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第3章第2話 「式神契約」

特定のモデルはおりません。

 

 一馬から逃げた牛頭と馬頭は森の中の大きな木の根元で座り込んでいた。


「ちきしょう、あいつめ、好き放題やりやがって」

「……金剛の術が効カなかった」

「まあ俺様はアレだがな、2、3発はいいの入れてやったがな」

「……そうは見えなかったが」

「そりゃああれよ、俺様の攻撃が速すぎて見えなかったのよ」

「……ふん、見栄張るな」

「ま、まあ、確かにあいつもちっとばかし速かったがよ」


 二人は落ち込んだ様子で黙ってしまう。


「牛頭、傷の具合はどうだ?痛むか?」

「……大丈夫。お前は大丈夫か」


 お互いを気遣うあたり、結局仲の良い二人のようだ。


「まあ今日は日が悪かったんだ。たまたま変な奴に絡まれてよ」

「……絡んだのはお前だろう」

「なんだと? テメエだって止めなかっただろうがよ!」

「……止めても聞かないだろうが」

「まあいいや。しかしアイツ、なんで御剣武尊命の子孫なんて探してたんだろうな?」

「……分からん」

「でも今日であいつのやり口は分かった。頼んない振りして裏をかきやがるんだ」

「……こっちが軽く見ただけだが」

「でも速さ以外はたいしたことねえし、次は負けねえ」

「……俺はもうやらん」

「うん、そうだな……それにしてもあんな奴に出くわすとはついて無い日だぜ」

「……全くだ」

「はあ……あちこち痛えなあ」


「あの……」


 思い出して落ち込む二人に、声を掛ける人影。

 うつむいていた二人が顔を上げると、一人の少女が立っていた。

 14、5歳の伸ばした美しい黒髪を左右で括った愛くるしい少女だ。

 旅装に護身用だろうか、腰には小太刀を下げている。


「なんだ? 俺たちに何か用か?」

「え、いえ、すいません」


 馬頭がきつい声を掛けると、少女はびくっとして涙目になる。

 口元に手を当てて涙ぐむ姿はなんともはかなげで愛らしい。


「あ、いや、済まねえ。怖がらせる気はなかったんだ。どうした? 道でも迷ったか」


 少女が怖がる様子にあわてて馬頭が優しい声を出す。

 この辺り確かに根は悪い奴ではないようだ。

 と、少女は二人に近づいてくる。

 二人の座り込むすぐそばまで来ると、少女はゆっくりとしゃがみこんだ。


「ひどい傷……服も破れて……大丈夫ですか?」


 二人を心配そうに眺める少女。


「ちょっとそこで変な奴に絡まれてな。なかなか腕の立つ奴だったが、返り討ちにしてやったんだ」

「……造作もないこと」


 牛頭馬頭そろってくだらない見栄を張る。

 これだから男ってやつは。


「そうなんですね、でもこんなに傷ついて痛そう。私にお手当させていただけませんか?」


 少女が馬頭の顔を覗き込むようにして聞く。

 その距離の近さに馬頭は思わず目線を逸らす。


「あ、いや、大丈夫だ。このぐらいの傷、大したことはねえ」

「でも……」

「いつも熊やら狼やらともやり合ってるからな。慣れたもんだ」

「……朝飯前だ」


 怪我をするのが朝飯前とか、ずれた見栄を張って断っても少女はひるまない。


「でもこんなに傷ついて、お可哀想に」


 少女が牛頭の腕に付いた傷に優しく手を触れると、牛頭はびくっとする。


「こちらもこんなに痣になって、痛そう」


 今度は馬頭の肩の痣をそっと撫でると馬頭は硬直して動けない。


「放って置くと病気にならないとも限りません。どうか私にお手当させてください」


 少女が真剣なまなざしで真っ直ぐ二人を見つめる。


「まあ、そうまで言うなら頼むか」


 馬頭が少女の顔を見れずに言うと、牛頭も無言でうなずく。

 すると少女は嬉しそうに微笑んで立ち上がった。


「ありがとうございます。ではちょっと水を汲んでまいります。ここで待っていてくださいね」


 笑顔でそう告げると、少女は森の奥へと走って行った。


「なんかあれだな、今日はロクでもない日だと思ったが、そうでもないかもしれんな」

「……悪くないな」


 ともすればニヤけそうになるのを隠して二人は小声で話し合った。

 しばらくして少女は戻ってくると、二人の手当てをし始めた。


「あいててて……」

「……ウッ」

「うふふっ」


