第2章第4話 「土蜘蛛退治と大きな報酬」
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今回は初めてのボスキャラ、土蜘蛛との戦いが決着します。
さてどうなりますことやら。
一馬の剣が土蜘蛛の見えない糸に絡め取られ動けなくなった時、朱雀が話しかけてきた。
――思い出したぞ、かつても土蜘蛛とは戦こうたことがある
それで?
――うむ。その時も同じように糸を使いおった
どう対処したの?
――忘れたか、我の術を
あ、炎の剣か。あれで燃やせるのか?
――違いない
じゃあ頼むよ!
――では唱えよ
「炎の剣」
一馬がつぶやくと瞬く間に草薙の剣が炎をまとい、それまで見えなかった剣を縛っていた糸が焼き切れたのが見える。
同時に縛りが解け、一馬は燃える草薙の剣を手に土蜘蛛から距離を取った。
「その燃える剣はまさか……スザクか!」
「よく知ってるな」
「知らいでか、我が祖、垂耳を斬りしクサナギの剣。小僧、御剣の血を引く者か!」
「いや、そうじゃないんだけど」
「憎きスザクの眷属め、喰い殺してくれるわっ!」
土蜘蛛の大耳は怒り狂い、嚙み付こうと一馬に飛び掛かってきた。
一馬は燃え上がる剣を構え、冷静にそれを避けると同時に神無威の刃を振り下ろす。
草薙の剣は見事に土蜘蛛の刀を持つ右足を叩き切った。
「おのれ……スザク……垂耳の敵……」
右足を失ってなお土蜘蛛は弱りながらも闘志を失わず、一馬にじりじりと向かってくる。
一馬は正眼の構えで土蜘蛛を見据えたまま徐々に丹田に気を溜める。
ある程度気が溜まったところでそれを剣先に送る。
グワァァ!
土蜘蛛は異様な声と共に左足で持つ刀を振り上げて、一馬に向かって突っ込んでくる。
それに対し一馬は燃え盛る剣でその刀を払うや気迫を込めて真っ向から斬りつけた。
ズバッという手応えと共に土蜘蛛の大耳は頭から斬られ、同時に炎に包まれた。
「スザクめ……我ら地の神、決して汝らには屈せぬぞ……」
土蜘蛛はそう呻くと力尽き、燃えて崩れ落ちる。
燃え尽きた後には手のひら大の蜘蛛の死骸が残った。
この蜘蛛がこいつの正体だったのか
――そうじゃ、まさか奴が我と武尊命が斬った垂耳の末裔であったとは
なんか因縁だね
――土蜘蛛に限らずアマテラスに従わぬ国津神どもには人に害なす者が多いのじゃ
どうして?
――人を統べる皇龍はアマテラスの血を引き、保護されて国を広げておる。国津神どもはそれにより住処を追われておる故な
そうか、人に恨みを持っている訳だね
――そうじゃな
「旦那、済みましたか」
一馬が朱雀と内心で話をしていると、猿彦がやってきた。
どうやら炎の剣は猿彦に見られなかったようだ。
一馬はほっとして剣を鞘にしまった。
見られたら説明がややこしいからな。
「猿彦、逃げたんじゃなかったのか」
「外で旦那を待ってたんですが、静かになったんで覗いてみたんです」
「てっきりもうどこかへ行ったと思ってたよ。何とか勝てた」
「驚きやした。薄気味悪い奴だとは思っていましたが、まさか本当に蜘蛛の化け物だったとは」
「化け物、というか人に住みかを追われた土地の神様みたいだけどね」
「しかしあんな化け蜘蛛を倒しちまうとは一馬の旦那、凄え力をお持ちだ」
「それほどでもないよ。剣のおかげだ」
「またまたご謙遜を。で旦那、これからどうされます?」
「とりあえず葛城の村に戻るよ」
「でしたらその前にこちらへ」
猿彦は大耳が居たこの部屋のさらに奥へ一馬を連れて行った。
奥には麻の小袋が置かれていた。
「中をご覧下せえ」
一馬が袋の中を覗きこむと、金色や銀色の小さな粒がけっこう入っている。
「これは?」
「大耳とあっしらが村から巻き上げた金や銀でさあ」
「いいのか?」
「へえ、全て旦那に差し上げますんで」
「そうか、じゃあ村に返そう」
一馬はその袋を持ち上げる。
見た目の割にずっしり重い。
それを持って洞穴から出て歩き出した。
「だ、旦那」
「なんだい、猿彦」
「本気ですか」
「なにが?」
「それを村に返すとか」
「そうだよ、もともと村から取ったんだろ?」
「そうですが、でも」
「だったら返すのが当たり前だよ」
「……そうですか」
猿彦は何か不思議な生き物でも見るような目で一馬を見たが、頭を2、3度振って何も言わずに一馬についてきた。
葛城村へ戻る途中、一馬は猿彦にいろいろ質問してみた。
「この金や銀の価値ってどれぐらい?」
「カチ、と言いますと」
「銀何粒で金と交換できるとか、銀1粒で何と交換できるとか」
「そういう意味ですか。金一粒は銀二十粒と替えられます。銀一粒は、家族四人がおよそ六日食べていける米と替えられるといわれますね」
「そうか」
銀1粒が6日分の米の価値で金1粒はその20倍とすると、金1粒は家族4人の約4か月分の米代に相当するのか。
1か月の米代が仮に俺の世界で5万円ぐらいの価値だとすれば、銀1粒は約1万円、金1粒は約20万円ってことになるな。
うわ、今持ってるこれって結構な金額になるんじゃないの?
