第4章第2話 「大天狗」
前話のあらすじ:スサノオを祀った社に着いた一馬と美幸は、そこで口論する管狐と豆狸を見つけた。聞けばこの2匹は皇龍である彩姫の式神で、捕えられた彩姫の命で救出を手伝ってくれる者を探しているのだという。手伝うことを決めた一馬たちは、その情報を聞くために鞍馬という天狗のもとを訪ねることにした。
「なんだ、この気配」
一馬だけでなく坂道を上る他のメンバーの口数もだんだん少なくなってきた頃、一馬は何かに気付いて足を止めた。
「いよいよ来やがったな」
「……鞍馬だ」
牛頭と馬頭がそうつぶやいた時、つむじ風が巻き起こる。
「つっ!」
一馬たちが腕で風から顔をかばうとつむじ風は止み、そこに山伏姿の男が立っていた。
身長は約1メートル80センチ、さらに高下駄を履いているので2メートルに達しているだろう。
真っ赤な顔に巨大な鼻から一見して天狗であることは明らかだ。
手にはテンプレ通り木の葉で出来た大きなうちわを持っている。
「で、出やがった」
猿彦が声を上ずらせて一馬の後ろに隠れる。
「よお、牛頭に馬頭、相変らず弱そうだな。何しにきやがった?」
「うるせえぞ鞍馬、てめえに用があってきたんだよ」
牛頭と馬頭が美幸をかばって前に出る。
「いったい何の用だ」
「鞍馬さん、だね。俺は渡辺一馬。あんたに聞きたいことがあってきたんだ」
「俺に聞きたいこと、だと。俺の事はそこの牛頭や馬頭に聞いて知っているんだろうな」
「うん、聞いてるよ」
「わっはっは、人の分際でこの鞍馬と立ち合おうっていうのか?」
大笑いする鞍馬に一馬より先に美幸が反論する。
「今のうちに笑ってればいいわよ。あんたなんか一馬さまにかかればちょちょいのちょいなんだから」
「そ、そうだ、一馬の旦那は天狗なんざに負けはしねえ」
猿彦も美幸に乗っかる。
すると鞍馬にギロリと睨まれて猿彦は慌てて一馬の後ろに隠れた。
「なんだと、面白い。一馬といったな、俺について来い」
そう言うと鞍馬はポンポンと木から木へ飛び移りながら進んでいく。
上り坂で疲れ果てている一馬は必死の思いでついて行った。
しばらくすると少し開けた場所で鞍馬が待っていた。
その周りでは山伏姿の男たちが立っている。
人の姿をしているが、一馬にはそれらは鴉のような物の怪が化けている事が分かる。
これがいわゆる鴉天狗か。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
「だ、旦那、大丈夫ですかい?」
息の上がる一馬を見て猿彦が慌てて竹筒に入った水を差し出す。
それを飲んだ一馬はふうっと息をついた。
「わはは、なんという体たらくだ。それでこの鞍馬に挑もうとは片腹痛いわ。牛頭、馬頭、何ゆえこのような者を我が元へ連れてきおった」
「……まあやってみろ」
牛頭も馬頭も一馬が馬鹿にされて、喜んでいいのか腹を立てていいのか分からなくなって微妙な表情だ。
「はあ、やっと落ち着いてきた。じゃあ鞍馬さん、さっそくはじめようか」
一馬はニコリと笑って草薙の剣の柄を握る。
――おーい、カズマ、我の出番が少なくないか?
ごめんよ朱雀、普段そうそう剣を抜いてはいられないだろ?
――それはそうじゃが、どうも忘れられておる気がしてな
忘れてるわけじゃないんだけどさ
――なら良いが。で、此度はこの天狗とか
そうなんだよ。なんか勝たないと情報を教えてくれないらしくて
――なかなか面白そうな相手じゃのう
どんな感じの相手なんだろうね
――天狗といえば武芸百般に通ずるもの、と相場が決まっておる
ならかなりの強敵だね
「ふむ、面白い。一馬とやら、お主なかなかやりそうだな」
一馬の様子を見て鞍馬は何かを感じたのだろう。
真剣な表情になって横の鴉天狗から長い鉄杖を受け取った。
鉄の杖か。間合いが遠いし当たると痛そうだな
――なかなか厄介な獲物じゃぞ、あれは
懐に潜り込まなきゃだめだよね
――まずは相手の攻めをうまく受け流すことよの
そうだね
「颯天の剣」
一馬は草薙の剣を抜いて構え、小さな声で呟いた。
「では行くぞ、一馬」
そういうと鞍馬は持っていた杖をぐるぐると回転させ始めた。
こうしてみると、剣や刀で戦う上で棒術というのは実に厄介な相手であることが分かる。
まず何と言ってもリーチが長い。
これは戦う上でとてつもない利点となる。
相手が届かないところから攻撃できるのだから当たり前だ。
しかもどこから攻撃が飛んでくるのか分からない。
剣や刀のように持ち手と刃が分かれていないのだから。
まさに融通無碍、予測も対処も困難を極める。
しかも鞍馬は武芸百般に通ずるというだけあって手練れだった。
右からも左からも、さらに上下からも攻撃が飛んでくる。
ブン!
