第4章第5話 「鬼姫異聞」
前話のあらすじ:彩姫と間違えて鬼姫・阿修羅を助け出した一馬たちは夜叉を捕らえ、尋問することにした。
一馬たちは捕らえた夜叉を連れて一番大きな建物に入った。
そこで車座に座って話をすることにした。
「まずは俺から。俺は渡辺一馬といいます」
まずは一馬と美幸が彩姫を探すに至った経緯を説明した。
「なるほど、それでその彩という娘を探して夜叉のもとへ参ってわらわを救ってくれた、という訳じゃな」
ひとしきり愉快そうに笑った後、阿修羅が自分の捕まった経緯を話しだした。
「わらわはかつて鬼の国を統べておった鬼の王、羅刹の娘、阿修羅じゃ」
阿修羅は胸を張って一馬たちを見まわした。
「わが父羅刹は今よりさかのぼること3年前、憎き酒呑童子らの手によって殺された――」
それは鬼の国に起こったクーデターの物語だった。
南之国のさらに南、海を隔てた向こうに「鬼ヶ島」と呼ばれる鬼の国がある。
そこには数多くの鬼の一族が、小鬼や邪鬼といったその眷属たちと共に住んでいる。
もともと鬼の一族は国津神と呼ばれるアマテラスに従わない地の神の一族で、羅刹という王によって治められていた。
羅刹は基本的に人とはあまり関わらず、不干渉政策を取っていたため人との仲は良好とはいえないまでも落ち着いていた。
その羅刹の娘として生まれた阿修羅は、鬼ヶ島にある城「鬼岩城」で姫として大切に育てられた。
阿修羅は念はあまり強くなかったが武術に才能が有り、父に学んでその腕を鍛えたのだという。
ちなみに鬼の角の大きさが使える念の強さと比例している、という事を一馬は初めて聞いた。
「そうして落ち着いた日々を過ごしておったある日、酒呑童子らがやってきおったのじゃ」
酒呑童子とその片腕である女鬼の茨木童子、更に四天王と呼ばれる酒呑童子に仕える鬼たちがどこからともなく鬼ヶ島にやって来たのだという。
当初、酒呑童子たちは王である羅刹に従っていた。
羅刹も優れた力を持つ酒呑童子たちを重用していたのだそうだ。
しかし、酒呑童子たちは人に強い敵対心を持ち、羅刹が禁じたにもかかわらず何度も人里を襲い、村人たちを殺して財を奪った。
このままではいずれ人と大規模な争いになると危惧した羅刹は酒呑童子たちに与えた地位をはく奪し、牢に入れることを決めた。
人は一人ひとりは弱くても鬼とは決定的に数が違う。
人と全面的に敵対すればいつか鬼の国が滅ぼされることになると危惧していたらしい。
「それは雷鳴とどろく豪雨の夜であった。酒呑童子らは密かに牢の番をしておる邪鬼どもを従え牢を抜け出した」
酒呑たちは雷雨に紛れて城の中の衛兵たちを次々と殺した。
羅刹やその家臣たちはそれになかなか気づかず、ようやく気付いた時には酒呑たちは羅刹のいる部屋のすぐそばまで迫っていた。
羅刹は娘の阿修羅に城を脱出するように命じ、自らは酒呑童子たちを迎え撃った。
「後に生き伸びた家臣に聞いたところによると、父は獅子奮迅の戦いぶりを見せたが衆寡敵せず、最後は酒呑童子に討ち取られたそうじゃ」
阿修羅は悔しそうに唇を噛んだ。
何とか城を脱出した阿修羅はわずかな供を連れ、鬼ヶ島を抜け出て南之国へ逃げ延びた。
酒呑童子は羅刹に代わって鬼の国の王となり、人里を大々的に襲うようになった。
それ以降、南之国の人々は酒呑童子の名を恐れるようになったらしい。
阿修羅は酒呑童子の放った追手から逃れるため、人目を避けながら各地を転々としてきたのだという。
「そうしてこの地に参ったおり、夜叉がここに居るという事を知った。夜叉はわが父である羅刹に従っておった者ゆえ頼ろうとこの砦に来たのじゃ」
夜叉ははじめ、阿修羅たちを歓待してくれたそうだ。
長い間の逃亡生活で疲弊していた阿修羅の供たちは、歓待の宴の席で酔いつぶれた。
阿修羅自身も疲れ果て、熟睡しているその夜に夜叉が裏切ったのだ。
「わらわが物音で目を覚ました時、すでに供の者どもは夜叉に討ち取られておった。わらわも抵抗したが獲物は取り上げられており、結局捕えられてあのざまじゃ」
そう言った後、阿修羅は立ち上がって縛られている夜叉のもとへ歩いて行った。
「夜叉、お主はわが父に可愛がられておったはず。それが何故裏切ったのじゃ」
「可愛がられていた? 何も知らぬ小娘が」
阿修羅に問いただされて、夜叉は憎々しげに睨みつける。
顔立ちは美しいだけにその表情はより恐ろしく見える。
「ならば教えてやろう。お前の父、羅刹は我の心をもてあそんだのだ。甘い言葉をささやき、いずれは我を妃とするとまで約束しておったのだ。しかし羅刹は他の女鬼を妃に迎え、お前が生まれた。そんなお前をなぜ我が助けねばならぬ。酒呑童子に引き渡さなかったのがせめてもの情けだ!」
夜叉は憤怒の表情で一気にまくしたてた。
