第3章第4話 「美幸との出会い」
いよいよ一馬と美幸が出会います。
草薙の剣誕生の秘話も明らかに……
「旦那、どうでした?」
「いや、なんかすごいお爺さんだったけど何とか引き受けてもらえたよ」
「そりゃあ良かったですね」
一馬は猿彦には取り合えず天津麻羅が鍛冶の神様だったことは伏せておいた。
いろいろ説明が面倒だったからだ。
「これからなんでやすが」
「うん、どうしようか」
「イサキさん達が夕餉は一緒に、と言ってましたが」
「晩ご飯か、いいね。場所は分かるの?」
「泊まっている場所は聞いてますんで」
「じゃあ行ってみようか」
一馬と猿彦はイサキたちが泊まっている宿を訪ねた。
「おお、一馬さん、あそこの調子はどうだい?」
「ああ、おかげさまでお尻はだいぶ良くなりました」
「そうかい、そりゃあ良かったな」
「ご心配お掛けしました」
一馬が照れて頭を掻くと、皆が声をあげて笑った。
イサキたちのいるここは宿といってもやっぱり竪穴式住居だ。
やはり木の板がないと建物は建てれないよな。
天津麻羅に頼んだ試作品が上手くいけば、この辺りの生活もガラッと変わるかもしれない。
そう考えると一馬はワクワクしてきた。
そう言えばカンナも欲しいよな、明日天津麻羅さんに頼んでみよう。
「で、イサキさん達の仕入れは上手くいったんですか?」
「いやぁ、何を仕入れるのがいいのかなかなか難しいよな」
「そうですね、品揃えが商売の肝になりますからね」
「だよなあ。そこいら辺が難しくてよ、みんな持ってきたものを売るのと、何を仕入れるか考えているうちに一日終わっちまった」
「じゃあ結局あまり仕入れは出来てないんですね」
「まあそこは明日だな」
「みんながバラバラに仕入れると、扱う商品が被ってお互いに競い合わなきゃいけなくなります」
「言われてみりゃそうだな」
「だから誰が何を扱うか、出来るだけ話し合って重ならないようにするといいと思います」
「おお、参考になるぜ。今夜さっそく皆で話し合ってみるか」
「で、実はイサキさんにぜひ扱ってほしいものがあるんですが」
「俺にかい? いったい何でえ」
一馬は鋸と鉋の話をイサキに聞かせた。
「するってえと何かい? そのノコギリとカンナ、って奴があれば木の板が作れるって訳かい」
「まあ鋸も実物はまだ出来てないし、鉋はまだ鍛冶屋さんに相談もしてないんですけどね」
「でもそれが出来れば木の板作るのが簡単になる、そうなりゃ」
「みんな木の家に住めるようになりますし、田の水路を作るためなんかにも使えます」
「そりゃあ楽しみだね、ぜひそのノコギリとカンナって奴を売ってみたいもんだ」
「あした試作品を見に行ってきますよ」
イサキも興味を持ったようだ。
それも当然だろう、もしうまくいけば世の中が大きく変わるかもしれないのだ。
その後、一馬やイサキ達は一緒に夕食を取った。
さすがに都会だけあって、鶏や卵などの食材も豊富だ。
一馬はそのままイサキ達と同じところに泊まることにした。
猿彦はぜひ家に泊まってくれと言ったが、久しぶりの夫婦水入らずを邪魔しないように。
夕食の後、一馬はイサキたちの話し合いに参加した。
「なるほど、お互いだいたい何を売るかを決めておけば楽だな――」
「でもそうなると何がいいか悩むねえ――」
「俺は決めたぜ、木工道具や農具、そこいらを売ろうと思うんだ」
「イサキさん、木工道具を売るのもいいですが、それで作った木の板を売ればどうですか?」
「えっと、俺が木の板を作って売るのかい?」
「いえそうじゃなくて、イサキさんが仕入れた道具を職人さんに売りますよね」
「おう、それがしてえんだよ俺は」
「でも鋸や鉋ってそうそう買い替えるものではないと思うんですよ」
「まあ、そういやそうかな」
「だからその職人さんに木の板を作ってもらって、その木の板をイサキさんが仕入れて売る、と」
「おお、そりゃいいな!」
「でしょ? その木の板を使ってみんなが木の家に住んだらどうなると思いますか?」
「そ、そりゃあ、きっとものすごく売れるよな」
ゴクリ。
イサキはみんなが木の板で家を作って住むにはどれぐらいの板を使うか想像して固唾をのんだ。
「家以外にも木の板は色々使えます。きっと南之国じゅうで売れますよ」
「イサキさん、俺にもそれやらせてくれよ!――」
「お、俺もやってみてぇ――」
