第5章第7話 「鬼の腕」
美幸に気付いた一馬は徐々に体の位置を入れ替え、牛車と茨木童子の間に入るように移動していく。
しかしその一馬の動きが茨木童子にバレてしまった。
「お前、さっきから妙な動きをしているな。何を企んでおる?」
「いや、別に何も」
……どう考えてもバレバレか。
「そうか、そなたらその皇龍の娘を助けに来たのか。道理でただの物取りにしては腕が立つと思うたわ」
……やっぱバレた。
「羅刹の娘までが加わっておるとはな。どういう了見かはわからぬが、その娘は渡すわけにいかぬ」
「悪いけど彩姫さまは返してもらうよ。だいたい鬼が人間に姫を売るっておかしいだろ」
「ほう、どこでその話を聞いた? そこまで知られているとあればますます生きて返すわけにはいかん」
茨木の攻撃は一層苛烈さを増す。
一馬はそれを必死にかわし、はねのける。
これは相当きついぞ、みゆきちゃんまだか。
その頃美幸は彩姫と共に牛車を抜け出し、牛車の陰から逃げるタイミングを計っていた。
一馬の方を見ると、一馬が牛車を背にして自分たちを守ろうとしてくれているのが分かる。
一馬さま、ありがとうございます。
勇敢な一馬の姿を見て美幸の胸が熱くなる。
「彩姫さま、準備はよろしいですか?」
「ええ、いつでも結構です」
「では参りましょう。こちらへ急いで」
美幸が先導して木陰の方に走り出す。
それに続いて彩姫が走り出した、その時。
「アッ――」
肩に管狐を乗せて走り出した彩姫が転んでしまった。
長く囚われていたために、足が弱っていたのだろう。
彩姫が倒れ込んだ衝撃で肩の上の管狐も放り出され、それによって管狐の隠れ身の術が解けた。
たちまちそこには転んでいる彩姫の姿が露わになる。
そこにあわてて駆け寄る美幸の姿も見えてしまった。
「おのれ、姑息なっ!」
その姿を見た茨木童子が一馬をかわして彩姫を捕えようと動く。
そうはさせないと一馬がその茨木の前に動いて阻止しようとした瞬間、茨木が片手で印を切った。
「縛!」
「うっ」
その瞬間、一馬の体が全く動かなくなった。
まるで見えない縄で全身を縛られているかのように動くことが出来ない。
「どうじゃ、動けまい。これが鬼道よ」
その一馬を見て茨木童子がニヤリと笑う。
「死ぬがいいっ!」
刀を振り上げ一馬に振り下ろそうとした瞬間、斜め後ろから刀が飛んできて茨木童子の肩に当たった。
「一馬の旦那!」
そこには猿彦の姿。
ずっと隠れていたが一馬の危機を見て飛び出してきたらしい。
その刀は残念ながら茨木童子に傷を付ける事は出来なかったが、気を逸らすことには成功した。
「おのれ人間ごときの分際でぇ!」
思わぬ邪魔をされた茨木童子が悪鬼の形相で振り返り、猿彦を睨みつけた。
さらに猿彦を斬ろうと一歩踏み出す。
――カズマ! 念を込めよ!
朱雀の言葉と共に一馬は一気に草薙の剣に念を込める。
その瞬間一馬の呪縛が解け、動けるようになった。
「な、なぜ動け――」
それに気づいて驚いた表情で振り返った茨木童子に向かって一馬は草薙の剣を振るった。
ズバッ!
