第4章第1話 「クダギツネとマメダヌキ」
前回のお話:御剣の武威を再興するため草薙の剣を探していた御剣美幸は一馬と出会い、自分の力では草薙に封じられた朱雀と通じ合うことが出来ないことを知ってショックを受ける。しかし美幸はいつか草薙の剣を使うことが出来るようになるために一緒に旅をさせて欲しいと頼み、一馬と共に旅をすることになった。また猿彦もついて行くことを望んだため、一馬は美幸の式神である牛頭と馬頭も合わせた5人でスサノオを祀ってあるという社を目指して飛鳥の町を離れることになった。
草深い野にある人気のない社の境内。
倒木の上で一匹の小さな狸が寝ころんでいる。
体長はおよそ10センチ、大きさからすると生れたての小狸だが、見た感じはどうもおかしい。
すっかり大人の狸、というより物語の挿し絵に出てくるような姿かたちに立派な袋もついている。
しかもその狸、片肘をついて横向きに寝転んで、もう一方の手には徳利を持っている。
見た目は信楽焼きの狸そのまんま、完全にオヤジの仕草だ。
「あー、ええ風やなあ。なんや眠なってきたな」
目がトロンとしている。
どうやら昼間から酔っぱらっているようだ。
そこへもう一匹の獣が現れた。
「ああ、またこのバカ狸、あれほど飲んではだめだと言ったのに!」
甲高い声で叫んだこちらは小さな狐。
狐といっても、その大きさは約5センチ、どう見ても普通の狐にしては小さすぎる。
「うるさいなあ、そんなにガミガミ言わいでもよろしいやん」
「豆狸、あんたって奴はこんな時にまでお酒なんか飲んで! ああ、こうしてる間にも彩姫様がどのような目に合っておられるか。ワタクシがこれほど心配してるというのにあんたは」
「そんなん言うたかてここへ来ればなんとかなる、言うたんあんたやがな」
「あんた、他人のせいにしようっていうの、大体あんたはいつだって……?!」
「……!」「……!!」
2匹は口争いに熱中していたが、知らぬ間に草むらの間から二人の男女がこちらを覗き込んでいるのに気付いて硬直したまま黙り込んだ。
「……」「……」
2匹は凍りついたように黙って動かない。
その時その人間たちが口を開いた。
「うわー、かわいい! たぬきさんにきつねさんだぁ」
「驚いたな、こんなところに管狐がいるとは」
その二人の声を聞いて2匹は腰を抜かすほど驚いた。
「な……! あなた、なんでワタクシたちの姿が見えるの?」
「なんやおかしいなあ、隠れ身の術が効いてるはずなんやけど」
「大体、アナタなんでワタクシの名前を知ってるの?!」
そう、覗き込んでいたのは一馬と美幸だった。
一馬も美幸も姿を隠したり何かに化けた物の怪を見抜く特別な力を持っている。
管狐はそんな一馬を指さして問いただした。
「いや、知り合いに管狐を式神に使ってる人がいてね」
「そうなんですか、さすが一馬さま、色々な方とお知り合いなんですね」
「わ、ワタクシのほかにも現役の管狐がいたとは」
管狐はそのことにも衝撃を受けていたが、やがて意を決して二人に問いかけた。
「ワタクシは管狐、そこのぐうたらは豆狸と申します。あなた方はどなたですか?」
「俺の名は一馬。この子は美幸さんだ。一緒に旅をしている」
「みゆきだよ、よろしくねっ」
「カズマどのにミユキどのですか。よろしくお願い致します」
「かずまはん、みゆきちゃん、よろしゅうに」
管狐と豆狸は一馬と美幸に頭を下げた。
「管狐、君は誰かの式神じゃないの?」
一馬にそう聞かれ管狐はしばらく悩んでいたが、やがて意を決したように豆狸に話しかける。
「豆狸、この方達に事情をお話ししようかと思うのだけどどう思う?」
「わいはええんちゃうかと思うけどなあ。みゆきちゃん、かわいいし悪い娘には見えへん」
豆狸は美幸を見て鼻の下を伸ばしている。
どうやら管狐はまじめで神経質なのに対し、豆狸は女好きなようだ。
「ではワタクシからお話しいたします。お二人ともこちらへお掛けください」
管狐は自分たちが言い争っていた倒木に腰かけるよう二人に促した。
