第1章第4話 「朱雀との約束」
今日も2話投稿してみます。
ああ、書き溜めていた貯金が……(笑)
やっと一馬も朱雀も外に出ることになります。
作者としてもやっと暗闇から出てくれて一安心。
一馬は再び草薙の剣を手に取った。
――話の途中でいきなり剣を置くとはひどいではないか
「朱雀、話をしよう」
――神たる我を呼び捨てにするとは!
「それが嫌ならもう話はしないよ」
一馬は台座の上に剣を置くそぶりをした。
――ま、待て、特別に汝には呼び捨てにすることを許す
「汝、とかいうのもやめてくれないかな。俺は渡辺一馬。一馬と呼んでくれればいいよ」
――分かった、カズマよ、その話とやらを聞かせよ
「朱雀の事情はだいたいわかった。確かに同情すべき点はあると思う」
――おお、では早速我が依り代に
「いや、それは無理」
――な、何故だ。同情すると言ったではないか
「同情はするけど、体を好きなように使われるのはごめんだよ」
――スサノオを見つけだし、封を解かせればカズマも自由になれるのだぞ
「でもどれだけ時間が掛かるかもわからないし、そもそも見つかるかもわからないし」
――それは四神たる朱雀の名に掛けて必ずや
「だから無理だって」
――うっ
「で、提案があるんだけど」
――案、とは?
一馬はいよいよ本題に入った。
「依り代とかは無理だけど、朱雀がスサノオを探すのを手伝ってもいいよ」
――おお、なんと?
「その代わり、条件があるんだ」
――なんだ? 富は無理じゃぞ。我は富は持っておらぬゆえ
「貧乏なのか。でもそんなんじゃないよ」
――貧乏で悪かったの……では何が望みだ?
「どうもここは俺がいたのとは違う世界みたいだ」
――うむ、カズマが我、朱雀を知らぬ所を見るとそうかもしれぬな
「そこかよ。で、朱雀は俺をもと居た世界に帰すことが出来るの?」
――残念だが、それは出来ぬな
「なんで? 神様なんだろ?」
――いかに神ではあっても万能ではない。しかもカズマがどの世より来たのかが分からぬ
「それは俺にだってわからないよ」
――であろう。よってカズマをおった所に帰せるのは、火雷神だけじゃ
「火雷神さんなら出来るのか」
――おそらくは。ここに連れてきたのだからな
「なら、スサノオを見つけて朱雀の封が解かれるか、または」
――うむ
「または俺の代わりに朱雀を助けてスサノオを探してくれる人が見つかったら」
――それはなかなか難しかろうがな
「それでも見つかったら、火雷神さんに頼んで俺をもとの世界に帰して欲しい」
――なるほど、な。
「どう? 悪い条件ではないだろ?」
――うむ。なかなかよい考えのように思えるな
朱雀は一馬の提案を検討しているようだった。
――ところでカズマ、そなた剣は使えるのか?
「剣は使った事はないけれど、刀は鍛えていたからたぶん大丈夫だと思うよ」
――なら良いが、スサノオとやり合う事は覚悟してもらわねばならぬぞ
「神様なんだから相当強いんだろうね」
――そうよな。だが我も力を貸すゆえ、何とかなろう
「力を貸す、ってどういうこと?」
――カズマがこの剣を手にしている間は我と話が出来るのみならず
「他に何が出来るんだ?」
――我が神通力による術を使うことが出来る
「おお、神通力による術って?」
――我は朱雀、炎をつかさどる者ゆえ、主に炎に関する術だな
「火雷神さんが使ってた灯りの炎をともす、とか?」
――そのようなことは造作もないこと。よし、剣を掲げ「炎の剣」と唱えてみよ
一馬は剣を両手で持ち、斜め上に掲げた。
「炎の剣」
――見よ、炎の剣だ
一馬が唱えると同時に、勢いよく剣が炎に包まれる。
「おー、凄いな」
――だろう!
一馬が驚いたことに朱雀は満足した様子だ。
――これしきの事は何でもない
「凄い、明るくなった。ちょっと熱いけど」
――では炎を弱めよう
途端に炎の勢いが弱まり、それにつれて熱さもかなりおさまった。
「すげえ、弱火にもできるのか、火加減ばっちりだね」
――しかもこの炎は魑魅魍魎や妖し、神にも痛手を与えることが出来る
「追加ダメージ、って感じだね」
ついゲーム感覚で考えてしまう一馬だった。
――他にも様々な技があるぞ
「これは頼もしいな」
――であろう、何せ我は四神の一、朱雀だからな!