「あ、いや、でもそれじゃあ売り物がかぶっちまう」
そうだなあ……
一馬はしばらく黙って考える。
木の板は用途が多いし、誰もが憧れるだろうからニーズはきっと大きい。
そういう意味ではある程度大規模にやった方が効率がいいかもしれないな。
個人商店よりは生産から販売まで一貫してする会社みたいな感じがいいか。
そう考えて悩むイサキにアドバイスする。
「いいんじゃないですか? 一緒にやればいいんですよ。葛城村は山に近い。あそこは針葉樹が生えていますよね」
「しんようじゅ?」
「ええ、杉や檜のように葉っぱが広くなく、針のようにとがっている木です」
「おう、葛城村の周りにそんな木ばっかり生えてる山があるぜ」
「確か、そういう木の方が板を作るのに向くんだったと思います」
「へえ、そうなのか」
「ええ。木の板はきっとすごく売れるでしょう。だったら作る所から売る所まで一貫してイサキさん達がやればいい」
「えっと、良く分かんねえな」
「まず山へ行って木を切る人を雇いますよね」
「おう、木を切る奴は必要だわな」
「その切った木を町まで運ぶ人も、それを板に加工する職人さんも必要です」
「だからその職人にノコギリやカンナを売る、って話だろ?」
「それもいいんですけど、それより職人を雇って道具を貸して、出来た木の板を売るのはイサキさん達がやるんです」
「それだと職人はおまんまの食い上げだろう」
「ええ、ですからその職人さんたちにイサキさん達がお給料を払うんです」
「オキュウリョウ?」
「えっと、なんていうか、例えばひと月に必ず銀10粒、とか決めて払うんです」
「それじゃ土蜘蛛にされてたのと一緒だ。そんなことしたら俺たちが大損だろ?」
「いえ、その代わり何枚木の板が出来てもそれはイサキさん達のものです。だからたくさん売れたらイサキさん達はどんどん儲かります」
「そううまくいくもんかねえ――」
「ちょっと眉唾だな、そりゃあ――」
「大丈夫ですよ、俺のいたところではそれが当たり前だったんです」
その後一馬はイサキ達により細かく商売のことを説明した。
深夜まで丁寧に話をしたおかげで、ある程度はイサキ達も理解してくれたようだ。
夜更かしのせいで、翌日一馬は昼前に目が覚めた。
「よう一馬さん、やっぱり疲れてたんだな、良く寝てたぜ」
「すいませんイサキさん、寝坊してしまいました」
一馬はイサキ達が取っておいてくれていた朝食を食べた。
「俺はこれから鍛冶屋さんのところに行ってきます」
「お、楽しみだな。俺たちはいろいろな店をまわって木の板がどれぐらいで売れそうか聞いてくるよ」
イサキ達は一馬の話を聞いて、かなり乗り気のようだ。
一馬はイサキたちと別れ、一人で鍛冶の神である天津麻羅の元へと向かった。
「こんにちは、昨日うかがった一馬です」
一馬が天津麻羅を訪ねて家の中に入ると、天津麻羅の前に一人の少女が座っていた。
「ほほ、来たか一馬」
「天津麻羅さま、その人は?」
一馬が天津麻羅に問いかけると、少女は一馬に向いて深々とお辞儀をした。
「渡辺一馬様でいらっしゃいますね、わたくしは御剣美幸と申します」
「御剣……というと、御剣武尊命の子孫にあたる方ですか?」
一馬は驚いた。
探していた人が急に目の前に現れたのにも驚いたし、その人が明らかに自分よりも年の若い少女だとは予想もしていなかったからだ。
「ほほ奇妙よの、草薙が久方ぶりに我がもとへ参ったと思えば、間を置かずしてその一方の神無威の小太刀までが来ようとは」
「神無威の小太刀?」
「さよう。スサノオに草薙が真二つに折られたのは話した通り。その折れた他方を我は鍛え、神無威の小太刀を造ったのじゃ」
「これにございます」
美幸は目の前に置いていた一本の小太刀を一馬の方に押しやった。
「神無威の小太刀、ってことはこれって」
「そうじゃ。お主の持つ草薙の神無威の刃と同じく、神や妖しは斬れるが現のものは斬れぬ」
天津麻羅は懐かしそうな表情を浮かべながら話を続けた。
「我の鍛えし草薙の剣と神無威の小太刀の二振りは、共にスサノオより武尊命へ与えられた」
それを受けて美幸が話を続ける。
「我ら御剣に伝わる話によりますと、我が祖御剣武尊命はこの国を建てたのち、何処かに開いた黄泉の国への口を神器草薙の剣をもって人知れず封じたと」
「黄泉の国って……」