 傷に触れられて思わず呻く二人を見て、少女がおかしそうに笑う。


「痛いでしょうけどちょっと我慢してくださいね」

「なあ、名前はなんていうんだ?」

「私は美幸みゆきと言います。お二人は?」

「俺は馬頭、そっちのごついのは牛頭だ」

「……牛頭だ」

「牛頭さんと馬頭さん、お二人ともカッコいいお名前」

「そ、そうか?」


 思わずニヤける牛頭と馬頭。


「それにしてもお前」

「あの、みゆきって呼んでください」

「お、おう。みゆき、俺たちが怖くないのか?」

「なぜですか?」

「いや、俺たち見ての通りゴツイからよ。大抵の奴は近づいてこねえんだ」

「……みんな怖がる」

「えっと、私にはそうは見えないのですけど」


 薬草を石ですり潰したものを塗り、布を巻いて二人の手当てを終えた美幸が不思議そうに首をかしげる。


「お二人とも体は大きいけどとても優しそうな方だな、って思って声を掛けたんです」

「え? ま、まあ確かに俺たちは気は優しいけどよ。なあ牛頭?」

「……違いない」

「でしょ? やっぱり」


 美幸は胸の前で手を合わせて嬉しそうに笑う。

 釣られて牛頭馬頭も思わずニヤける。


「それに、お二人ともすごく強そう」

「そ、そりゃあ強いよ、俺たちは。そこいらの奴にはちょっと負けねえ。なあ牛頭?」

「……俺たちに勝てる奴はそうはいない」

「すっごーい! そんなに強い人、憧れちゃうなあ」


 牛頭も馬頭も胸を張って、さっきまで元気がなかったのが嘘のよう。

 一馬に負けたこともすっかり忘れてしまったようだ。


「それに、すごい筋肉……馬頭さん、ちょっと触ってもいいですか?」

「おお、いいぞ。どうだ? 結構なもんだろうが」


 馬頭は腕を曲げて上腕二頭筋に力を入れる。

 美幸は出来た力コブを触って喜んでいる。


「すごい、かたーい! 牛頭さんもいいですか?」

「……フン」


 牛頭は上半身に力を入れてポーズをとる。

 美幸は胸筋を指先でつついている。


「わぁ、ピクピクしてる。すごーい」


 胸筋を動かしたのが受けて牛頭は得意そうだ。 

 すると笑っていた美幸が急に何かを思い出したようにうつむき、ため息をつく。


「はぁ」

「みゆき、どうした? なんかあったか?」

「いえ、なんでもないんです」

「……言ってみろ」

「お二人を見てたら……いえ、なんでもありません。大丈夫です」

「おい、みゆき、話してみろ。俺たちの仲だろうが。悩みがあるなら相談に乗ってやるからよ」

「……そうだ、気にするな」

「わたし、あるものを探して旅をしているんです。でも女の一人旅なので怖い目に合うことも多くて」

「そりゃあそうだろうな。世の中には物騒な奴も多いからな」

「……気を付けないと」


 二人とも自分達のことは全く棚上げだ。


「で、お二人を見ていたら、こんな強そうな方たちに守ってもらえたら安心なのに、とか考えてしまって。馬鹿ですよね、わたし」


 憂いを帯びた瞳で寂しそうに微笑む美幸。


「馬鹿なんかじゃねえよ。そりゃ女の子の一人旅は怖いだろうし、そう思って当然だ。なあ牛頭」

「……不安になって当たり前だ」

「でもお二人とお話しできてちょっと元気が出ました」

「そ、そりゃあよかった」

「有り難うございます。ではわたし、行きますね」


 美幸は立ち上がり、ぴょこんと頭を下げた。


「お二人にお会いできて嬉しかったです。お元気で」

「……ちょっと待て」

「そ、そうだみゆき、ちょっと待てよ」


 美幸が立ち去ろうとすると無口な牛頭が珍しく自分から口を開き、馬頭も慌ててそれに続く。

 美幸は振り返ると首をかしげて不思議そうな表情を浮かべる。


「なんでしょう?」

「みゆき、俺たちがついて行ってやってもいいぜ。その方が心強いだろう。なあ牛頭」

「……そうだな」


 すると美幸は寂しそうに微笑むと、ゆっくりと首を左右に振った。


「嬉しいですけど、お断りします」

「……何故だ?」

「だってお二人にそんなご迷惑はお掛けできませんもの。それに……」

「迷惑じゃねえよ。それに、なんだよ?」

「それに、長くご一緒するほどお別れの時が寂しくなりますから。ここでお別れした方がいいんです」


 美幸はニコッと笑って、また頭を下げた。


「でもお気持ちは本当に嬉しかったです。私のこと、忘れないでいて下さったら嬉しいです。さよなら」


