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第2章第5話 「宴と商売の基本」

 村をぐるっと回って一馬は猿彦と一緒にイサキとキヨの家へ戻った。

 そこではキヨが今晩の宴の準備をしていた。


「あら、お帰りなさい一馬さん」

「キヨさん、ただ今戻りました。猿彦も一緒なんですが、入らせてもらってもいいですか」

「あ、え、ええ。……もう大丈夫なのよね? その人」

「ああ、大丈夫です。ちゃんと改心したので。なあ猿彦」

「一馬の旦那のおっしゃる通りです。もうご迷惑はお掛けしやせんので」

「なら大丈夫よ、いらっしゃい」


 キヨはにっこり笑って二人を受け入れた。 

 やっぱりいい人だな、キヨさんって。

 一馬は村を回って気になったことをキヨに聞いてみることにした。


「キヨさん、ちょっと聞いてもいいですか?」

「ええ、何かしら?」

「村の人が作っている田んぼって、あの川のほとりだけですか?」

「そうだけど、どうして?」

「いや、ちょっと村の人の人数からすると少ないのかな、と思って」

「そうなのよね。何度も増やそうとしてはいるんだけど、どうしても水がねえ。だから水のある川辺でしか作れないの」


 一馬は桂村で農業をしていた源蔵に育てられ、その手伝いをしていたので少しは米作りのことも分かる。

 この村の人口の割には農地面積が少ないような気がしたのだが、作りたくても作れないと言ったところのようだ。

 その理由はどうやら水が引けないことらしい。

 ちゃんとあぜもあって水稲の稲作をしていることには感心したが、水路が上手く作れないのだろう。

 一馬は小学生の頃に見学に行った遺跡で、水路に使われた木の板が多く出土していたのを思い出した。

 ここでもし木の板があれば水路もうまく作れるのではないだろうか。

 やはり木の板を作るためののこぎりが必要だな。

 鋸を作れるとしたら、やはり鍛冶屋だろうか。


「キヨさん、この村に鍛冶屋さんはいますか?」

「鍛冶屋さんはもっと大きな町じゃなきゃいないわねえ。いたら便利なんだけど」

「この近くで鍛冶屋さんのいる町ってどこでしょう」


 すると、そのやり取りを聞いていた猿彦が一馬に話しかけた。


「旦那、鍛冶屋に御用で?」

「うん、ちょっと頼みたいことがあってね」

「さいですか。でしたら、鍛冶屋がいる町でここから一番近いのは飛鳥あすかの町ですね」

「そうね、飛鳥の町が近いわね」


 キヨもそれに同意する。


「飛鳥の町、ってここからどれぐらいかかりますか?」

「私は行ったことがないのだけれど……イサキの話では歩いて3日ほどだったかしら」

「そうですね、旦那の足では3、4日はかかると思った方がいいでしょう。旦那の歩きはゆっくりですからね」


 どうやら猿彦はこの村まで一馬のスピードに合わせてくれていたようだ。


「3日か、遠いですね!」

「そうかしら、でも飛鳥の町は古くは御剣武尊命みつるぎのたけるのみこと様が開いたというこの南之国で一番大きな町なのよ」

「そうですか、それは見てみたいものですね」


 ちょっと遠いけど鍛冶屋があるというなら鋸の為に行ってみるか。

 それに御剣武尊命の開いた町だというなら、その子孫の手がかりもつかめるかもしれない。

 そう考えて、一馬は飛鳥の町に行ってみることにした。

 それを見ていた猿彦が一馬に語りかける。


「旦那、飛鳥の町にお行きになるんですか?」

「うん、鍛冶屋さんがあるっていうし、大きな町なら見てみたいしね」

「さいですか。でしたらあっしからお願いがあるんですが」

「なんだい、猿彦」