「カズマどののおっしゃる通り、ワタクシたちはさるお方の式神でございます。そのお方から命を受けて旅しておりました」
「さるお方の命、って誰のどんな命令?」
「今はまだその方の名は申せませぬ。命とはそのお方が悪者どもに捕えられたため、救出のお手伝いをして頂ける方をお探しせよというものでございます」
管狐は厳しい表情を浮かべて一馬に言った。
それを引き継いで豆狸が説明する。
「わいらの主は、スサノオさんの社へ行けば手を貸して頂ける方に出会える、言わはってわいらを逃がさはったんです。で、このキツネがそれはきっとここや、言うんで来たんですけどだーれも居はらしません。で、揉めてたんですわ」
「なるほど、誘拐か。それは放っておけないな。僕らに出来ることはあるかい」
「よかったね、クダギツネちゃん、マメダヌキちゃん! 一馬さまが手伝って下されば百人力よ」
「それは、有り難うございます。しかしどこまでお話ししていいものか」
管狐はまだ一馬たちを信用しきれていないようだ。
「とにかく、もうすぐ日も暮れることだし、向こうでご飯でも食べながらゆっくり話をしよう。あっちに仲間がいるんだ」
「それはよろしいな、熱燗なんかあるともっとよろしいんですけど」
一馬の提案に管狐が答える間もなく豆狸が乗った。
「旦那、いかがでした? 何か手がかりはありやしたか……そ、それは?!」
戻ってきた一馬と美幸に話しかけた猿彦は、一馬の肩の上に乗った狐と狸に気付いて目を見張った。
「ん? 一馬の野郎とみゆき様が戻って来たって? お、管狐と豆狸じゃねえか」
「牛頭に馬頭、あんた達ここでいったい何をしているんですか?」
管狐たちと牛頭、馬頭は顔見知りだったようだ。
「あ、いや、俺たちはちょっとそのみゆき様の式神をな」
「……お護りしている」
「あんた達が式神? ミユキどのにそれほどの念力があるとは到底見えないのだけれど」
「牛頭と馬頭が従うんやったらみゆきちゃんもなかなかのもんやなあ」
どうやらこの二人を式神として使うのはかなり凄いことのようだ。
「旦那これはなんでしょう。あっしにはキツネやタヌキがしゃべるとか、式神とか、もうチンプンカンプンで」
猿彦は目を白黒させている。
「ごめん猿彦、そうだよね。この管狐や豆狸は式神といって人に仕える地の神なんだよ」
「地の神、ってことは物の怪ですかい!」
「物の怪とは失礼な。ワタクシたちはこれでも立派な神です。口を慎みなさいサル顔」
「せや。大体自分かてそないに上品な顔してへんやろが」
2匹にかかればボロクソだ。
「まあ猿彦、2匹とも人に危害を加えたりしないから大丈夫だよ」
「一馬の旦那がそうおっしゃるならいいんですが」
ボロクソに顔のことを言われて不服そうだが猿彦は一応納得したようだ。
「で、カズマどの、あなた様はいったい何がお出来になるのですか?」
「一馬さまはね、すごいんだよ! なんといっても朱雀さまを使うことが出来るんだから!」
一馬が答える前に美幸が自分の事のように威張って答える。
「す、朱雀とはあの四神の朱雀さまですか!」
「なんてこっちゃ、そらえらいことやで!」
2匹とも美幸の言葉に仰天した。
当然だ、四神といえば地上にいるあらゆる神の中でも最も上位の存在に入るのだから。
「あ、朱雀を式神にしている訳じゃないよ。ただ力を貸してもらっているだけだよ」
「そ、そうですよね、それでもとてつもないことですが」
「せやったら、そのお腰の剣はひょっとして……」
「じゃじゃーん、その通り、これはかの有名な草薙の剣でーす!」
また一馬より先に美幸が答えてしまう。
いいんだろうか、こんなにペラペラ喋ってしまって。
一馬の困惑をよそに、2匹の式神は強い感銘を受けたようだ。
「これは間違いないとおもいませんか、豆狸」
「せやな、このお人や」
2匹は頷きあうと、一馬の前で揃って頭を下げた。
「カズマどの、大変失礼をいたしました。すべてお話しいたしますのでお聞きください」
「わてらの主、それは皇龍の一族にして暁の皇子様の御姉上にあらせられる彩姫さまでいらっしゃいます」
