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第4章第3話 「夜叉の砦」

前話のあらすじ: 大天狗の鞍馬から情報を得た一馬は、親友ヨシそっくりの鴉天狗の義経を仲間に加えて夜叉という鬼の元へ向かうことにした。

「一馬殿、私の顔に何か?」


 鴉天狗カラステングの義経が不思議そうに一馬に尋ねる。

 いけない、またつい義経の顔を見てしまっていたようだ。

 あまりにヨシそっくりなんでつい見ちゃうんだよな。

 これじゃあ妙な性癖の持ち主だと勘違いされかねない。


「あ、いや、気にしないで」

「そうですか。もう一刻いっときもせぬうちに夜叉の住処に着きまする」

「わかった」


 一刻、って言うとどれぐらいの時間なんだろう。

 分かったといっておきながら一馬は実は良く分かってなかった。

 剣の柄を握って朱雀に聞いてみる。


 朱雀、ちょっといい?

 ――なんだカズマ

 いっとき、ってどれぐらいの時間?

 ――1日を十二支に分け、それを更に四つに分けたものを一刻という

 その一刻って夏と冬とで長さが違ったりする?

 ――おかしなことを言うのう、一刻は一刻であろう。長さが違うことなどない


 どうやらこの世界は江戸時代などの不定時法ではなく定時法を使っているようだ。

 時間単位の長さが季節によって違う、とか訳分からなくなりそうだから良かったと一馬は思った。

 で、1日の12分の1のさらに4分の1、という事は一刻は30分か。

 ってことはもうすぐじゃないか!

 一馬は急に緊張してきた。

 なにせ一馬はまだ鬼という存在を目にしたことがないのだ。

 ご先祖さまは鬼の腕を切り落としたとされているし、一馬自身もいろいろな物の怪を見てきたが鬼は未経験である。


「義経さん、鬼って具体的にはどういう物なんですか?」

「鬼は我々と同じ国津神と呼ばれる地の神の一族です。頭に角があることが特徴です」


 一馬のイメージする鬼そのものらしい。


「鬼と戦う上で気を付ける事とかありますか?」

「殆んどの鬼は体が大きく力が強いので優秀な戦士です。小鬼や他の物の怪を眷属として使うことが多く、また鬼道という独特な念法を用いる者もおりますので気を付けねばなりません」