一馬は頭の中で計算した。
「銀より値打ちの低い粒ってないの?例えば銅とか」
「旦那は銭って知ってますかい?」
「ぜに、ってああ、硬貨のことかな」
「近頃都じゃあ海の向こうの異国から銅の銭ってやつが入ってきて、なんでも銀一粒と銅の銭二十枚で替えられているそうです」
「へえ、知らなかった」
「なんせ入ってきたのはついこの頃、ってことですからね。俺もまだ見たことはありやせん」
朱雀は昨日お金を知らないって言ってたから、きっと朱雀が閉じ込められてから入ってきたんだな。
さっきの計算だと、銀=1万円の20分の1ってことは銅銭はちょうど500円玉っていう感じか。
というか、お金が輸入品なんだな。
金や銀の粒だけで小銭がないのは不便だろうなあ。
葛城村に着くと、すぐにイサキや露店の店主たち、他の村人達が集まって来た。
猿彦に縄が掛けられていないのを見て何人かはギョっとした表情を浮かべたが、ほとんどの者は結果が知りたいあまりそのことに気付いていないようだ。
「か、一馬さん、無事だったか!」
イサキが真っ先に声を掛ける。
「何とかやっつけてきたよ」
「おお! 土蜘蛛の大耳を斬ったのかい?」
「うん、この猿彦のおかげで上手くいったよ。もう土蜘蛛達に悩まされることはないですから」
そこでみんなが縛られていない猿彦に気が付いて驚く。
「えっと、こいつも土蜘蛛の一味だよな?」
「猿彦はすっかり改心して、最後までちゃんと案内をしてくれたんだよ。もう村には迷惑かけないから大丈夫」
そう一馬が村人達に猿彦を紹介すると、猿彦も皆に頭を下げた。
「みなさん、今まで本当にすまなかった。これからは性根を変えて生きて参りますので許してやってください」
「俺からもお願いします」
一馬も一緒に頭を下げると、イサキ達は慌てた。
「一馬さんがそう言って下さるなら安心だよ。猿彦とやら、もう二度とあんなことはしないように頼むよ」
「そう言ってもらえるとありがてえ。二度とご迷惑はお掛けしません」
そこで一馬は持っていた袋をイサキたちに渡した。
「これは猿彦からみなさんへお詫びの印だそうです」
店主達は袋を開けて驚いた。
「こ、これは――」
「土蜘蛛が皆さんから巻き上げたものです。お返しします」
「し、しかしこんなに――いいんですか?」
「どうぞ、もともと皆さんのものですから」
袋を開けると、金の粒が31粒、銀の粒が60粒あった。
土蜘蛛にたかられていた店主たちは7人いるらしい。
「いったいこれをどうやって分ければいいのか――」
「こんな凄い量、見当もつかないよ――」
店主たちは嬉しさの一方、どう分けていいのか困り果てているようだ。
算数や数学という概念がないのかもしれない。
見かねた一馬が助け舟を出した。
「良かったらみなさんが同じ量になるように計算しましょうか?」
「おお、一馬さん、そんなことも出来るのかい?」
「ええ、ちょっと。店主さんは7人ですので、まず金の粒はお一人4個、銀の粒はお一人8個ずつになります」
一馬は一人一人に金と銀の粒を分けていった。
「おお本当だ、みんな金4粒、銀8粒だ――」
「すごい、皆同じだけあるぞ――」
「あと、ここに金が3粒、銀が4粒残っています。金1粒は銀20粒に当たると聞きましたので、すべて銀に変えると銀64粒。これをみなさんで分けると……」
「一馬さん、ちょっと待ってくれ。みんなも聞いてくれ」
イサキが一馬の説明をさえぎった。
「一馬さん、その残りはあんたが受け取ってくれねえか? みんな、どう思う?」
「おお、そうだ! それがいい――」
「あんたはこれを持ってそのままどっかに行っちまうことも出来た。だのにわざわざ俺たちに届けてくれて――」
「これからは土蜘蛛にたかられないだけでも有り難いのに、こんな事までしてもらって――」
「あんたみたいないい人はいないよ。頼む、これを受け取ってくれ――」
「正直、これでも少ないぐらいだが――」
「一馬さん、あんた荷物も何もなくして困ってる、って言ってたよな。腹まで減らして。だからこれを受け取ってくれよ――」