足元を狙う鉄杖を一馬は飛んで避ける。
間をおかず鞍馬は次々と攻撃を繰り出してくる。
一馬はそれを正確に受け止め、流し、払い、避けていく。
朱雀の颯天の術のおかげで単に速度だけでなく動体視力や反応速度まで上がっているようだ。
ほう、これはなかなか……
鞍馬は内心舌を巻いていた。
この鞍馬の攻めをここまできっちり受けて見せるとは。
この男がここまでやるとは思っていなかったからだ。
面白い、まるで御剣武尊命ではないか。
鞍馬はかつて剣の名手として名を馳せたという御剣武尊命と戦えなかったことを残念に思っていた。
鞍馬が一人前の天狗になった時にはすでに亡くなっていたからだ。
だからその武尊命もかくや、と思わせる一馬が現れ戦えることに喜びを感じていた。
うーん、これはちょっとしんどいぞ。
一方、一馬は焦っていた。
颯天の剣のおかげで鞍馬の攻撃には対処できているが、普段の倍ほどの速さで動いている分スタミナの消費が激しい。
これは長くは続けられないと感じた一馬は朱雀に話しかけた。
朱雀、これどうしたらいいかな?
――だいぶ苦戦しておるの
うん、早いし、隙がない
――ここで念が使えればのう
念かぁ、使えたら何ができる?
――そうよの、まずは今の一撃を倍の力にするなど容易い
それはいいな。具体的にはどうすればいいんだろ
――カズマはすでに充分な気を持っておるゆえ、それを強く固めるように念ずればよい
どれぐらいの感じで?
――力を増す程度なら気はそれほど必要とせん。わずかでよいからそれを小さく、硬く固めて剣の柄に込めるのじゃ
やってみるよ
一馬はまず気を集める。
といっても鞍馬の攻めに対処しながらなのでその量は大したことはない。
それを小さな塊になるようにイメージする。
もっと小さく、もっと硬く。
パチンコ玉のような気の塊ができた。
これを柄に込めるんだな。
一馬はその小さな玉を丹田からゆっくり移動させ、柄に込める。
ガン!
「おお?!」
鞍馬は驚いた。
突然一馬の剣の一撃一撃の威力が増して、鉄杖が弾かれたのだ。
重くなった、という感じだ。
それまで攻めていたのに急に防戦一方になる。
急な変化に鞍馬は焦る。
「ならば、これでどうじゃ!」
鞍馬は必殺の突きを放った。
いままであえて使わなかった鞍馬の得意技だ。
この突きがまともに当たれば骨は砕け、下手をすれば命に係わる。
しかし一馬はそれにも対応した。
鞍馬の杖が突いてくるのに剣を添わせ、それを滑らせて流すと同時に間合いを詰める。
これが普通の力なら弾かれていただろうが、念のこもった剣はその勢いに負けずうまく鉄杖を逸らした。
「ぬうっ」
鞍馬は慌てて杖を引くが颯天の術を使う一馬相手には間に合わない。
そのまま一馬は相手の懐に入り剣を鞍馬の首筋にあてた。
「ま、参った」
鞍馬は負けを認めた。
一馬は剣を引いたが呼吸が荒い。
何とか成功したね
――この土壇場でよくやったの
あれが出来ていなかったら危なかったよ
――さすがは天狗じゃ、腕が立つの
「一馬とやら、お主相当な腕よな。感服した」
鞍馬は潔く頭を下げた。
「いえ、これは剣の力です」
草薙の剣を鞘に戻し、一馬は首を振る。
「剣の力、とは?」
「これは神器の草薙の剣なんです」
剣を見せると鞍馬は目を見開いた。
「その柄に嵌められた紅玉、それは真に草薙の剣か」
「はい」
「そうか、あの御剣武尊命が用いたという。なるほど、しかしその剣を使いこなすお主の腕、やはり大したものじゃ」
納得したように頷くと、皆を見回して鞍馬が言う。
「儂に聞きたいことがあるとか。まずはこちらへ参られよ」
一馬たちは鞍馬の後についていく。
「さすがは旦那だ、天狗に勝っちまった。ほんとにすげえ」
「当たり前でしょ。一馬さまは特別なんだから」
「でもあれ、本当に草薙の剣なのか?」
「そうよ、あんた一馬さまに付いていてそんなことも知らなかったの?」
「知らなかった。一馬の旦那は本当に大したお人だぜ」
「……」「……」
猿彦と美幸が一馬を褒めるのを聞いて、牛頭と馬頭は微妙な顔をしている。