「鬼道か、なんかやばそうだな」

「着きました、あそこです」


 義経の合図で森の木々の間から下を覗くと、いくつかの建物がある。


「あれです」


 義経が小声で指さす。

 崖と背後の山を利用して作った砦だ。

 中の小屋からは炊事の途中なのか、煙が立ち上っている。


「中にけっこう居るみたいだな」

「突っ込みますか?」

「いや、まずは偵察隊を出そう。管狐、豆狸、ちょっと中を覗いてきてくれないか?」

「え? ワタクシたちが? それはその、どうなんでしょう、もっと適した人材がいるといいますか」

「せやせや、わいらなんかもうただ見た目が愛くるしいだけの、他には何の能もない存在で」


 2匹が急に慌てて首を振る。

 それを見て猿彦が呆れたように言う。


「お前ら、そういうけど彩姫さんの顔はお前らしかわからねえんだ、しょうがないだろうが」

「たぬきちゃん、きつねちゃん、頑張って」


 美幸もニッコリ笑って言う。

 さらに一馬も続ける。


「大丈夫、君たちには隠れ身の術があるだろ? あれならバレないよ。彩姫様のために頑張ってよ」

「そ、そうでしょうか。どうもその辺危ない気がするのですが」

「なんかなー、タヌキ汁とか鬼の好物な気がせえへん? なんか嫌な予感がするわ―」

「まあそう言わずに頼むよ。そんな深入りはしなくていいから、外から覗くぐらいで、ね」


 一馬の説得に2匹は悲壮な顔で重い腰を上げた。


「これも彩姫様のため、カズマどの、何かあったら骨は拾って下され」

「ああ、もし捕まったらタヌキ汁なんてほんまは生ぐそうて喰えたもんやない、と言ってやろう」

「大丈夫、頑張れ!」


 一馬たちの声援を背に、決死の覚悟で2匹は潜入した。

 隠れ身の術を使い、姿を消してこっそりと砦に入り込む。


 砦の中では身長1メートルほどの小鬼や人と同じような大きさで醜悪な顔つきをした邪鬼たちが何匹も働いている。

 夜叉と呼ばれる鬼らしきものは見当たらなかったが、2メートルほどの身長で上半身裸、一つ目で青い肌をした鬼が棍棒を片手に見回りをしているのは確認できた。。


「うーん、彩姫様はどこに居てはるんやろ」

「しっ、豆狸、声が大きい」


 2匹の存在はバレていないようだが、彩姫の行方も全くつかめない。

 やっと覚悟が決まったのか、2匹は精力的に動き回る。

 すると、入り口を武器を持った邪鬼2匹が見張っている小屋を見つけた。

 窓もないので中は見えないが、鍋を抱えた小鬼が入って行く。


「豆狸、あれをどう思いますか?」

「なんや怪しいな。でも中に入ってみんとよく分からへん」

「そうですね。行ってみますか」


 2匹はしばらく表から見ていたが、どうやら中に忍び込むことにしたようだ。

 管狐と豆狸はどちらも隠れ身の術以外に変化の術も使うことが出来る。

 とりわけ管狐は人や物の怪などの生物に、豆狸は茶釜などの静物に化けるのが得意だ。

 管狐はさっきの建物に出入りしていた小鬼に、豆狸はその小鬼が手にしていた汁が入った鍋に化けた。

 そのまま何気ない顔で小屋に向かう。

 すると入口で見張りの邪鬼に声を掛けられた。


「なんだ? またか。今日はいつもより量が多くないか?」

「まあそんなこと、どうでもいいじゃねえか。入れ」


 2匹はドキッとして固まったがもう一匹がとりなしてくれた。

 中に入り込むと、そこには台があり鍋が置かれていた。

 奥にも部屋があり、そこにも2匹の邪鬼が武器を持って見張っている。


「あとは俺がやっておくからそこへ置いておけ」


 その邪鬼に言われて、管狐は豆狸の化けた鍋をそこにおいて出た。

 置いた瞬間に豆狸は中の汁を空っぽにする。

 外で管狐は再び姿を隠して表を見張っていると、小鬼がまた中に入り空の鍋を重ねて出てきた。

 しばらくそのまま待っていると、小鬼が行った方から豆狸が走ってきた。


「中の様子はどうでしたか? 彩姫様は?」

「ドンピシャやがな。動かれへんかったから直接見られへんかったけど、間違いなく捕まえた人を閉じ込めるための小屋やわ。しかも、中におった邪鬼が『姫』いうて話しかけておった」

「それは、間違いなさそうですね。ではカズマどのに報告に参りましょう」

「せや、見つからんうちにはよ行こ」


 2匹は偵察を終え、砦を抜け出して仲間のもとへ走り出した。

 するとその2匹の行く手をふさぐように回り込んだ獣がいる。


「へへ、お前ら、妙なところで出会うじゃねえか。どこへ行く?」

「ムジナ! あんたなんでこんなところに」

「あちゃー、まためんどい所で厄介な奴に出会うたな」


 ムジナと呼ばれたその獣は体長約60センチ、2匹よりもはるかに大きなアナグマだ。

 ムジナもまた古来よりキツネやタヌキ同様人を化かす存在として知られている。

 どうもこの2匹とは仲が悪いようだ。


「今あんたの相手してる暇はないのよ。そこをどきなさい」

「また今度相手したるよってに、な」

「何を焦ってんだよ、お前らの事情なんざ知ったこっちゃねえ」


 焦る様子の2匹を見て、ムジナはにやにやと笑って近づいてくる。

 それを見てイライラする管狐と豆狸。

 ムジナが至近距離まで近づいたその瞬間――


 ガブっ!


 管狐がムジナの鼻先にかみついた。

 相手が小さいので油断していたのだろう、ムジナは避けることも出来ず思い切り噛まれた。

 鼻先から血が出ていて痛そうだ。


「イテテテテッ! なんてことしやがるんだ、ひでえじゃねえか」

「言ったでしょ、急いでるのよ。まだやる気?」

「やるんなら相手になるでえ」

「くそっ、次あったらただじゃおかねえ。覚えてろよ!」


 ムジナは涙目で鼻を押さえながら逃げて行った。


「とんだ時間くっちゃったわ、急ぎましょう」


 2匹はまた走り出した。



「ただ今戻りました」


 戻ってきた2匹を見て、美幸が嬉しそうに声を上げる。


「キツネちゃん、タヌキちゃん、無事だったんだね、よかったー」

「おかえり、どうだった?」


 管狐と豆狸は一馬に見てきた様子を伝える。


「なるほど、中でつかまってる可能性が高い、か」

「しかし青の一つ目の鬼をはじめ、かなりの数が守ってそうですね」


 義経も考え込んでいる。

 すると猿彦が口をはさんだ。


「旦那、真正面から行くのが危ないようなら、搦め手からはどうです?」

「からめ手?」

「へい。あっしは火付けは得意でやす。別のところに火をつけて、それで人目を集めて」

「その隙に助け出す。なるほど、陽動作戦か」

「いいかもしれませぬ。夜叉はともかく、青鬼や小鬼、邪鬼たちはそれほど賢いとは思えませぬゆえ」

「じゃあその手で行こうか」


 義経もそれに賛同し、一馬も頷く。


「猿彦が火をつける役目で牛頭がその護衛に、管狐が二人を隠れ身の術で隠す。火が上がったら豆狸の案内で俺とみゆきちゃんがその建物に入る。義経と馬頭は建物の外で警戒に当たる。それでいいかな?」


