第4章第4話 「夜叉捕縛」
前話のあらすじ:彩姫を救出するために夜叉の砦に忍び込んだ一馬たちは首尾よく捕まっていた姫を助け出した。しかしその姫は目的の彩姫ではなく鬼姫だった。
どうも救出相手を間違えたらしい、そんな衝撃の事実に呆然とする一馬たちをしり目に、阿修羅と名乗った鬼姫そっくりな女鬼は行動を開始した。
一馬が斬った見張りの邪鬼が持っていた細長い鉄棒を素早く拾うと、外の様子をうかがう。
「どうしたお前たち、早く行かねば追手がかかろう」
「え、えっと、そうですね」
一馬もよく分からないままなんとなく女鬼に従って外へ出る。
そこでは義経と馬頭が辺りを見張っていた。
「一馬殿、首尾よく行ったのですね。姫、義経と申します」
「うむ、手助けごくろう。砦の外へ出るまで気を抜くな」
「かしこまりました、姫」
何も知らない義経は鬼姫に向かって頭を下げる。
鬼姫はさも当然だという風にそれに答える。
違う、違うんだよ義経……。
「えっと、義経、なんていうか」
どう説明していいか迷う一馬に、義経が声を掛ける。
「急ぎましょう、一馬殿。管狐と猿彦殿、牛頭殿とは外で落ち合う手はずになっております」
するとイラついた声で馬頭が言う。
「どうも間に合わねえみたいだ。来たぞ」
馬頭が見ている方に視線をやると、一つ目の青鬼が10匹ほどの邪鬼や小鬼を連れてこちらへ向かってくる。
もう戦う他はないようだ。
「みゆきちゃんと豆狸は隠れ身の術で阿修羅さんと一緒に脱出を最優先に。青鬼は俺が相手をするから馬頭は邪鬼の方を頼む。義経は弓で俺と馬頭のバックアップを」
一馬の指示に美幸、豆狸、馬頭と義経が頷く。
義経はバックアップという単語は知らないだろうが文脈から理解したらしい。
この辺がアホなヨシとは根本的に違う所だな。
でも阿修羅さん、って何のことか不思議だろうな。
すると阿修羅が前へ出てきた。
「わらわも戦おう」
「姫、危のうございます。ここは我々にお任せ下ってお逃げくださいませ」
あくまで姫だと信じている義経が丁寧に説得する。
しかし阿修羅は獰猛な笑顔を見せながらそれを断る。
「良い。あの念の込められた鎖に縛られてさえないければ、余計な気遣いは無用じゃ」
阿修羅は手にした鉄の棒を軽々と振り回す。
その姿は実に様になっている。
そりゃそうだ、なんてったって鬼のお姫様だもんな。
「でしたらわたしも戦います。わたしも武尊命の血を引く者、足手まといにはなりません」
美幸もそう言うので、結局一馬と阿修羅が青鬼に対し、馬頭と美幸が邪鬼を担当することになった。
「来るぜ」
馬頭の言葉を合図に、各自ターゲットに向かって走り出す。
まずは義経が立て続けに矢を射る。
その矢は前を走っていた3匹の小鬼に次々と刺さり、倒していく。
馬頭は美幸をかばうように前に出て、刀や金棒を持った3匹の邪鬼たちと切り結ぶ。
同時に複数を相手にしているが、手にした長刀の振りは速く隙がない。
次々と繰り出される邪鬼たちの攻撃を一つ一つ確実に跳ね返している。
だがさすがに簡単に勝つという訳にもいかないようだ。
いかんせん相手の数が多いため、余った1匹の邪鬼と3匹の小鬼が美幸に向かってしまった。
美幸は神無威の小太刀を手に、鬼たちに向かい合う。
「へへ、この小娘は美味そうだ。夜叉様に差し上げればさぞかしお喜びになろう」
舌なめずりをしながら小鬼を引き連れた邪鬼が美幸を見て言う。
「我が祖、御剣武尊命より伝えられしこの神無威の小太刀で、あなた達を成敗します」
「面白いことを言う小娘だ、お前らしっかり遊んでやれ」
邪鬼の言葉で、手に木の槍を持った3匹の小鬼が美幸を取り囲む。
しかし美幸は恐れもせず敢然とそれに立ち向かっている。
次々と繰り出されてくる槍の先を避け、流し、弾く。
剣の基礎はしっかりできているようだ。
「面白いな小娘、なかなかやるではないか」
それを見ていた邪鬼がニヤリと笑って前に出てくる。
その頃、一馬と阿修羅は一つ目の青鬼と向かい合っていた。
一馬もこの時代としては相当大柄だし、阿修羅はその一馬よりさらにわずかに大きい。
しかしその二人と対しても青鬼の2メートルの巨体は群を抜いていた。
その青鬼が手にしている武器は巨大な鉄の棍棒。
物語の鬼が持っているように先が太くなっていて、表面には尖ったスパイクが一面に付いている。
その長さは約150センチ、まるで金属バットのお化けだ。
あれで殴られたら一発で粉砕骨折は確実、頭にでもあたれば即死だろう。
青鬼はそれをいきなり力任せに振り回してきた。
それを後ろに跳んで避けながら、一馬は朱雀と話をする。
――カズマ、これはどう対処する?