神無威の刃は刀を持つ茨木童子の右腕を見事に切り落とした。
「おのれぇぇぇぇぇぇぇ!」
腕を切断された茨木童子は絶叫し、それと同時に切り飛ばされた自分の腕を左手で掴む。
「熊鬼、ここは引くぞ! 邪鬼ども防げ!」
そう叫んだかと思うととてつもない跳躍力で義経たちの立つ崖の上へ一気に跳躍した。
とても筋力だけで飛べるような高さではない。
明らかになにがしかの念を使っているのだろう。
「羅刹の娘よ、この勝負預けておくぞ」
その言葉を聞いた熊鬼は、阿修羅に向かってそう言うや茨木童子を追って跳躍した。
「待て! 熊鬼!」
そう叫ぶが、念の使えない阿修羅は追いかけることが出来ない。
崖の上で戦況を見守っていた義経たちは、突然目の前に現れた二人の鬼に驚いて弓を向けた。
「フン」
だが二人の鬼はそれを一瞥しただけで矢を射る暇もなくどこかへ走り去る。
茨木童子と熊鬼が逃げる様子を見て、残った小鬼や邪鬼たちも撤退を開始した。
転がっている丸太を飛び越え、散り散りに逃げ去っていく。
「鬼たちが逃げるぞ!」
「やめておけ。追わなくていい」
五右衛門の仲間たちが叫んでそれを追おうとするが、それを五右衛門が止めた。
「しかしお頭――」
「一馬様が深追いするなとおっしゃってただろうが。姫さまをお助けできればそれで恩の字よ」
「へい」
追撃をあきらめ、五右衛門に向かって頭を下げた。
「猿彦ありがとう、助かったよ」
一馬が礼を言うと猿彦は照れて頭を掻いた。
「おっかなくてずっと隠れてたんでやすが、旦那が危ねえと思ったら知らない間に体が動いてたんで」
「ほんとに猿彦が来てくれてなかったら危なかった。猿彦は勇敢だよ」
「いやー、猿がこないにやるとは思わへんかった。人は見かけによらん、ちゅうのはほんまですなあ」
豆狸がやってきて褒めてるのかけなしてるのか分からないことを言う。
そこへ彩姫が美幸と管狐を連れてやってきた。
「彩姫さま、この方々がワタクシと共に姫さまをお助け下さったカズマどのとミユキどのでございます」
管狐が彩姫に一馬と美幸を紹介した。
「先ほどもご挨拶させて頂きましたが、御剣美幸と申します。皇龍の姫たる彩姫さまにお会いできて光栄に存じます」
美幸が優雅な仕草で頭を下げる。
「美幸とやら。御剣の者であるそなたに助けられるとはこれも運命であろうな。感謝するぞ」
それに対して彩姫が礼を述べた。
その間一馬はぼーっと彩姫の顔を眺め続けていた。
「カズマどの、なにをしておるのです! 彩姫さまですぞ、ご挨拶なされよ!」
管狐のかん高い声で、一馬はやっと気が付いた。
「あ、ああ、渡辺一馬といいます。よろしくお願いします」
どういう態度を取るのがいいか分からなかったので、とりあえず一馬は頭を下げた。
その初々しい態度に彩姫は微笑んで応える。
「渡辺一馬どの、彩姫と申します。この度は大儀でした」
彩姫も一馬に向かって頭を下げた。
「なんともったいない、彩姫さまが頭をお下げになるとは。カズマどの、本当に名誉なことなのですぞ!」
「姫さん、こないなところで立ち話もなんですし、近くに村がありますんでそちらで」
管狐と豆狸の言葉に、一馬もやっと気付いてみんなに声を掛ける。
「みんな無事だね? おかげで作戦は成功した。天野原の村に戻ろう」
「おおっ!」
五右衛門と仲間たちは両手を上げて喜んでいる。
鬼を相手にして誰も傷つかずに勝ったのだから嬉しいだろう。
牛頭と馬頭も満足そうだ。
阿修羅は不貞腐れてブスッとしていたが。
美幸は丸太をどけるので牛車に乗って下さいと彩姫に言ったが、彩姫は自分で歩くと言って断った。
そこで一馬たちは牛頭馬頭と五右衛門たちに丸太をどけるように頼んで、歩いて村に向かうことにした。
丸太を放ったらかしにしておいたら、他の人に迷惑だからな。
村に帰る道すがら、一馬はずっと彩姫の顔を眺めていた。
……どう考えても似すぎてるよなあ。