どうも調子に乗せてしまったようだ。
「で、朱雀、さっきの提案なんだけど」
――うーむ、他に手はなさそうだし、頼みたい
「そうだね、俺も出来るだけの事はするから」
――カズマ、お主、いい奴じゃな
「……それよく女子にそう言われるよ」
なんとなく褒められた気がしない一馬だった。
「朱雀、手が疲れるんだけど下ろしてもいいかな」
――うむ、下ろしても火は消えぬゆえ気を付けてな
「火事になったら大変だからな。消したいときはどうすればいい?」
――無論剣より手を離せば消える。また口に出さずとも消さんと内心にて思えば我が消すゆえ
「心の中で思うだけで伝わるのか。便利だね」
――さよう。そこにこの剣の鞘があるだろう
「うん、置いてあるよ」
――鞘から抜かずとも、柄に触れておれば我と話は出来るが、術は鞘から抜いておらぬと使えぬからな
「分かった。覚えておくよ。で、相談なんだけど」
――なんだ?
「話もまとまったし、そろそろここを出たいんだけど」
――おお、まことに! ここを出るのはいったいどれくらいぶりであろう
「嬉しそうだね」
――嬉しいにきまっておろうが! カズマ、では行こう。鞘を忘れぬようにな
「分かった」
一馬は右手に炎をまとった剣を、左手に鞘を持って入口へ向かった。
「これがさっき言ってた岩だよ。というか、朱雀って周りとか見えてるの?」
――カズマが剣に手を触れている間は、カズマの見ているものは我にも見えておる
「なるほど、そういう事なんだ」
――たしかになかなか大きな岩よな
「だろ? さっきは火雷神さんに連れられて中を通り抜けたみたいなんだけど、朱雀もできる?」
――それは無理だな
「そうなのか、それは困ったな。どうやって外に出るか」
――それは難無いこと。叩き割ればよいではないか
「え? いやいや、それは無理でしょ」
――何が無理なのだ? カズマは念が使えるのであろう
「その『念』、って奴が良く分からないんだよな。『気』なら使ったことがあるんだけど」
一馬は朱雀に、源蔵から習った「気」のことや、それを土方との立ち合いで使ったことが火雷神の目に留まったのではないか、ということを話した。
――なるほど。カズマの言う「気」というものは、「念」を使うための素のようなものだな
「素、って?」
――カズマのジイチャンとやらが言う「気を練る」ということが、「気」を「念」として使う為に必要なことだ
「うーん」
――その「気」というのはかなり漠然とした不安定なものだ。それに対し、「念」は気を練ることで出来る、さらに形や用法がはっきりしたものだと思えばよい
なるほど、「気」が小麦粉だとすれば、それを練ることで出来るパンやうどんやパスタが「念」だってことか。
なんだか良く分かったような分からないような例えで、とりあえず一馬は納得した。
――見たところカズマにはかなり大きな「気」があるようだが、それを練って「念」にする修業が必要だな
「なんかそれ、よく爺ちゃんに言われてたよ」
――まあ、草薙の剣にこの朱雀の力が加わっておるのだ。その立ち合いの時のように「気」を込めれば、この程度の岩なら問題なかろう
「本気で言ってる?」
――別段冗談を言って面白いところでもなかろう。試しにやってみたらどうだ
一馬は鞘を地面に置き、剣を両手で持って岩に向かって構えた。
ゆっくりと目を閉じて、深く呼吸をしながら丹田に気を集める。
じわじわと気が溜まるのを感じ、十分に溜まった所で剣を振り上げて上段に構える。
――うむ、なかなか良いぞ。その気を剣に込めろ
剣に少しずつためた気を送っていく。
すべての気を送ったところで眼を開くと、先ほどの炎とは違う白い光に剣が包まれている。
――カズマ、気合いだ
裂帛の気合いを込めて一馬は岩に切りつけた。
轟音と共に白い光がさく裂し、岩が砕けて飛び散る。
一馬はものすごい衝撃を感じながらも、最後まで剣を振りぬいた。
ずどぉぉぉんという地響きとともにもうもうと土煙が舞って周りが見えない。
――カズマ、なかなかの手並みだな。しかも、なんて気だ! 驚いたぞ
「ごほっ、ごほっ、なんて気だ、ってお笑い芸人みたいだな」
気付くと土煙の向こうから光がさしている。
しばらくすると土煙も落ち着き、周りの様子が見えてきた。
入り口をふさいでいた巨大な岩は見事に二つに割れ、向こう側へ倒れている。
――見事なものじゃな。カズマ、やるではないか
「ちょっと信じられないよ」
一馬は鞘を拾うと、ゆっくりと外に出ながら辺りを見回し呆れたように言った。
「これ本当に俺がやったの?」
――さよう、もちろん剣とこの朱雀の力も加わってはおるが、な
「なんか怖い感じがするな、使う時は気を付けよう」
――しかしカズマの「気」の強さは相当なものだな
「そうなの? よく分からないけど」
――そんじょそこいらでお目に掛かれるものではないぞ
「そうなんだ」
――これなら火雷神がカズマを選んだのにも合点がいく
「それって嬉しくないけどなあ」
――まあそう言うな。そのおかげで我と出会うことが出来たのだ
朱雀が面白そうに笑う。
「それ全然面白くないぜ、まったく」
――わはは、それはそうと、やっと外に出られたわ
「久しぶりの外の空気はどう?」
――この上ない心地好さよな。そういえば、もう一つカズマに言っておかねばならぬことがある
「なに?」
――この草薙の剣のことじゃ。この剣には二つの刃がついておろう
「うん、両刃になってるね」
――この二つの刃にはそれぞれ役割がある
「役割?」
――さよう。文字の書いてある方を表にして、右の刃は普通の刃だ。人や獣を斬ることが出来る
「じゃあ逆の刃は?」
――左の刃は神無威の刃といい、神や妖し、物の怪などを斬ることが出来る
「それは凄いね」
――逆に言えば、右の刃では神や妖しは斬れず、神無威の刃では人や獣は決して斬れぬ
「それはもっとすごいかもしれない」
――このことはよく覚えておくのだ
「分かった、覚えておくよ」
――さてカズマ、いかにしてスサノオを探す?
