過ごしていて思うのだ。
魔族と人間の共存は可能なのかと。
危惧するのは人間と魔族のお互いへの理解の少なさと、魔族側の気性の荒さである。
ディーヴアルトが普段から無感情であり、それほど好戦的でないのは、その有り余る強さが原因であって、他の魔族はそうではないはずなのだ。
ところが、魔王の人間との共存宣言に反対する魔族は少なかった。
この事実をどう受け止めればよいのか。
人間界の調査と同時に、魔界の調査も進めなければならないのかとディーヴアルトは考える。
「おい! ディート! 魔結晶取れたぜ! ほら!」
喜ぶ彼らは、次第に率先して魔獣を狩るようになった。
軍律というものは連帯力を高める。
こうして教育を構想に仲間意識を高めていくというのはありだ。
魔族も力の上下には敏感であるし、相手が人間であっても、その強さを見せつけられれば大人しくなる者も多い。
組み方次第では魔族の扱いもしやすくなるだろう。
そう思いながら、ディーヴアルトは五人の生徒たちに戦い方を教え続けた。
「お、おい。こいつはさすがにマズいんじゃねえのか」
ぐるるると低く唸る声が地面を這う。
ディーヴアルトは、ついには大型魔獣まで教育の道具にし始めた。
「ここからは、お前たちはチームだ。まず、俺が倒し方を見せる。大切なのは急所を見極めること。それを忘れるな」
ディーヴアルトの魔力感度をもってすれば、大型魔獣の巣を探すことなど容易い。
大型魔獣はその大きさ故に4足歩行が多いのが特徴で、とりわけ耐久力が高く、不注意に突っ込んだりすると実力者でもカウンターであっさりやられてしまうこともある。
そんな大型魔獣を、ディーヴアルトは事も無げに嬲った。
彼ら生徒たちに教えるために。
一組の生徒とはいえ、大型魔獣を軽く撚る様子は驚愕に値する。
あのクラウスたちですら苦戦するほどの相手だというのに。
上位の巫装士でもこう容易くはいかない。
だが同時に、彼らは気づいていた。
ディーヴアルトは戦い方を知っているのだと。
巫装の性能、発揮している巫力は他の生徒よりもむしろ少ないくらいだ。
それでもディーヴアルトが大型魔獣を相手にできるのは、相手の動きを読み、的確に弱点にダメージを与えているからに他ならない。
すなわち、同じだけの読みができれば、三組にいる彼らにも単騎で撃破が可能なのだ。
その再現が不可能なほどに困難なのだが。
「お前たちもわかっただろう。大型魔獣も、普通の魔獣とさして変わらない。重要なのは戦い方だ。当然、お前たちに同じことができるなどとは思ってはいない。だからこそのチームだ。フェイントの代わりに囮を、カウンターの代わりに攻撃部隊の用意を、そして防御のために控えを。お前たちがそれぞれ一つの役割に特化して行う」
そうしてディーヴアルトが次の獲物を探していると、激しい打撃音と叫び声が聞こえてきた。
「どうやら先客がいるようだな」
ディーヴアルトは迷わずそちらへ向かった。
するとそこには、見覚えのある顔が二人。
「ディート! ちょうどよかった! 加勢して!」
そこにいたのは、ユミスとリジュル。
そして、今までの比にならないほど凶悪に変質した、大型の魔獣だった。