その牛頭の肩の上では管狐と豆狸がひそひそと話し合っていた。
「豆狸、これは思いもよらぬ拾い物、この一馬という男なら彩姫様をお助け出来るに違いありませぬ」
「せやな、そのあと上手いこと言うて彩姫様の家臣にしてもうたらええねん」
どうやらこの2匹、なかなかの曲者のようだ。
しばらく鞍馬についていくと、山小屋についた。
竪穴式ではなくちゃんとした木の小屋だ。
このあたり人よりも文化レベルの高い生活をしているらしい。
「で、この鞍馬に聞きたいこととは何だ」
鞍馬は一馬たちを小屋に招き入れ、囲炉裏端に座らせて鴉天狗にお茶まで出させたのち聞いた。
「実は皇龍の一族であらせられる彩姫様が、この辺りで鬼の一族に捕らわれました。ひいては鞍馬さまにその鬼の心当たりがないかと」
一馬に代わって美幸が真面目モードで言う。
どうも通常モードとギャップがありすぎて戸惑うな。
「人を統べる者など我ら地の神に連なる民には何の縁もないが、一馬との約は守らねばな」
鞍馬はしばらく考え込んでいたが、何かに思い当たったようだ。
「鬼の一族でこの辺りを縄張りにし、なお人をさらうとなれば」
一馬たちは鞍馬の言葉にじっと聞き入る。
「この山より西に下った谷に夜叉という鬼がおる。この夜叉がこのところ酒呑童子の命を受け、何やら妙な動きをしておると聞いておる」
酒呑童子――
その名を聞いた途端、猿彦や美幸、さらには牛頭馬頭までもが息をのんだ。
それを見て一馬が鞍馬に聞く。
「その酒呑童子というのは?」
「酒呑童子はこの南之国のさらに南にある、鬼ヶ島とよばれる鬼の国を統べる王だ。永く国を治めておった羅刹という鬼を倒し鬼の王となった」
その言葉に猿彦が続いた。
「旦那、酒呑童子を知らないものはこの南之国にはおりやせん。どんな悪ガキだってその名前を聞いたら泣き出す、って具合でさあ」
美幸も一馬に説明する。
「羅刹が王であった間は鬼はあまり人と関わりを持つことはありませんでした。しかし酒呑童子は人を憎み、しばしば人里を襲っては宝を奪ったり娘を連れ去ったりしているのです」
「そうか、そいつの命令で夜叉っていう鬼が彩姫さまを連れ去った可能性が高い、ってことだね」
一馬の言葉に鞍馬がうなづいた。
「この辺りでさらわれたというならそれが一番考えられよう。一馬、お主助けに行くつもりか?」
「ええ。行こうと思っています」
それを聞いて、鞍馬が一人の鴉天狗を呼んだ。
「義経、これへ」
「ははっ」
一馬たちの前でその鴉天狗は片膝をついて頭を下げる。
「この鴉天狗は義経という。なかなか頭が切れ、弓をよく使う。これをお主らの道案内に付けよう。良いな義経、一馬たちに付いて皇龍の娘を救う手助けをせよ」
「ははっ、義経と申す。鞍馬さまの命により、お手伝いをばさせて頂きまするのでよろしくお頼み申す」
顔を上げたその義経と呼ばれた鴉天狗の顔を見て、一馬は心底驚いた。
なんてこった、ヨシと瓜二つじゃないか!
頭に皿がないとはいえ、人に化けた姿は友人で河童とのハーフだった河野義則と一卵性双生児と言っていいほど似ている。
口がアヒル口なところまでそっくりだ。
……なるほど、河童も鴉天狗も本性はくちばしがあるからか。
それにしても性格は真面目そうで全く似てないみたいだな。
「あの、よろしくお願いします」
多少ぎこちない挨拶になってしまったのは仕方ないだろう。
その晩は鞍馬のもとで泊めてもらい、翌日の朝一行は出発することになった。
「鞍馬さん、いろいろお世話になりました。案内の方まで付けてもらってすいません」
「よい、それより首尾よく済んだ後、またここを訪ねてくれ。ぜひもう一戦手合せ願いたい」
「それは是非。きっとうかがいます」
「うむ、心待ちにしておるぞ。義経、よく励めよ」
「畏まりましてございます。一馬殿、参りましょう」
うーん、その顔で真面目に話しかけられてもなんかピンとこないなあ。
「では鞍馬さん、行ってきます」
一馬たちは夜叉が住むという谷へ向かって歩き出した。
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