朱雀、まずはこの間の念を使ってみたらどうだろう
――なるほど、力には力を、じゃな
一馬は大天狗の鞍馬と戦った時と同じように気を小さく、硬く固めていく。
もっと小さく、もっと硬く。
そうして出来た玉を草薙の剣の柄に運んで、1撃に気を込める。
ガキーン!!
気を込めた1撃で青鬼の金棒を受け止めるが、互いに弾かれる。
驚いたな、これで互角とはなんて腕力だ。
一馬はその力に舌を巻いた。
その一馬とやりあっている青鬼に、横から鬼姫、阿修羅が打ち掛かる。
その鉄棒の扱いは見事なものだ。
鋭い攻撃で青鬼を攻めたてる。
青鬼は一馬の攻撃に集中できず、劣勢に追い込まれていった。
「姫、後ろを!」
これなら勝てそうだな、と一馬が思ったその時、義経から大声が飛ぶ。
阿修羅が振り返ったその瞬間、もう一匹の鬼が襲いかかってきていたことに気付く。
その鬼は後ろから阿修羅を斬ろうと駆け寄ってきたが、すんでの所で義経の放った矢を避けた来たためにタイミングを失ったのだ。
「夜叉、お前は許さぬ!」
阿修羅は振り向くや否やそう叫ぶと同時に青鬼との戦いをやめ、夜叉と呼んだその女鬼に正対した。
その夜叉という鬼は身長は阿修羅と変わらず、大きく刀身が反った細身の刀を持っているがいかにも素早そうだ。
「あはは、こいつらはわざわざあんたを助けに来たって訳かい、ご苦労なこった。一網打尽にしてやるよ」
「おのれ夜叉、わが父羅刹を裏切り酒呑の奴ばらに寝返りし罪、この手で償わせてやる」
どうもこの二人の鬼には因縁があるらしい。
俺たちはこの鬼姫さまを助けに来たわけじゃないんだけどな、と一馬は思ったが黙っておいた。
夜叉の細身の刀から繰り出される攻撃はとにかく早く、残像が残るほどだ。
しかし阿修羅も次々と襲いかかる夜叉の攻撃を、細身の鉄棒一本で見事にかわしている。
さすがは鬼姫、やるなあ、これなら当分は大丈夫そうだな。
一馬は横目で見ていたが内心で安心し、改めて青鬼と向かい合った。
相変わらず青鬼はその腕力で巨大な金棒を振り回してくる。
そのスピードはともかく、一撃の威力が大きいため油断はできない。
念を込めているおかげで力負けはしないが、あまり正面から受け止めると草薙が折れそうな気がする。
だからどうしても避けたり受け流す感じになってしまう。
しかしこれだけ力任せに重い金棒を振り回していてよく疲れないものだ。
一馬は鬼のパワーとスタミナに舌を巻いた。
こうして皆が戦っている中、最初にケリをつけたのは美幸だった。
向かってきた3匹の小鬼のうちの1匹の木の槍を神無威の小太刀で叩き切り、そのまま小鬼を下から切り上げて倒した。
続いて向かってくる邪鬼を相手にしている間に、残りの2匹の小鬼は義経の矢で倒される。
邪鬼と1対1になった美幸は丁寧に相手の攻撃をさばきながら、意識的に攻撃を相手の面に集中した。
邪鬼はそれに釣られてつい胴の防御がおろそかになる。
しばらくそれが続いたのち、美幸は邪鬼の胴に鋭い一撃を放った。
「うっ、こんな小娘に……」
「御剣の血は伊達じゃないわ。なめないでよね」
邪鬼は倒れ、それを見た美幸はすぐさま馬頭の加勢に入る。
馬頭はと言えば、その間に1匹の邪鬼を倒し2匹を相手にしていた。
そこへ美幸が加わったのだから、状況は2対2となり一気に楽になる。
馬頭と美幸はあっという間にその邪鬼たちを倒してしまった。
「美幸さま、なかなかやるじゃないか。正直驚いた」
馬頭の言葉に美幸がにっこり笑って言う。
「馬頭ちゃんのご主人様だからね」
阿修羅は夜叉を相手に苦戦していた。
正直、実力では阿修羅の方がかなり上だ。
しかし持っている武器に差がありすぎた。
夜叉が持っているのは刀身の大きく反った細身の刀。
阿修羅が持っているのは邪鬼が持っていたただの細い鉄棒。
しかも夜叉は驚くほどの速さでその刀を操っている。
その実力の違いを武器の差がちょうど埋めているような状態で、戦いは拮抗していた。
一馬は青鬼の弱点に気づいていた。