「それなんだけど、何か手がかりとか知ってそうな人とかいないの?」
――そうよな……我をここに祀った御剣武尊命とかどうであろう
「それ誰?」
――御剣武尊命はスサノオよりこの草薙の剣を受け取った者だ
「人なの?それとも神様?」
――人でもあり、神でもある
「んー、どういうこと?」
――そうだな。カズマ、多少話が長うなる故、剣を鞘に納めて座ってはどうじゃ
「んじゃそうさせてもらおうかな」
一馬は鞘に剣を納め、近くの木陰に腰を下ろして剣の柄を握った。
暗闇では分からなかったが、明るいところで見ると柄の先には真っ赤な宝石が嵌められている。
――我の声が聞こえるであろう
「本当だ。鞘に入っていても話は出来るんだね」
――うむ。カズマ、八百万の神、という言葉は知っておるか?
「聞いたことはあるよ。たくさんの神様、っていう意味だろ」
――さよう。この瑞穂の国には実に多くの神がおる
一馬は由香から神道における八百万の神についても聞かされていた。
日本人が古来から信仰してきた神道は、キリスト教などの一神教とは異なり多神教である。
八百万、とは無限という意味でもあり、神道ではあらゆるものに神が宿ると考えられ、妖怪や物の怪とされるものの多くもその神の一部なのだと彩加は言っていた。
由香の家であり一馬の母方の実家である篠原神社も玉藻御前という狐の化身を祀っていた。
朱雀の話によると、この瑞穂の国における神という存在も、日本の神道の神と変わらぬようだ。
神と呼ばれる存在の中にはスサノオや四神、火雷神などのまさに「神」と呼ぶにふさわしい存在以外に、朱雀が「妖し」と呼ぶ鬼や付喪神などの妖怪や物の怪に分類されるものも大勢いるらしい。
その中には人でありながら神として祀られ、それによって人神と呼ばれる存在になった者もいるそうだ。
なるほど、菅原道真公や平将門なんかと一緒か。
そう考えて一馬が納得すると、朱雀がなおも話しかけてきた。
――御剣武尊命はスサノオや我ら四神と共に蛇を倒した四人の人の一人でな
「なんか強そうな名前だね」
――この草薙の剣を授けられこ多くの妖しを倒したことで神として祀られ、人神となったのじゃ
「人って、祀られると神になれるの?」
――無論その力や成しえた功績などにもよるが、基本的には人に祀られ、神として崇められることで神となる
「優れた人や強い人が、人から神様として祀られると神になる、か。鶏と卵みたいだな」
――人神ではなくとも人に神として祀られたことで神としての力を得るものは他にもおるぞ
「そうなのか。で、その御剣武尊命っていう人は今も生きてるの?」
――相当昔の話故分からぬ。ただの人ならぬ人神なれば生きておっても不思議はないが
「すごいな、寿命も変わるのか」
――長きにわたり姿を見せぬ故、生きてはおらぬ可能性が高いがな
「それは困ったね」
――ただ武尊命がすでに亡うなっていても、その血を引くものは居るやもしれぬ
「なるほど。何か知ってるかもしれないね。ところでここは何処なのかな」
――この山は葛城山という。この山を下りた先に葛城の村があるはずだ
「ここって俺がいた世界の桂山に似てるんだよね。んじゃその村を目指そうか」
一馬は立ち上がり、この山の麓にあるという葛城の村を探してみることにした。
いよいよこれから瑞穂の国での冒険が始まります。
いやー、ここまで長かった。
これからも皆様、よろしくお願いします。