「飛鳥の町まで道案内がてらあっしもお供させて頂けませんか?」

「いいけど、どうして?」

「お恥ずかしい話なんですが、実はあっし、飛鳥の町に女房がいますんで」

「長いこと会ってないの?」

「あっしが大耳の一味になったのが2年前、それからは仕送りはしてるんですが会ってねえんですよ」

「そうなのか」

「で、この度お陰様で足を洗わせて頂きましたので、旦那が飛鳥へ行かれるこの機会にご一緒させて頂ければ、と思いまして」

「そうか、そう言う事ならむしろ有り難い。道案内、よろしく頼むよ」

「ありがとうございます。せいぜい務めさせていただきます」

「良かったわね、猿彦さん」

「キヨさん、ありがとうごぜえます」

「でも一馬さんが飛鳥へ行ってしまうと寂しくなるわねえ」

「あ、もちろんまた戻ってきますよ」

「そう、ならいいけど」


 キヨが一馬に微笑んだ。

 やっぱりいい人だな、キヨさんは。



 その夜の宴は盛大なものになった。

 一馬からそれぞれ大金を受け取った店主たちは、文字通り村の皆に大盤振る舞いした。

 キヨさんたち店主の奥さん連中は食事の準備に接待にてんてこ舞いだ。

 村の中心の広場にかがり火をたき、飲めや歌えの大騒ぎ。

 村人たちはご機嫌で、太鼓の音に合わせて歌い、手を振って踊りまくる。


 かがり火の周りに置かれた丸太に腰かけてそれを見ている一馬もすっかり嬉しくなった。

 猿彦も踊りの輪に加わって盛り上がっている。

 店主たちは次々に酒を片手に一馬に礼を言いに来た。


「一馬さん、今日は本当にありがとう――」

「いえ、いいんですよ、こちらこそ良くしてもらって」

「とんでもねえ、さあ、飲んでくれ」

「あ、ちょっと俺、お酒はダメなんですよ」


 勧めてくれるのはありがたいけど、俺まだ高校1年生だし。

 こういう所でも妙に真面目な一馬だった。

 そうこうしていると、イサキがやってきた。

 少々酔っているようだ。


「一馬さん、飲んでるかい? ほんとにありがとうよっ!」

「イサキさん、俺はお酒はちょっと」

「そうなのか、珍しいな。しかし良かったのかい? あんなに貰っちまって」

「もともと皆さんのものですし、俺も充分頂きましたから」

「そう言ってもらえるとホッとするぜ。あれだけありゃあ当分食べるには困らねえな、あっはっは」


 一馬はちょっと不思議な気がした。


「イサキさんって、お店やってますよね」

「店って言ってもしがない露店だがな、それがどうしたい?」

「いや、あの金や銀で商売しないのかな、って」

「商売? そりゃあどういうことだ?」

「いや、あれを使って何かよそで仕入れた物を売って儲けるとか」

「ちょ、ちょっと、詳しく話してくれ」


 イサキはさっきまで酔っていたくせに、急に真顔になって一馬を問いただす。

 この辺はさすが商売人、と言ったところだろうか。


「えっと、イサキさんって普段何を売ってるの?」

「米とか、魚とか、麻布とか、果物なんかも売るな」

「それってどうやって手に入れてるの?」

「そりゃあ米作ってる奴と交換したり、麻作ってる奴と交換したり、果物や魚採ってきた奴と交換したりだな」

「基本この村の中で交換してる、ってことだよね」

「そりゃそうだ」

「この村で手に入らないものはみんなどうしてるの?」

「うーん、飛鳥の町に行って交換したりとか、かな」

「それってどんなもの?」

「そりゃあいろいろある。刃物や鉄の農具、ここでは作れねえ作物、薬草、牛や馬、身を飾る腕輪や耳飾りなんかもそうだ。あとは(かめ)だな。小せえ壺や皿なんかはこの村で焼けるが、でかい(かめ)なんざは飛鳥辺りに行かなきゃ手に入らねえ」