店主たちはイサキの意見に一斉に同意した。
一馬はその好意を有り難く受け取ることにした。
「みなさん、有り難うございます。ではお言葉に甘えて、遠慮なくいただきます」
一馬が店主たちに頭を下げると、店主たちの笑顔が弾けた。
「こうなりゃ、今夜は宴だ! めでたい日だ、俺たちが村のみんなにご馳走させてもらうぜ! 思うぞんぶん飲んで、歌って、踊ってくれ!」
イサキが叫び他の店主たちも笑顔で頷くと、村人たちも大喜びした。
中には浮かれてもう踊り出す者もいる始末。
そんな中、一馬がおずおずと言い出した。
「あの、みなさん、そろそろお昼ですよね?」
「おお、そろそろ昼つ方だな。それがどうしたい?」
「あの、お腹が減ってきたんですが、お昼御飯は……」
「昼にごはん? 何言ってんだ、飯は朝餉と夕餉の2回だろう? 晩の宴まで待ってくんな」
一馬の言葉にイサキがキョトンとした表情で応じる。
げ、この世界は1日2食が基本なのか。
1日3食に慣れた現代人には辛すぎるな(涙)。
そんな一馬に、騒ぎを聞きつけてやって来ていたキヨが助け舟を出してくれた。
「あんた、何言ってんの。一馬さんは朝から土蜘蛛と戦って大変だったのよ。お腹が減っても当然でしょう」
「おお、そう言われてみりゃその通りだ。済まねえ、一馬さん、おいら気が利かなくってよ」
「ほんとだよ、あんたは大事なところが抜けてるんだから。一馬さん、果物くらいしかないけどいいですか?」
「あ、ありがとうございます。助かります」
何とか一馬はお昼ごはん代わりの果物にありつき、難を逃れた。
その後、夜の宴まで時間があるので一馬は猿彦と一緒に村の中を見て回ることにした。
村の中を見ていると、なにやら木工をしているところを見つけた。
木を加工して何かを作っているらしい。
見ていると、一馬はあることに気が付いた。
鋸がないのだ。
ノミや槌はあるのだが、鋸がない。
そこで一馬はイサキから聞いた、木の板が非常に高価だという話を思い出した。
「猿彦、鋸って知ってる?」
「ノコギリ? といいますと?」
「えっと、鉄が板状になってて、刃が波状についていて、押したり引いたりして木を切る道具だ」
「ああ、二人で両端を持って木を切るものですね。一度見たことはありやすが、めったにある物ではありやせんね」
二人で両端を持って……確かにそういう鋸も何かで見たことがあるような気がする。
ということは、片手で持って切る普通の鋸はまだないという事らしい。
二人で持つ鋸も珍しい物のようだ。
一馬はやっと木の板が高価である訳が理解できた。
「そういえば旦那、近頃腹下しで死ぬ奴が多いと聞きます。注意して下せえよ」
「腹下し……下痢のことか。下痢で死んでしまうのか」
「へえ。特に小童なんざあイチコロでさあ。大の大人でもコロッと行くやつはいくらでもおります」
「そうかあ。そう言えばみんな飲み水ってどうしてるんだろ?」
「飲み水? そりゃ川から汲んできたり、井戸があれば井戸から汲んだりですね。場所によっては雨水をためて飲む所もありやすね」
「ちょっと汚い話だけどさ、排泄したものとかはどうしてるんだ?」
猿彦は排泄の意味が分からないようだったが、一馬の表情で理解したようだ。
「ああ、糞……じゃなくて便や尿とかですか。あっしは草むらなんかでしちまいやすが、川の上に川屋を置いてそこでしたりしてると思いますぜ」
「川屋、ああそれで厠か。うーん、そりゃあいろいろ病気にもなりそうだなあ」
一馬は急に昨日から飲んだ水でお腹が痛くなったような気がしてきた。
「で、もし腹下しとかになったらどうするの?」
「そりゃあれですよ。まじないに頼ったり、草で腹下しに効くというものを煎じて飲んだり」
「薬とか……ないよな、やっぱり」
やっぱり飲み水の衛生面に下痢の原因があるような気がするなあ。
手洗いの習慣なんかもきっとないだろうし。
家に戻ったらイサキやキヨに相談してみようと思う一馬だった。
いかがでしたでしょうか。
戦闘シーンについてもっとこうした方がいい、などありましたらご意見いただけると嬉しいです。