未知の能力
クリーディア第一学園は、教育義務のある初等部の六年をトップ近い成績で卒業した者だけが高等部への入学を許可される、テザリア公国において最も名誉のある巫装士養成所である。
それなりの家柄でそれなりの品位を教え込まれてきたはずの彼らだったが、学園でも最も優れた生徒の集まる1組が今日は騒がしかった。
「こんな時期だが、今日からこの2年1組に編入することになった学生が二人いる。仲良くやるように」
彼らがざわいついていたのは、編入生の一人があまりにも美形の青年であったからだ。
「ディートだ。よろしく頼む」
挨拶はそれだけ。
神秘的な雰囲気が漂う背の高い美男子が、教室中の視線を集める。
女子からは熱い視線を、男子からは冷たい視線を、当人はどちらも意に介していない様子で、それがまた両者の想いをかき乱していく。
もちろん、彼が魔界の第3王子ディーヴアルトであることは教員を含めて誰も知らない。
ちなみに隣で憮然としている少女、いや幼女と称しても差し支えない小柄な女の子が、もう一人の編入生ミリアである。
彼女も魔界からの編入生で、ミリアという名前は人間界でもそう珍しい名前ではないので魔族の頃のままとなっている。
女性別である彼女には元々王位継承権はなかったのだが、兄弟全員を半殺しにして力を示すことでその権利が認められた。
何より恐ろしいのは、それほどの暴虐をしてもやんちゃで許されてしまう愛嬌の良さである。
そんなミリアが先に挨拶したときにはみんなが温かい目を向けてくれたというのに、一瞬でそれを全てディーヴアルトに奪われてしまって今に至る。
これにはとてもご立腹である。
「もう。帰ろうかしら」
嫌なことがあるとすぐに不貞腐れるのがミリアの欠点である。
「帰っていいぞ」
「うるさいです死んでください」
かくしてディーヴアルトの人間生活が始まった。
先述したような編入を迎えるとどうなるか。
そう、やっかむ人間が絡んでくる。
とはいえ頭の先端を尖らせたガラの悪いアニキたちがいるわけではない。
彼らの性格を捻じ曲げるもの。
それは高いプライドからくる不快感だ。
小さい頃から積み重ねてきた努力が否定されたように思えることを嫌悪する。
ここが下位の学校であれば問題はなかった。
編入の理由はネガティブな物が多いからだ。
だがこのクリーディア第一学園一組は、誰もが一歩一歩地に足をつけて登ってきた場所。
よしんば特別な事情があったにしろ、一学年を飛び越えてポッと生徒が入ってきたとなってはその皮を剥がずにはいられない。
「ディートくんよ。次の時間、巫装演習だろ? 是非手合わせをお願いしたいんだが」
典型的なつっかかりを見せてきたのは一組でも武闘派として有名なガナクだった。
魔族が自在に扱える魔力量が増えると身体能力が増すのと同じで、人間も巫装を鍛えることで身体能力の向上が図れるのだが、ガナクは巫装の訓練より筋力トレーニングの時間に比重をおいているほどの肉体主義者である。
ディーヴアルトはガナクの背後で目を燦々とさせている女子生徒たちを眺めながら、しばらく考える。
まだここにいる生徒たちの実力がわからない今、いきなり手合わせとなるとやりすぎる可能性があるのだ。
人間の強さの秘訣、巫装を学ぶには学校に通うのが一番で、しかし初日から問題を起こしたとなるとそれも危うくなる。
「ミリア」
「嫌よ」
ガナクに答える代わりにもう一人の魔族であるミリアに声をかけたのだが、ミリアは即座に断ってキャピキャピお姉様集団の中へ溶け込んでしまった。
あまりにキッパリした態度だったため、さすがのディーヴアルトも固まった。
魔族同士といえど争わなければならない相手はその魔族なのだ。
頼んだところで手伝ってくれるわけもない。
「残念だったな、色男くん」
ガナクはやたらと嬉しそうである。
「まあまあ。ガナクもそう殺気立てるなって。彼が何かしたわけじゃないだろ」
結局ディーヴアルトはなにもしないまま、割って入ってきたのは貴公子風の男子生徒だった。
柔和な笑顔を振りまく、ディーヴアルトに劣らぬほどの美男子である。
「僕はクラウス。一緒に学ぶ仲間が増えて嬉しいよ」
クラウスに手を差し出され、ディーヴアルトは素直に握手を交わす。
クラウスが仲裁には、その二回りも大柄なガナクも大人しく下がった。
明確な力の格差がそこにはあるようだ。
「ああ。よろしく」
初日から馴れ馴れしい二人に困惑しつつもディーヴアルトは端的に挨拶をした。
ちなみに、魔界では出会い頭に初対面の相手と殴り合うなんてことはよくある。
それから友情を深めたり相手を支配したりする者が多くいるのだ。
だから、ガナクの申し出そのものに戸惑ったわけではない。
単に任務を全うするため、どう動くべきか迷っただけである。
ディーヴアルトにとっては、ガナクとクラウス、そしてクラウスと自らがやり取りしたような気持ちの探り合いから始まる方がやりにくかった。
巫装演習はクラウスと一緒に行うことになった。
このクラスにいる生徒は全員が巫装を使いこなせることが前提となっている。
「僕の巫装はこれ。全世の聖剣だ」
クラウスはまず自らの巫装を披露する。
黄金の長剣、それが左右に一つずつ。