パワーとスタミナは申し分ないが、スピードはさほど速くない。
おかげで何度も一馬の攻撃が当たり、青鬼の身体には神無威の刃で切られた傷がいくつもついている。
しかし一馬が思い切って踏み込めていないおかげで、決定的な一撃は与えられていなかった。
それにしても打たれ強さも半端ではない。
そろそろ何とかしたいな
――そうじゃな
大体相手のパターンも弱点も見えてきたし
――ほほう
やっぱ一つ目だと距離感がつかみにくいし、視野は狭いみたいだね
――まあそうじゃろうな
そろそろ決めるよ
一馬はそれまであえて相手の右側に回り込んで攻撃していた。
青鬼は右手で金棒を握っているので、右に回る一馬は対処しやすかったはずだ。
「炎の剣」
一馬がつぶやくと、瞬く間に草薙の剣は炎に包まれる。
「颯天の剣」
さらに一馬がつぶやくと、一馬の速さが一気に増した。
凄いな、重ね掛けも出来るんだ。
それぞれ単独で使う時よりは威力がない気もするが、今の一馬にはこれで十分だった。
颯天の剣で得たスピードを生かし、一馬は一気に相手の左側へと回り込む。
武器を持っている手の側に回り込まれて青鬼は対処がしにくく、しかも一馬が視界から消えた。
背中側に回った一馬は、燃え盛る草薙の剣で青鬼を一気に貫いた。
「ぐぁああ」
青鬼は声を上げながら膝を折る。
一馬はさらに青鬼の横に回り、やっと届くようになった青鬼の首をめがけて神無威の刃を振り下ろした。
ゴロン
青鬼の首が地面に転がり、体が崩れ落ちる。
ふう、かなり苦戦したな。
一馬は額の汗をぬぐいながら阿修羅と夜叉の方を向いた。
夜叉の目にもとまらぬ攻撃を阿修羅はすべてかわしていた。
しかしいかんせん鉄棒では有効な打撃を加えられない。
しかしそこに一馬たちが加わって、状況は一挙に阿修羅に有利に傾いた。
一馬、美幸、馬頭がそれぞれ武器を構えて夜叉を囲む。
「おのれ、我が眷属たちを全滅させるとは。覚えておれ!」
その状況を見て夜叉は撤退を決めたようだ。
きびすを返し、一気に逃げ出す。
「待て、逃がさぬぞ!」
阿修羅の叫びを背に走り出した途端、あまりの遅さに様子を見に来た牛頭と猿彦に出くわした。
「うわあ、鬼だ!」
慌てる猿彦を横目に、肩に管狐を乗せた牛頭がすぐさま手にした金棒を構える。
「ここにもおったか!」
忌々しげにつぶやき方向を変えようとしたその時、夜叉のふくらはぎを義経の放った矢が射抜いた。
「くっ、おのれ……!」
たまらず倒れこんだ夜叉の周りを阿修羅と一馬たちが囲い込み、その首筋に草薙の剣が突き付けられた。
夜叉はそのまま一馬たちに捕えられた。
阿修羅が縛られていた念がこもっているという鎖で後ろ手に縛られている。
「殺せ」
憎々しげに阿修羅と一馬を睨みつける夜叉の顔は恐ろしい。
鬼のような顔、ていうのはまさにこういうのだな。
そんなことを考えながら一馬は夜叉に話しかける。
「聞きたいことがあるんだ」
「ふん、ワシは何も答えぬ。殺せ」
「うーん、そう言わずに教えてよ。彩姫さまって知らない?」
「彩姫? 何者じゃそいつは?」
そう聞いた一馬の顔を見て阿修羅が不思議そうに尋ねる。
見れば見るほど岸野先輩に似てるな。
思わず一馬はニヤけそうになるのを押し殺した。
顔見て笑ったりしたらマジで怒られそうだからな。
「彩姫さまっていうのは人のお姫様で、ここに捕まっていると思って僕らはここに来たんです」
「何? わらわを助けに参ったのではないのか?」
阿修羅の表情が一気に険しくなる。
そこで怒られても。
「え? この方は彩姫様ではないのですか?」
義経や猿彦、牛頭馬頭が一斉に驚いている。
そういやみんなにもまだ言ってなかった。
「いったい何がどうなっておるのじゃ!」
鬼姫は怒ってるし、困ったな。
「とりあえず落ち着いて話しましょう。俺にもわからないことが多いので」
一馬は座ってゆっくり話をすることにした。
いよいよ書き溜めていた分がなくなってきました……
今後のモチベーションアップのため、評価などして頂けると感謝感激です