な――
それを聞いていた阿修羅は唖然とした。
なんと夜叉が裏切った理由が男女関係のもつれだったとは。
確かに父である羅刹はそちらの方面で身持ちが固いとは言えない男であったが、それが理由で自分が捕えられ供を殺されたとは笑うに笑えない。
「そうであったか。それについてはわらわは何も知らなんだ。そのことについては亡き父に代わり謝らねばなるまい。この通りじゃ」
阿修羅は夜叉に向かって頭を下げた。
プライドの高い鬼姫が頭を下げたのだ、それを見た夜叉も驚いた表情を隠せない。
「わらわの供はお主に殺され、わらわ達もお主の眷属を殺めた。これ以上お主を殺しとうない。これで手打ちにしてはくれぬか」
夜叉は頭を下げた阿修羅をしばらく見つめていたが、やがて一馬の方を向いて口を開いた。
「一馬というたな。お主らが捜しておるという皇龍の娘は確かに我が捕えた」
一馬たちは突然の告白に驚いた。
「それで彩姫さまはどこにいるんですか?」
「あの皇龍の娘を捕えたのは、酒呑童子の片腕である茨木童子の命によるものだ。どうやらあの娘を高値で買いたいという奴がおるらしい」
「それは誰ですか?」
「難波泰隆、と言っておったと思うが」
「難波泰隆!」
話を聞いていた美幸が目を見開いて驚いている。
「みゆきちゃん、知っているの?」
「西之国を治める男です。我が祖である御剣武尊命と共に大蛇を倒し、神器を与えられて西之国を開いた難波豪雲の子孫です」
美幸の言葉に管狐が続けた。
「実は我が主、彩姫様は難波泰隆の手より弟君であらせられる暁の皇子様をお守りするために役立つ人材を探して旅をしておられたのです。それを知った泰隆が彩姫様を捕えようとしておったとしても不思議はありませぬ」
「なるほど、じゃあ今彩姫さまは茨木童子に捕まっているってことかな」
一馬が聞くと、夜叉は素直にそれに答える。
「今も茨木の手の中にあることは間違いなかろう。二日前に茨木が牛車に乗せて連れて行ったからの。しかしどこへ向かったのかは分からぬ」
「そうか、でも彩姫さまが生きていそうな事が分かったのは朗報だね」
そう言ってニコリとする一馬に義経が言う。
「我が主である鞍馬様に尋ねてみてはいかがでしょうか。この辺りで鞍馬様ほど周囲に詳しい方はおられませぬ」
「それがいいと思うぜ、旦那。牛車ならそう早くは動けねえ。今すぐ動けば追いつけるかもしれねえ」
猿彦もそれに同意した。
「ただ気を付けることだ。茨木童子は鬼道をよく使い、腕もたつ。容易には倒せぬ。また酒呑童子の四天王の幾人かがついているやもしれぬ」
「そうか、忠告ありがとう、夜叉さん」
一馬が頭を下げると夜叉は微笑んだ。
優しい、とまでは言えないがさっきと比べるとずいぶん柔らかな表情になった。
こうしてみると美人だよな、阿修羅さんのお父さんが口説いたのもわかる気がする。
一馬がそんなことを考えていると、阿修羅が夜叉に話しかけた。
「どうじゃ夜叉、これで手打ちとする気になったか」
「阿修羅どの、お主の父に対する我の怒りは消えぬ。だがその羅刹も死に、お主は頭を下げてくれた。もうお主に対して思う所はない」
「そう言ってくれるとありがたい。ではこれにて手打ちといたそう」
阿修羅はそう言って、夜叉を縛っていた鎖をほどいた。
そうした後、阿修羅は一馬に向かって改まって言う。
「渡辺一馬と言うたな。人違いとはいえ、お主のおかげでわらわは助けられ、夜叉ともこうして和解できた。感謝する」
阿修羅は頭を下げた。
「阿修羅さん、いいですよ。頭を上げてください、大丈夫ですから」
そういう一馬になおも阿修羅は言葉をつづけた。
「渡辺一馬、お主には借りが出来た。借りは返さなければならぬ。どうじゃ、その彩という皇龍の娘を助け出す手伝いをさせてはくれぬか」
「それはいいけど、ほんとにいいの?」
「鬼の姫たるわらわに二言はない。ではこっれよりよろしく頼む」
「うわあ、アシュラちゃん、よろしく。わたしのことはみゆき、って呼んでね」
美幸がさっそく挨拶した。
鬼にまでちゃん付けか、美幸ちゃんは徹底してるな。
一馬は内心感心した。
「じゃあとりあえず鞍馬さんのところに戻ろうか」
一馬の言葉に皆がうなづく。
表に出て、一馬たちは倒した青鬼や邪鬼、小鬼たちの埋葬を手伝った。
それが終わると夜叉は建物の中から長柄の矛を持ってきた。
それをアシュラに手渡して言う。
「お主から取り上げた矛じゃ。返しておこう」
「ありがたい。夜叉、達者でな。では渡辺一馬、行くか」
阿修羅は夜叉に礼を言い、一馬たちは鞍馬のもとへと向かう。
「しかし、鬼と一緒に旅をすることになるとはな。人生何が起きるか分からねえもんだぜ」
猿彦が首を左右に振りながら自分で自分に呆れたように言った。