「皇龍の彩姫様……!」
2匹の告げた名前を聞いて、美幸は息をのんだ。
「さようにございます。彩姫様は暁の皇子様のお力添えをして頂ける方をお探しになるため、我らを供として密かに都をお出になられ、この南之国まで旅をなされていらっしゃったのです」
「で、この近くまで来はった時に運悪く鬼の手に掛かり囚われの身となってしまわはりました」
「彩姫様は鬼めに連れ去られる途中で我らを逃がし、力をお貸し頂ける方を探せと仰ったので御座います」
「鬼にさらわれたのか」
「さようでございます。女の鬼でございました」
一馬はまだ鬼というものを見たことがなかった。
すると一馬が悩むより早く、美幸が一馬を見つめて話しかけた。
「一馬さま、わたくしからもお願いでございます。彩姫さまをお助けするのにお力をお貸しください」
「どうしたの? みゆきちゃんの知り合い?」
「いえ、そうではございません」
美幸の目はいつになく真剣だ。
「前にも申し上げました通り、わたくしは御剣の武威を再興させることを目指しております。御剣は「皇龍の剣」という意味でこの名を授かりました。皇龍の姫君である彩姫さまを見殺しにする訳には参りませぬ」
「そっか、わかった。管狐、豆狸、手伝うよ」
「カズマどの、ミユキどの、ご助力感謝いたします」
「ほんま助かります、ありがとうございます」
2匹は一馬と美幸に頭を下げて礼を述べた。
話が一息ついたところでみんなで食事をしながら相談することにした。
「で、その鬼っていうのはどこに住んでるんだ?」
「それが、皆目わからへんのです」
「それじゃ助けるも何もないよね? どうするの?」
美幸の言葉に2匹ともしゅんとなる。
「うーん、場所が分からないんじゃ難しいなあ」
「あんまり時間もかけたくないですからね」
みんなで悩んでいると、珍しく牛頭が口を開いた。
「……鞍馬はどうだ」
「おお、天狗の奴か! 確かにあいつならいろいろ知ってそうだ。でもなあ」
馬頭の言葉に猿彦が反応する。
「天狗? 今度は天狗が出てくるのかい? 勘弁してくれよ」
「その鞍馬っていうのは?」
一馬の言葉に馬頭が嫌そうに答える。
まだ一馬にやられたことを根に持っているようだ。
「ふん、鞍馬っていうのはな、天狗の総元締めみたいな奴でこの辺りの事にはめっぽう詳しいんだよ」
「……ただ性格が悪い」
「性格? それってどういうこと?」
美幸の質問には馬頭は素直に答える。
「ああ、鞍馬っていう天狗は自分の武芸に絶対の自信を持っている嫌な奴で、頼みごとをすると必ず手合せしろって言ってくるんだよ」
「……勝たないと何も教えない」
「それなら大丈夫だよ。だって一馬さまがいるもの。でしょ?」
「まあ、一馬もそれなりにはやるけどな、フン」
馬頭はどうしても負けが受け入れられないようだ。
「じゃあ明日さっそくその鞍馬っていう天狗のところに行こう。案内してくれ」
「いいよね、牛頭ちゃん、馬頭ちゃん」
「……わかった」
「はあ、仕方ないな」
美幸の言葉には逆らえない牛頭と馬頭だった。
翌日。
「はあ、はあ、まだ遠いのかい」
「旦那、大丈夫ですかい」
岩だらけのきつい山道を苦しそうに歩く一馬を猿彦が気遣う。
「馬頭ちゃん、まだ遠いの?」
「もう鞍馬の住処には入っていると思います。もうじき現れるかと」
一馬の問いには答えなかった馬頭だが、美幸の問いかけには素直に答える。
「しかし急な坂道でございますね。これでは会いに行くだけで一苦労ですよ」
「ほんまや、こんなんたまらんで」
牛頭の肩の上で管狐と豆狸が文句を言う。
「だいたいお前ら一歩も歩いてねえだろうが!」
「それでも乗り心地が悪いんですよ。ワタクシは繊細にできておりますので」
「せやせや、可愛らしいワイらにとってはこんなん大事や」
「……うるさい」
牛頭馬頭と管狐、豆狸のコンビ対決はなかなか決着がつかないようだ。
第1話冒頭に出てきた管狐がやっと帰ってきました。
豆狸の大阪弁は船場言葉を少し意識して書いています。