 そう言うと美幸はくるっと後ろを向いて歩き出す。

 すると牛頭と馬頭は慌てて立ち上がり、美幸を追い抜いて前に回った。


「みゆき、待てよ!」

「なんですか?」

「なんでそんなこと言うんだよ。 誰が迷惑だって言ったよ。 誰が途中で別れるって言ったんだよ!」

「……ずっと守ってやる」

「でも、そんな」

「俺たちに守ってほしいんだろ? だったら素直にそう言えよ。なんでここでお別れなんだよ!」

「だって、わたしなんかの為にお二人にご迷惑をお掛けするわけには」

「……迷惑ではない」


 二人にそう言われると、美幸の目に涙が浮かんだ。

 震える両手を口元に当て、振り絞るような声で語りかける。


「本当にいいんですか? 本当にお二人を頼っていいんですか?」

「だからいいって言ってるだろ!」

「本当にずっとわたしのことを守って下さるんですか?」

「……守ろう」


 すると美幸は感極まったように俯いて何かを呟いていたが、顔を上げると意を決したように問いかけた。


「牛頭さん、馬頭さん、私をいつまでも守り付き従うと誓ってくださいますか?」

「……誓おう」

「誓う。……付き従う?」

「よいでしょう。誓いは成され我とそなたらの契約は成れり。牛頭よ馬頭よ、今この時より我、御剣美幸みつるぎみゆきの式神となりて我に付き従い、我を守れ。この契約は永遠とわと続くものなり」


 美幸は今までの愛くるしい表情とは全く違う真顔で目を閉じ、重々しく唱えながら印を切った。

 突然豹変した美幸の様子に驚いた二人はポカンとただ眺めているだけ。

 すると一瞬、牛頭馬頭の体を白い光が包みこんで消えた。

 美幸は目を開けると満面の笑顔で二人に話しかけた。


「やった、成功したよ。これで二人ともずっと一緒だね!」

「えっと、みゆき、今のはどういう……」

「だめだよー、馬頭ちゃん、もうわたしの式神なんだからちゃんとみゆき様、って呼んでくれないと」

「……式神?」

「そうだよ、今ので二人ともわたしの式神になれたんだよ。……ひょっとして嫌だった?」


 美幸は不安そうな表情で二人の顔を見上げる。


「い、いや、別にその、俺は嫌っていうかあれだけどよ。でもなあ、牛頭?」

「……そうだな」

「良かった! もし二人が嫌だったらどうしようかと思った」


 美幸はすごく嬉しそうに笑う。

 その様子に牛頭と馬頭もつい文句を言えなくなってしまう。

 完全に釣られている。


「じゃあ改めて自己紹介するね。私は御剣美幸、御剣武尊命さまの末裔だよ。御剣の家を再興するために草薙の剣を探してるの。これからよろしくね!」

「え? 御剣?」

「……あ」


 美幸の自己紹介を聞いた二人は同時に一馬の事を思い出して顔を見合わせた。


「二人とも、どうしたの?」

「あ、いや、知り合いが御剣の子孫を探してるって言ってたのを思い出してな」

「どんな人? どんな知り合いなの?」

「……ちょっとした、な」


 牛頭も馬頭もこの期に及んでまだ一馬にやられたことを素直に認められないようだ。


「そうなんだ、それはぜひ会ってみないとね」

「あのよ、みゆき様……って?!」


 馬頭は自分でも意識せず「様」を付けてしまったことに驚いた。


「あはは、馬頭ちゃんってば、式神なんだからわたしの言葉には逆らえないよ。で、どうしたの?」

「あの、俺たち、実は人じゃないんだよ。その、なんというか」

「……地の神だ」

「えー、そんなの分かってるよ。だって人だと式神になってもらえないじゃない」

「知ってたのか?」

「うん。一人旅は不安だし、誰か式神になってくれそうな神さまでもいないかな~って思って歩いてたら、二人が座ってるのを見つけたの」

「最初から俺たちの正体が分かって声を掛けたのか」

「そうだよ、牛頭ちゃんは牛さんでしょ、馬頭ちゃんは馬さんだよね。わたし、二人の姿ちゃんと見えてるよ?」


 どうやら美幸には一馬と同じような能力があるらしい。


「そうか、最初からそれが分かった上でか。あーもう、しゃあねーなー」

「……仕えよう」

「よかった、二人ともよろしくね。さあ牛頭ちゃん、この荷物持って」


 どうやらうまく話がまとまったようだ。


重ねて申しますが、特定のモデルはおりません。

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