「そういう物をイサキさんが手に入れてきてここで売ればどう?」

「そりゃあみんな喜ぶな!」

「だよね。みんなが飛鳥に行く手間が省ける。その代わり、イサキさんは手に入れた時より多めの金や銀と交換してもらえたら」

「そんなことすりゃまた金や銀が増えちまうじゃねえか!」

「そう。その増えた分を利益、っていうんだ」

「リエキ、か」

「うん。その利益でイサキさんやキヨさんが生活していくと」

「いくとどうなるってんだい?」

「今ある金や銀は減らない。形は物に変わるけど、その価値はいつまでも手元に残る」

「そりゃあすげえな、おい! さっそく明日にでも飛鳥へ行くか」


 どうもイサキはせっかちな性分らしい。

 一馬はそれをなだめてさらに話を続けた。


「イサキさん、この村にある物で飛鳥の町で売れそうなものはない?」

「飛鳥の町で売れそうなもの?」

「うん、この村で作れるものやここで採れるもので、飛鳥の町の人が欲しがりそうな物」

「そうさなあ、この辺りじゃ竹林が多いから竹細工や、あと今なら山桃や川魚の干物とかかな」

「だったらただ飛鳥の町に物を手に入れるために行くだけじゃなくて、この村からそういう物を持って行って売ったら?」

「一馬さん残念だがな、飛鳥の町で店を開けるのは飛鳥の町に住んでるやつらだけなんだよ」

「店を開く必要はないよ。店を開いて自分で売ってたんじゃ時間が掛かりすぎるしね」

「じゃあどうするんでえ?」

「向こうで店を開いてる人に買ってもらうのさ。俺がイサキさんにハンカチを買ってもらおうとしたみたいにね」

「なるほど! それなら時間はかからねえな」

「うん。とにかく何も持たないで移動するのが一番損だよ。」

「何も持たねえで動くのが一番損、どこへ行くにも売り物を持って動く、か」

「そうそう。もしもう一つそういう場所があれば、そこも使って三か所を周るとよりいいよ」


 一馬は三角貿易の考え方を説明した。

 イサキはなかなか呑み込みが早く、およそのところは理解したようだ。


「こりゃあいいことを聞いた。あいつらにも早速聞かせてやろう」


 イサキは盛り上がっている露天商仲間のところへ行って説明している。

 こりゃ本物のせっかちだな。

 真剣に聞き入っている者も何人かはいるが、残りは酔っぱらって明日には覚えていないだろう。

 しばらくするとイサキが2人の露天の主人を連れて戻ってきた。


「一馬さん、こいつ等も飛鳥へ一緒に行くそうだ」

「そうなんだ。イサキさん、頑張ってね」

「で、ものは相談なんだが」

「なに?」

「キヨの奴に聞いたんだが一馬さん、猿彦と一緒に飛鳥へ行くんだって?」

「うん、明日にでも行こうかと思ってるんだ」

「頼む、俺たちも連れてってくれねえか」

「いいけどなんで?」

「いや、土蜘蛛いなくなったとはいえ道中物騒だし、仕入れた物や昨日もらった残りの金銀を持ってると思うと不安でな。あんたと一緒に行くことが出来れば心強いんだが」

「そうか、それぐらいはお安いご用ですよ。一緒に行きましょう」

「これはありがたい! 持っていくものをいろいろ用意しなきゃなんねえから出立は明日の昼ごろになっちまうがいいかい?」

「大丈夫ですよ。ではそれで行きましょう」

「恩に着るぜ、一馬さん。みんな、これで大船に乗ったようなもんだ! 安心して行けるぜ」

「おお、こりゃめでたい、こうなりゃ今日は飲まねえとな――」

「リエキをがっぽり稼ぐ前祝いだ! しこたま飲むぞ――」


 明日二日酔いで寝坊しなきゃいいけどな、と思う一馬だった。



 その日もイサキとキヨの家に泊めてもらった一馬は、翌朝早く目が覚めた。

 すでにイサキもキヨも起きていて、キヨは朝ごはんの準備をしている。

 猿彦もとっくに起きてそれを手伝っているようだ。

 イサキは二日酔いで痛むのか、頭を押さえながら呻いていた。

 朝ごはんを食べながら、一馬はキヨと話をする。


「一馬さん、なんかイサキに良いことを教えて頂いたみたいで、ほんとすいません」

「いえ、とんでもないです」

「キヨ、一馬さんはな、剣の腕が立つだけでなくて頭も切れるんだぞ――イテテテ」

「あんた、ほら水を飲みな。調子に乗って飲み過ぎるからだよ、まったく」

「だってよ、あんまりいいこと聞いちまったもんで嬉しくってよ」


 その会話を聞いていた猿彦が不思議そうな顔で口をはさむ。


「一馬の旦那、いい事って何を教えたんですかい?」

「いや、ちょっと商売のコツ、というか基本をね」

「すげえな旦那。商売のことまでわかるんですかい」

「そんなたいしたことじゃないよ」


 すると頭を押さえながらイサキが否定する。


「イテテ、とんでもねえ。金や銀を分けてもらった時も一発だったし、一馬さんは凄えお人だよ」

「まったくだ、一馬の旦那は大したお人でさあ」


 褒められすぎて恥ずかしくなった一馬は、キヨに別の話題を振った。


「キヨさん、ここで飲んでいる水ってどこにおいてますか?」

「水? 汲んできた水ならここに入れてますけど」


 キヨが立ち上がって案内した先は暗がりに置いてある瓶だ。

 素焼きの瓶に入っているし、暗がりに置いてあるからここで水が腐る可能性は少ないだろう。


「この水ってどこで汲んでいるんですか?」

「そりゃあ村の井戸で汲んでいるけど、なぜ?」

「このところ腹下しが流行って亡くなる人もいると聞きましたが」

「そうなのよ、私たちも気を付けなきゃって言ってるんだけど」

「実は、それを防げるかもしれない方法があるんです」

「そんなことできるの?」

「うーん、完全に、ではないですけど、これを守ってもらえばかなり減らせるんじゃないか、とは思います」

「それでも充分よ。どうすればいいの?」

「大きく分けて2つです。まず一つは飲み水です」

「飲み水、村の井戸の水がどうかしたの?」

「あれを瓶に入れる前に、必ず一度沸騰させてほしいんです」

「ふっとう?」

「そうです。水を火にくべるとしばらくしてグラグラと煮えて泡がでますよね?」

「ええ」

「飲むための水は必ず一度あの状態にして、それをあの瓶に入れて冷ましてから使って下さい」

「いいですけど、どうして?」

「説明すると難しいので割愛しますが、簡単に言うと水の中に腹を下す原因が隠れてて、熱を加えるとそれを壊すことが出来る、という事ですかね」

「一馬さん、なんでそんな事知っているの?」

「いや、まあそれはその。で、あとの一つは手洗いです」

「手洗い?」

「そうです。料理を作る前や厠へ行った後、必ずよく手を洗ってください」

「それぐらいなら出来ますけど、そんなことで本当に?」

「たぶん、としか言えませんがおそらくかなり腹下しになる可能性は減るんじゃないでしょうか」

「そう……良く分からないけど、一馬さんが言うなら信じるわ。今日からやってみるわね、ありがと」


 キヨは一馬に向かって微笑みながら頭を下げた。

 キヨさんって本当に素直でいい人だ。






これで第2章は終わりです。

次からは舞台が変わります。

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