第2章第2話 「猿彦を尋問」
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ここからやっと物語が動き始めます。
なお戦闘シーンはどうしても同じことの繰り返しになりがちかなと思いますので、あまりくどくならないように行きたいと思いますがどうでしょうか?
後、誤字脱字などありましたらご指摘いただけると嬉しいです。
一馬は縛られた男の前に立ち、顔を覗き込むようにして聞いた。
「お前の仲間はどこにいる?」
「そ、そんなこと教えられるか!」
猿に似たその男は一馬から顔を背けるようにして強がる。
それに対して一馬はわざとつまらなそうに応える。
「ふーん、感心だな。自分が殺されても仲間の居場所は言えない、か」
「こ、殺されても?」
「そうだよ。言えば生かしておいてやろうと思ったけど、言わないんじゃ仕方ない」
「お、お前、ちょっとあっさりし過ぎだろうよ! もうちょっとちゃんと聞けよ!」
「いいよ。どうせ聞いても口は割らないんだろ? やるだけ無駄だよ」
「あんた、諦め早すぎるぞ! 言う、言うから!」
男は本気で焦って汗を流しながら叫ぶ。
「え? 無理しなくていいよ。男には死んでも守らなきゃいけないものもあるだろうし」
「そこは無理させろよ、っていうかさせてくれ! 南に行った森の中に俺たちの住む洞穴があるんだ」
「だったら最初から話せばいいのに。まあ仕方ない、殺すのは勘弁してやろうか」
「旦那、ありがてえ、恩に着るぜ。俺は猿彦だ。ついでに言っちまうと、頭目は土蜘蛛の大耳という男だ」
「旦那、って……猿彦、聞いてないことまで教えてくれるとは親切だな」
「俺と旦那の仲じゃねえか。その大耳だが、やり合うなら不思議な技を使うから気を付けた方がいい」
「大した仲じゃないけどね。で、不思議な技って?」
「なんだか見えねえ糸のようなものを出して相手を身動きとれねえようにしちまうんだ」
「ありがとう、参考にするよ」
一馬は店主たちに向かってニコリと笑った。
「と、言うことですので明日そいつらをやっつけに行きます」
「おお、なんと! そうしてもらえればどれほど助かるか」
「で、つきましては腹が減っていますので、その、さっきの話の続きを……」
「何を言ってるんだ、交換なんてどうでもいい。とにかく俺の家で飯を食ってくれ」
「いいんですか? ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちだよ、さ、とにかく家に来てくれ」
一馬は最初に声を掛けた露店の店主の家に招かれた。
家は小学生のころ社会科見学で行った遺跡で見た、竪穴式住居そのものだ。
外側は茅葺の円錐になっており、内側は地面より一段低くなった床に木で柱と骨格が組まれている。
真ん中に炉があり、その周りの床に直接ゴザを引いて座るようだ。
いかにも働き者、といった笑顔の似合う奥さんが迎えてくれた。
「俺の名はイサキ、こいつはキヨだ。あんたの名は?」
「俺は渡辺一馬といいます」
「ワタナベカズマ……姓がある、ってことは貴族様か?」
イサキと名乗った店主は急に焦り始めた。
どうやらこの世界で姓があるというのは特別なことのようだ。
「あ、いえ、俺の育った村がワタナベ村といいまして、そこの一馬ということです」
「ああ、そういうことか、焦らさないでくれよ。貴族様かと思ってびっくりしたじゃないか」
「すいません」
「中つ国の都のワタナベ村からはるばると、よくここまで来たわねえ」
キヨが感心して言う。
中つ国がどこにあるのかもよく分からない一馬は、多少焦りながら答えた。
「え、ええ。しかも途中で荷物を全部なくしてしまって、大変でした」
「それは難儀だったでしょう、お腹がすいているとか」
「そうなんです。何も食べてなくて」
「おう、キヨ、一馬さんにすぐ飯を用意してくれ。今日は奮発してくれよ!」
「あらあら、どうしたの? えらくご機嫌ね」
「そりゃそうだ! 一馬さんがな、俺たちにずっとタカっていた大耳の一味を叩きのめしてくれたんでえ」
「あら、それは大変。でもそんなことして大丈夫なの?」
「それよ。一馬さんはな、明日大耳のところに乗り込んで、みんな退治してくれるってんだ!」
「一馬さん、本当ですか? そんなこと本当に大丈夫なんですか?」