「人が死した後行くとされるツクヨミがいさめる国じゃ」
「なるほど」
ひょっとしてあの洞窟がそうだったのかな、と一馬はちらりと思ったが、あえてここで口にはしなかった。
「そして武尊命は御剣の家にこの神無威の小太刀を家宝として残しまして身罷りましたが、神器である草薙の剣を失ったとして御剣の威は失われ、この国が荒れ魑魅魍魎が跳梁することとなったのでございます」
「そう言うことでしたか」
「はい。そしてわたくしは御剣の家を継ぐ者として御剣を再興し、皇龍を助けこの地を治める為に草薙の剣を探す旅をしておりました」
「してその途で神無威の小太刀を砥がんがため我を訪ね、一馬が草薙を持って現れることを知り待っておったという次第じゃ」
「そうだったんですね」
美幸は真剣なまなざしで一馬を見つめて言う。
「一馬さま。お願いがあります」
「な、なんでしょう?」
「草薙の剣をわたくしに持たせて頂けないでしょうか」
「えっと、それはどういう」
「草薙の剣に朱雀様が封じられていらっしゃることは無論存じております。その朱雀様と通ずることが出来るのは強い念を持つ者だけであるという事も」
「あ、そうだね」
「一馬さまが朱雀様と通じていらっしゃることは天津麻羅様よりお聞きしております。しかしわたくしも御剣の血を引く者、念の強さには自信がございます」
「そうなんだ」
「ですのでまずは、わたくしが朱雀様と通ずることが出来るや否やを試させて頂き、もし出来たなら何卒わたくしに草薙の剣をお譲り頂きとう御座います」
「ええっと、草薙を譲るかどうかは朱雀にも聞いてみないといけないんだけど」
「さようでございますか。ではまず草薙をわたくしに持たせて頂けるかどうかを朱雀様にお尋ねいただけますでしょうか」
「それはいいよ。ちょっと待ってね」
一馬は草薙の剣の柄を握り、朱雀に問いかけた。
朱雀、今の話聞いてた?
――無論
どう思う?
――持たせてやればよい。だが一馬ほどの「念」、一馬の場合「気」じゃが、を持つ者は如何に御剣の血を引くといってもなかなかのう
難しいかな?
――まずは一度、持たせてみてはどうじゃ
もし話出来たら、この剣を彼女に預けて俺は元の国に帰ってもいいかな?
――それも全てまずはその小娘と話してみてからだな
そうか。じゃあ渡してみるね
「朱雀はいいと言ってるよ。どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
一馬は草薙の剣を美幸に手渡した。
それを両手で受け取る美幸の手は緊張のせいか小刻みに震えている。
「その柄を握ってみて」
美幸は眼を閉じ、眉間にしわを寄せながら草薙の剣の柄を強く握った。
しばらくそのまま身じろぎもしなかったが、やがて目を開けるとその瞳に涙を湛え、首を左右に振った。
「何も聞こえませぬ。何も感じませぬ。わたくし如きの力では朱雀様のお声を聞く事はかなわぬようでございます」
美幸は草薙を一馬に返し、うつむくと肩を小刻みに震わせて嗚咽を漏らした。
剣を受け取った一馬はそれを見て声を掛けることも出来ない。
――やはり無理だったな
全然ダメ?
――それなりに念は使えるようだがな。いかんせん力が足りぬ
かわいそうに、何とかならない?
――こればかりはどうともならん。カズマ、お主が慰めてやれ
なんて言えばいいんだよ。それちょっとハードル高いよ
一馬が朱雀と声に出さずに話をしている間も美幸は泣き続け、天津麻羅は素知らぬ顔で神無威の小太刀を抜いて眺めている
うわ、この神様、完全にシカト決める気だよ
――わはは、やはりここは一馬の出番じゃ
「えっと、美幸さん」
「……」
「そんなに落ち込まなくていいんじゃないかな」
「……」
「朱雀も美幸さんにはかなりの力がある、って言ってるよ。ちょっと足りなかっただけで」
「一馬さまはそれほど心やすく朱雀様とお話がおできになるのですね」
美幸は顔を上げて一馬に向かって言うと、またうつむいて泣き出した。
あちゃあ、完全にやぶ蛇だよ
――カズマ、女子の扱いに慣れておらぬな
どうせ彼女いない歴=年齢ですよ。すいませんね!
――ワハハ
心の中で朱雀と下らないやり取りをしながらも、一馬は心底困っていた。
泣いている女の子の慰め方なんて知らないよ。
すると美幸がうつむいたまま一馬に問いかけた。