二対同形だが模様の異なる煌びやかな剣だった。
「さあ、君の巫装を見せてくれ。できるんだろ」
それに応じてディーヴアルトも巫装を展開する。
禍々しい形をした黒色の長刀。
ハルトは目を細めてディーヴアルトの巫装を一瞥すると、似合っているよと呟いた。
嫌味のようでそうでないニュアンスを含んでいたように感じ、ディーヴアルトは深く考えるのをやめる。
「名前はなんて言うんだい」
当然のように名前を尋ねられ、ディーヴアルトは思案する。
つい数日前に作れと言われたばかりのこの長剣に名前などつけておらず、今この場で考えなくてはならない。
「アリーヤ」
ディーヴアルトは今まで聞いたことのある名前の中で口触りの良いものを選んだ。
「見た目の割に繊細な名前なんだな」
「お前は見た目通りの傲慢さだな」
「それはどうも」
クラウスは楽し気に笑った。
「いいか! 今日の演習内容は基礎動作訓練だ!」
実技担当のバラハッドが声を張り上げる。
彼はテザリア巫装士兵団の元副団長であり、その過去を物語る傷跡と隆々とした筋肉が厳つい大柄な男だ。
バラハッドはミリアとディーヴアルトの編入試験に立ち会った教員の一人であり、二人の実力の高さはすでに知っている。
「“巫技”の力に頼ってばかりでは上に行くことはできん。高みに立つには土台をしっかりと作らねばならない。巫装を扱いこなしてこその巫装士だ。わかっているな」
は? と心中で放心するディーヴアルトとミリア。
人間界のほとんどを勉強してきたはずの二人に突き付けられた巫技という全く新しい単語に、瞬きが多くなる。
「君、まさか巫技を知らないのかい?」
ディーヴアルトの異変をつぶさに察知したクラウスが問いかける。
素直に答えるべきか。
巫装と巫技がもともとセットであったならば、魔界で勉強しているときに間違いなく学習しているはずであるし、編入時にもそんな言葉は一度も出てこなかった。
つまり、必須能力ではないということだ。
すでに在籍していたクラスメイトは全員が使えるようだが。
おそらくはこの一年ほどの間に編み出された人間の新技術なのだろう。
もしそれが魔界にとって脅威になりえるのであれば、別途報告しなければならない。
「初耳だ。どうすれば扱えるものだ」
ディーヴアルトが問うと、クラウスはそれに答えることなく自らの想いを吐いた。
「そうか。巫技抜きでこの学園の一組に編入できる実力者ということなんだね。ますます楽しみになってきたよ」
この授業ではそれぞれの巫装に適した基本動作が指南され、生徒たちはその動きを学びながら実戦に応用する訓練を行う。
クラウスもディーヴアルトの質問に真面目にとりあうつもりはないらしく、残念ながら巫技とやらをお目にかかる機会はなさそうだ。
ミリアの巫装はナックルで、同種の巫装を持つ生徒たちに囲まれながら和気あいあいとやっている。
人間に溶け込むという点では叶いそうにないな、と思いながらバラハッドから人間の剣術について学ぶディーヴアルトだった。
そして、実戦。
「毎度言っているが、この実戦は競うものではない! 怪我をさせるななどと生温いことを言うつもりはないが、加減というものを考えろよ!」
バラハッドのその言葉を皮切りに、演習場には武器が交わる音が響き始めた。
「僕らも始めようか」
クラウスはカルティカントを構え、足に力を蓄える。
「全力でいっても構わないかい?」
「教員の話を聞いてたのか」
「これでも人を見る目はある方なんでね」
先ほどから強引なクラウスに大きなため息をつきながらも、その鑑識眼に感心したディーヴアルトはアリーヤを腰から下げるように構えた。
「なんなら巫技とやらを使ってくれてもいいんだが」
「その言葉、イエスと受け取った!」
クラウスは足に溜めた力を爆発させ、一気に距離を詰めてきた。
双方の剣を真っすぐに、しかし超高速で振り下ろしてきたクラウスの一撃は、並みの魔族ではまず反応すらできない一撃必殺の剣技。
それを受け止めたディーヴアルトの腕に、確かな重さが乗る。
ディーヴアルトは目を見張った。
まさか力を込めなければ受け止められないほどの力を人間が持っていたとは。
これが、巫装の威力。
ディーヴアルトは初めて体験する人間の戦闘力に、微かな高揚を覚えた。
「片手で平然と受け止めるんだね」
平静を装うクラウスの額に流れる一筋の汗。
クラウスは自分の中のディーヴアルトをかなり高く評価していたつもりだったはずだ。
ショックを隠しきれていない。
それを見てディーヴアルトも別の焦燥感にかられていた。
おそらくクラウスは一組の中でも屈指の実力者であるはず。
軽々しく超えていい指標ではないのだ。
ディーヴアルトは続くクラウスの連撃を受けた後、アリーヤを折った。
折れるように魔力を調整して受けきったのだ。
直後に両者の動きが止まり、クラウスの顔にも若干の余裕が戻る。
「驚異的な身体能力だが、巫装そのものの扱いはまだ甘いようだね」
得意げに語るクラウス。
ディーヴアルトはわざとらしく肩をすくめ、巫装を解除した。
「おいそこ!」
当然、こんな激しい戦闘をして見過ごされるわけがない。
二人はその後、授業が終わるまで説教をくらう羽目になった。