キヨが心配そうに一馬の顔を見る。
「てやんでえ、べらんめえ! いらねえ心配しなくてもいいんだよ! 一馬さんはなぁ、強えぞ!」
「そんなに?」
「おうよ! まあそんなことは後だ。とにかく早く飯にしてくれ。一馬さんが腹減らして死んじまわあ」
「あ、そこまでではないですけど、あはは」
キヨが用意してくれたのは川魚を焼いたものに木の実の和え物、玄米ご飯だった。
川魚は新鮮でおいしかったし、玄米とはいえご飯が食べられるのはありがたかった。
一馬は空腹のあまり一気に平らげてしまった。
「凄い食べっぷりねえ」
「あ、すいません、お腹が減っていたものでつい」
「いいってことよ。こんなものしか用意できなくて悪いな。都じゃもっとしゃれたもの食べてたんだろうが」
「とんでもないです。美味しかったです。ありがとうございました」
「礼にはおよばねえよ」
「あの、イサキさん、ちょっと気になってたんですが」
「なんでえ? 何でも聞いてくれや」
「最初に会った時と話し方が違いませんか?」
「あ、気付いちまったか。あれはあれよ、あくまで商売向けでな」
「そうなんですか」
「あれはここいらの話し方だ。あんまり大きな声じゃ言えねえが……」
イサキは一馬に顔を寄せて、小声になって話す。
「俺は実は東之国の生まれなんだ。ガキの頃にてて親の行商に連れられてこの南之国に来たんだよ」
「へえ」
「あんたも知ってのとおり、国抜けは重罪だ。だから一応秘密にはしてるんだが」
「大変ですね」
「どうやっても話し方は抜けなくてな。商売の時はいいんだが、家に帰るとついこうなっちまう」
「大丈夫なんですか?」
「まあ大丈夫だ、この辺りに住んでる奴はみんな気のいい信用できる奴だからな」
秘密を明かされて戸惑う一馬を見てイサキはわははと大声で笑った。
その後、一馬はイサキからこの国の事を色々聞くことが出来た。
瑞穂の国は太陽神アマテラスの血を引く皇龍の一族が帝となって代々治めてきた国である。
都があり帝の直轄地である中つ国を中心に、北之国、南之国、西之国、東之国が四方を囲っている。
辺境に行くほど八百万の神々やその血を引く物の怪が多くいるため、帝の力はあまり及ばない。
この南之国は、草薙の剣を授かった御剣武尊命によって建てられた国である。
武尊命は草薙の剣を使って多くの八百万の神や物の怪を討ちこの国を建てたが、後継者を定めることなく亡くなった。
その死後、後継者争いが起きて為政者が定まらず、また神器である草薙の剣の行方も分からなくなった。
明確な為政者がいない上に、南之国の南方は強大な鬼たちの住む国と国境を接しているために物の怪達の影響が強く、人心も乱れ国は荒れた状況にある。
土蜘蛛の大耳、と呼ばれる男たちがこの辺りでのさばっているのもその為だ。
噂では御剣武尊命の後継者を名乗り草薙の剣の行方を捜している人もいるらしい。
一馬にとってイサキからこのような話が聞けたことは幸運だった。
中つ国の事はあんたの方が詳しいだろうからいいよな、と言われて教えてもらえなかったのは残念だったが。
「とにかく今日は疲れたろう。このまま家で泊まって行ってくれ」
「いいんですか? 今日は野宿かと思っていたんで助かります」
「いいに決まってるだろう! 明日は大事な日なんだ、ゆっくり寝てくれよな」
一馬はイサキにゴザとムシロを借りて地面に引いて寝た。
意外と寝心地も悪くない、疲れもあったのかぐっすりと朝まで熟睡できた。
冬だったら相当寒かっただろうが。
「お、一馬さん、起きたな。よく眠られたかい?」
「おかげさまでぐっすり眠れましたよ」
「そうかい、都から来た人に地べたで寝かせて悪かったな。都じゃみんな木の板でできた床に寝ているんだろ?」
「え、ええ、まあ、そうですね」
「やっぱりそうかぁ。この辺りじゃ木の板、っていうやつは珍しいしべらぼうに高えからな。領主さまでもなきゃ木の板の家には住めねえな」
「そうなんですか」
「ほんと田舎ですみません、一馬さん」
「いえ、とんでもないです!」
キヨにまで謝られて、一馬は恐縮してしまった。
しかし木の板が高級品だ、というのは一馬には意外なことだった。
「さて一馬さん、今日はどうする?」
「まずは昨日捕まえた猿彦という男に会おうと思います」
「一馬さん、その前に朝餉を食べていってね」
