第5章第2話 「盗賊退治」
前話のあらすじ:茨木童子にさらわれた彩姫を救い出すため先まわりするべく天野原に向かった一馬たちは、途中の山道で襲われている牛車の一団を見つけた。
一馬たちが走り寄ったとき、牛車を引き連れたその集団は防戦一方になっていた。
護衛とみられる5人のうち3人がすでに倒れ、風前の灯火といったところ。
襲っている方の連中は格好はバラバラ、悪党面でいかにも盗賊といった風情。
そいつらが数にあかせて一方的に攻めまくっている。
そんな状況で一馬たちは襲撃者のグループの背後から襲い掛かる形になったのだ。
「な、なんだおめえら、伏兵かっ!」
盗賊らしい男たちは予期せぬ援軍の出現に浮足立った。
先頭を走っていた阿修羅が手にした長矛で一刀のもとに盗賊の一人を斬り捨てる。
続いて牛頭と馬頭も打ち掛かった。
さらに側面に回った義経が弓で矢を射かける。
男たちは混乱に陥った。
「慌てるな、後ろの奴らを防げ!」
首領らしい髭面の男が叫ぶ。
男たちは戦い慣れているらしく、その声で一斉に阿修羅たちの方を向いた。
その間に牛車を引いていた集団は負傷者を回収して下がる。
「いいか、油断すんじゃねえぞ! 一人で相手にするな。包んじまうんだ。弓に気を付けろ」
髭面の男が次々と指示を出す。
確かにこの時点では男たちは9人、阿修羅たちは鞍馬を入れても4人だ。
そういった意味では男の指示は正しかった。
ただ誤算だったのはあまりに実力差が大きかったことだ。
阿修羅には3人の男が向かったが、まったく相手にならない。
長矛によるリーチを生かし、相手の刀が届かない位置から阿修羅は攻撃していく。
3人は必死に戦うが、鬼姫相手に敵うわけもない。
あっという間に一人が斬られ、残る二人はますます苦しくなった。
牛頭と馬頭を4人の男が取り巻く。
しかし馬頭は長刀を、牛頭は金棒をふるってその攻撃を捌いていく。
「へへ、こいつら大した事ねえなあ、牛頭」
「……ふん」
背中合わせでお互い笑いあうと、タイミングを合わせて攻めかかっていった。
矢を放つ義経には首領の男ともう一人が向かった。
もう一人の男に義経が矢を放つと、その肩に矢が突き立ち男はもんどりうって倒れこむ。
続いて首領に矢を放つが、さすがに首領は腕が立ち、義経の放つ矢を避けながら走って義経に近づいていく。
真っ向から飛んでくる矢をその刀で切り落とす様子を見て、義経は接近戦を覚悟して弓を捨てて刀を抜いた。
ガキン!
振り下ろしてくる首領の刀を義経が受け止める。
そのまま押し比べになるが、首領の方が力が強く義経は押し込まれていく。
勝ちを確信したのか首領がニヤリと笑った時、一馬たちが追いついた。
「義経!」
一馬の声に、首領は義経を蹴飛ばして転ばせると同時に振り向いた。
そこには一馬が草薙の剣を構え、その後ろに美幸と管狐と豆狸を肩に乗せた猿彦が立っている。
「へへ、お前が相手か」
首領は一馬を憎々しげに睨みつけると、刀を構えてにじり寄る。
――ほう、この男刀の扱いに慣れておるな
うん、刀の使い方を知ってるね
朱雀と短く言葉を交わすと、一馬は剣を正眼に構えた。
一馬はこの男がある程度やりそうだとはいえ、朱雀の力に頼るほどもないだろうと判断した。
所詮普通の人間だし、出来ることなら殺したくないな。
そう考えた一馬は神無威の刃を使うことにした。
こいつ、なんて気配してやがるんだ。
男は一馬を見て脂汗を流した。
男は名を五右衛門といい、もともと正規の軍で兵として戦っていた。
その時に刀の使い方を覚え、それから身を崩して盗賊をしていたのだ。
それだけに実戦慣れしているし、色々な相手とやりあってきた。
もっと護衛の多い大規模な隊商を襲ったこともある。
人を殺めたことも両手で数えきれないほどだ。
だがこれほどの威圧感を感じる相手は初めてだった。
見た目はただデカいだけの優男なのに、向き合うだけで足が震える。
「えーい、ままよっ!」
五右衛門は一か八か一馬に打ちかかった。
キーン!
しかしただの一合打ち合っただけで刀を持つ手が痺れる。
やっぱただもんじゃねえ……。
そう思った次の瞬間、一馬の剣が五右衛門の喉元に当てられていた。
「どうする? お仲間はもう降参したみたいだけどまだやるかい?」
一馬の言葉に五右衛門が辺りを見回すと、他の仲間全員がやられてしまっていた。
死んだ仲間がいないようなのは一馬たちとの力の差があったことが逆に幸いしたのか。
それを見て五右衛門は観念した。
「参った。俺の首はくれてやる。だから仲間の命だけは助けてやってくれ」
そう言って五右衛門は持っていた刀を放り投げた。
「どうするかはあとでゆっくり考えよう。牛頭、馬頭、猿彦、阿修羅さん、こいつらを逃げないように縛っておいて」
そう指示した後で隊商の方へ行き、その代表者とおぼしき人物に挨拶した。
「渡辺一馬といいます。偶然通りがかったところで皆さんが襲われていたのではた迷惑かと思ったのですが手を出させて頂きました」
「迷惑だなんてとんでもありまへん。みなさんのお陰で命が助かりました。私はカネコといいまして、西之国で商いをやっております」
深々と頭を下げたその男は細身の中年で、何より目立つのはその頭。
上半分が見事に禿げあがっている。
頭を下げると余計それが目立って、一馬は目のやり場に苦労した。
「で、ご迷惑ついでにお願いなんですが、負傷者の手当てを手伝うていただけませんやろか?」
「もちろんです。みゆきちゃん、義経、怪我をした皆さんの手当てを頼むよ」
カネコの頼みを快諾した一馬は美幸と義経にその手伝いを頼んだ。
すると美幸が嬉しそうにそれに応えた。
「はーい、みゆきちゃんはお手当てが得意ですよー。ケガをした方はどちらですかー」
一番程度の酷い怪我人のそばに行った美幸がひざまずいて、左手で何か印を結びながら右手を当てる。
その怪我人は胸にかなりの深手を負って出血し意識も朦朧としていたが、美幸が何かを呟くと右手がかすかに光ったように見えた。
その光に一馬が驚いて見ていると、怪我人の出血が止まりみるみるうちに血色がよくなってきた。
「なるほど、美幸殿は治癒の業を身に付けておいでなのですね」
「治癒の業?」
横でそれを見ていた義経に一馬が問う。
「そうです。病や怪我を癒す念の使い方です。巫女や修験者などが良く使い、鞍馬様や我ら鴉天狗も使います。が、美幸殿の業はかなりのもののようですね」
確かにあの怪我が治るとしたらそれはもう奇跡だろう。
実際それを見ていたカネコは心底驚いたようだ。
「これはなんと、癒しの使い手の巫女様がいらっしゃったとはなんという幸運ですやろ。ほんまに有り難い事です」
おいおい、拝みだしちゃったよ。
義経も美幸を手伝い、隊商の人だけでなく盗賊たちの治療も行った。
「本当にありがとうございました。ぜひ皆さんにはお礼がしとうございますんで、ぜひ天野原の村へ一緒にお越しください。すぐそこですので」
一馬たちはとりあえず一緒に天野原へ行くことにした。
捕まえた五右衛門たちも一緒だ。