 一馬の指示に全員が頷いた。


 先ほど管狐と豆狸がムジナに絡まれた場所は念のために迂回して砦の背中側の山の中から中を覗きこむ。

 隙を見て管狐の術で姿を消した猿彦と牛頭が先行して忍び込んだ。


「上手く入り込んだみたいだね、行こうか」


 一馬の指示で一馬と美幸、馬頭と義経が潜入する。

 豆狸の術で一馬と美幸が、馬頭は義経の術で姿を隠して行く。


「カズマはん、あれですわ」


 豆狸が一つの建物を指さす。

 何とか誰にも見られずに姫が囚われていると思わしき小屋が見えるところまでやってきた。

 物陰から入り口が見えるところに隠れ、騒ぎが起きるのを待つ。



 しばらくすると周りが騒然とし、小鬼や邪鬼たちが一定の方向に走り出す。

 そちらの空を見上げると黒煙が上がっている。


「猿彦たち、うまくやったみたいだね」

「一馬さま、中から見張りが出てきました」


 美幸の声で建物を見ると、中にいた邪鬼が扉を開けて外を見ている。

 入り口の外で見張っていた邪鬼たちは火事の方へ行ってしまったようだ。


「今だ。みゆきちゃん、馬頭、行こう。義経、入口の奴を頼む」

「よろしくね、馬頭ちゃん」

「かしこまりました」

「分かったよ、仕方ない」


 豆狸を肩に乗せ、草薙の剣を抜いて手にした一馬を先頭に、4人が走りだす。

 入り口で火事の方を見ていた邪鬼はそれに気づいて驚くが、義経が放った矢が喉元に突き刺さり声も出さずに倒れる。

 それを飛び越えて一馬は中に飛び込んだ。


「お、お前ら何者だ?!」


 小屋の中ではもう一匹の邪鬼が一馬に気付いて声を上げる。

 あわてて金棒を手にするが、構える間もなく一馬が神無威の刃で袈裟懸けに切り捨てた。


「豆狸、どっちだ」

「こっちや」

「よし。姫、扉を破りますのでお下がりください」


 豆狸が指す扉に向かって声を掛けながら、一馬は草薙の剣に気を込めながら振り下ろした。


 バーン!


 衝撃と共に頑丈そうな扉が吹き飛ぶ。

 すると中には両手両足を縛られ、猿轡をされた女性が閉じ込められていた。

 姫、というイメージからするとかなり大柄だが、それは一馬の勝手な思い込みだから仕方ない。

 一馬はすぐに駆け寄って猿轡を外した。

 それにしてもこの姫、誰かに似てるな。


「姫、お怪我はございませんか?」

「大丈夫じゃ、よう来てくれた。まずはこれを外してくれぬか」


 手足は一本の丈夫な鎖で縛られ、それが頑丈な錠前で結ばれている。

 女の子にひどいことをする、と思いながら一馬はその錠前を気を込めた草薙の剣で破壊した。


「豆狸、すぐに管狐に……どうした?」

「あの、一馬はん、そのお方は……どなたですか?」


 一馬は鎖を解きながら豆狸に話しかけるが、豆狸は助け出された女性を見て茫然自失だ。

 後ろから美幸も唖然としながら一馬に話しかけた。


「一馬さま、その方は彩姫様ではありません。だって……角が生えてますもの!」


 言われて一馬はその女性の頭を見ると、短いながらも2本の角が確かに生えている。

 改めてその顔を見て、一馬は誰に似ているのか思い出して思わず声が出た。


「鬼姫――!」


 その助けた女性、いや女鬼は「鬼姫」こと女子剣道部主将である岸野由姫に瓜二つだったのだ。

 その一馬の声を聞いてその女鬼が応える。


「さよう、わらわは鬼の王、羅刹が一人娘、阿修羅アシュラじゃ。わざわざの助け、恩に着る。ではすぐにここを出ようぞ」


 えっと、何がどうなっているんだろう。

 一馬は首をひねった。



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