「あさけ……あ、朝ご飯ですね。そこまで甘えていいんですか?」
「いいに決まってるだろう。しっかり食べて頑張ってもらわないとな」
「ではお言葉に甘えて」
キヨの用意してくれた朝食は雑穀の粥に青菜を茹でたもの、調味料として小皿の上に塩が盛ってある。
「まだちょっと早いかもしれないけど」
そう言ってキヨが果物を出してくれた。
どうやら野生の桃のようだ。
一馬がもとの世界で食べている桃に比べれば小さく酸味も強かったが、それでも甘党の一馬には嬉しかった。
「ご馳走様、おいしかったです」
「あら良かった。お口に合って嬉しいわ」
「じゃあ一馬さん、昨日の男のところに行こうか」
「そうですね、案内してもらえますか。キヨさん、お世話になりました」
「一馬さん、くれぐれも怪我しないようにね」
一馬はキヨに別れを告げ、イサキの案内で猿彦に会いに行った。
「やあ、猿彦」
「おお、旦那か。俺になにか用かい」
「ちょっと頼みがあってね」
猿彦は後ろ手に縛られて村の中にある大きな木に繋がれていたが、意外と元気そうだった。
この分だと鎖骨も折れてはいないようだ。
「昨日言ってたお前たちの親玉がいる洞穴に行こうと思うんだが」
「ひょっとして、俺に案内しろって?」
「そういうこと。猿彦はどう思う?」
「俺はそうだな、その後で俺を自由にしてくれて罪も問わねえ、と約束してくれるならいいぜ」
「そんな口約束でいいのか?」
「旦那は強いし、信用できそうだからな」
「みなさん、どうですか?」
一馬は振り返って周りで見ていたイサキたちに聞いた。
「俺は一馬さんがいいならそれでいいぜ――」
「こいつを役所に突き出したところで役所だって信用できないしな――」
「うん、一馬さんに任せるよ――」
「だ、そうだ、一馬さん。あんたの好きなようにしてくれていい」
一馬は手に持った剣の柄の頭に手を置き、朱雀に相談した。
「おはよう、朱雀。今の話聞いてた?」
「うむ。いいのではないか? もしこの男が裏切っても大したことはなかろう」
「うん、意外と本気で言ってる気がするしね」
一馬は縛られている猿彦に向かって話しかけた。
「わかった。猿彦、それで行こう」
「よし、んじゃ旦那、善は急げだ、早速行くかい?」
「善は急げ、ってお前に言われてもなぁ。まあいいや、では皆さん、行ってきます」
「おお一馬さん、気を付けてな!」
「一馬さん、なにとぞよろしく頼みます」
一馬は猿彦を木に繋いでいた縄をほどき、その縄を持って猿彦を先に歩かせて村を出た。
「旦那は一馬っていうんだな」
「そうだけど?」
「いやあ、一馬の旦那は本当に強いな」
「そうかな?」
「ああ。あんたに切られた時、てっきりバッサリ行かれたと思ったぜ」
一馬は猿彦と戦ったとき、草薙の剣の左側の刃「神無威の刃」を使って斬った。
神無威の刃は神や物の怪を斬ることが出来る代わりに、右側の普通の刃と違って人や獣は斬れない。
一馬は最初から猿彦を本当に斬るつもりはなかったのだ。
「旦那、あれはワザとやったんだろ?俺を殺さねえために」
「まあね、殺すまでもないと思ったし」
「俺は腕には結構自信があったし、本気で行ったんだぜ。今までに何人か斬ってるしな。でもその余裕だ、たまんねえぜ」
「余裕、ってほどでもないけどね」
「いや、これまで結構いろんな奴とやってきたが、旦那ほどの奴はいなかった」
「やけに褒めるなぁ」
「本気だって。だから心から降参しようと思ったんだ」
「そりゃありがたいね。じゃあしっかり道案内頼むよ」
「任せとけ。でもな、昨日言った頭目の土蜘蛛の大耳には気を付けてくれよ」
「見えない糸で縛ってくる、って言ってたな」
「ああ。仲間から見てもとにかく薄気味悪い奴なんだ」
どうやらそいつは人間じゃないかもしれないな、と一馬は内心考えた。
まあ物の怪を見破ることが出来る一馬なら、見ただけで分かるだろう。
「もうここからあまり遠くはねえぞ」
「土蜘蛛の大耳以外は何人いるんだっけ」
「俺を入れなきゃ三人だ。そいつらもそこそこやるからな。まあ俺ほどじゃあねえが」
「だったら大したことはなさそうだな」
「……まあ、旦那から見たらそうだわな」
一馬の何気ない一言にちょっと傷ついた猿彦だった。
さあ、いよいよ次はボス戦です。
ここからが大切ですよね、頑張ります。
あ、そういえば朱雀が出てない(汗