第3章第1話 「牛頭&馬頭」
今日は最初の投稿が早かったので、2話目投稿します。
第3章に入り、新キャラ登場です。
イサキたちが昼前までかけて商品を用意している間、一馬はキヨに頼んでご飯を炊いてもらっていた。
道中食べるおにぎりを作るためだ。
現代人に1日2食はきついもんな。
キヨの炊く米は色が黒く、最初見たときはその色に驚いたが味はなかなかいける。
なにせ完全無農薬なのは間違いない。
炊き立ての玄米を塩むすびにして、竹の皮で包んだ弁当をキヨと猿彦に手伝ってもらって作る。
もちろんその前によく手を洗って、だ。
竹はこの辺りにいくらでもあるらしく、キヨがすぐ用意してくれた。
竹の皮には殺菌作用があると聞いたことがある一馬は、そのことをそれとなくキヨにも教えてやった。
「一馬さんは本当に何でも知ってるのねえ」
「とんでもないですよ」
「この塩むすび、って奴もなかなかいけますぜ、旦那」
猿彦はおにぎりを一つちゃっかり頂戴してほおばっている。
そうこうしていると、イサキたちが準備が出来たと呼びに来た。
村の入り口でイサキと2人の露天商仲間が大量の荷物を背にして待っていた。
ハミを噛ませた馬も一頭繋がれて、背中に荷物を負わされている。
元の世界の馬と比べると小柄で体高は130センチほどしかないが、どっしりした骨格をしている。
鞍を載せていないところを見ると乗馬用ではないらしい。
「ずいぶん買い込みましたね、イサキさん」
「せっかく行くんだ、たっぷりあった方がいいと思ってな」
「それはそうですけど、大丈夫ですか?」
「なあに、このくらいなれたもんよ。なあ?」
「そうそう、平気だよ――」
「じゃあ行きましょうか。キヨさん、みなさん、お世話になりました。また戻ってきますけど」
一馬は見送りに来てくれたキヨや村人たちに頭を下げた。
横で猿彦も殊勝に頭を下げている。
「一馬さん、またちゃんと戻ってきてね。あんた、一馬さんに迷惑かけないように頑張るんだよ」
「あたぼうよ、行ってくるぜ!」
みな思い思いに別れの挨拶をしている。
キヨは涙ぐんでいるようだ。
一番近い町とはいえ、それだけ危険もあるという事だろう。
「では、行ってきます!」
一馬は大きく手を振って皆にあいさつした。
一馬は草薙の剣以外、何も持っていない。
「俺も何か持ちますよ」と言ったのだが、猿彦がとんでもねえと持たせてくれなかった。
猿彦は馬の手綱を引いて歩いている。
手ぶらにもかかわらず、最初にばてたのは一馬だった。
この世界の人間はみんな健脚で歩きなれているようだ。
速さについて行けずゼイゼイ言っている一馬を気遣って、休憩を取ってくれることになった。
「みなさん、すいません」
「いや、いいって事よ。一馬さんのお蔭で安心して旅が出来るんだからよ」
「そうですぜ旦那、気にしないで下せえ」
「ありがとう、猿彦。お詫びと言っては何だけれど」
一馬は猿彦の持っていた荷物の中から竹の皮に包まれた弁当を取り出した。
「みなさん、おひとつずつどうぞ」
「お、出ました塩むすび、へへ」
猿彦は嬉しそうだが、イサキたちは不思議そうに眺めている。
そもそも昼に何かを食べる習慣がないようなので分からなくて当然だ。
一馬と猿彦が率先して包みを開けた。
「それは、米かい?」
「塩むすび、ってんでさあ。一馬の旦那が教えてくれたんでやすよ」
「へえ、一馬さんが?」
「そうです。結構いけるんですぜ」
一馬と猿彦がかぶりつくと、イサキたちも続いた。
「おお、これは――」
「塩加減が絶妙だ。これはうまいもんだな」
「しかも箸がなくて食えるし、旅にはもってこいだ――」
「これは塩だけでむすびましたが、中に具材を入れてもおいしいですよ」
「お、それもうまそうだ。食べてみてえな」
「これならうちの母ちゃんも作れそうだ」
竹筒の水筒に入れた水との相性も抜群だ。
もちろんその水はキヨが沸騰消毒してくれたものだから一馬は安心して飲めた。
そこで一馬は馬について聞いてみた。
「この馬って荷物を運ばせるだけですか?」
「運ばせるだけ、って他に何かあるのかい?」
「上に乗ったりはしないんですか?」
「馬の上に乗るなんてのは、貴族様なんかの戦人くれえじゃねえかな。俺たちは乗ったことがねえな」
「一馬の旦那は乗ったことがあるんでやすかい?」
「うん、何度かね」
一馬が源蔵と暮らしていた桂村に馬や牛を飼っている家があって、一馬は何度か馬に乗せてもらっていた。
「やっぱり一馬さんは違うねえ」
「旦那、もし良ければお乗りになりますか? あっしが手綱を引いておりやすんで」
「お、それがいいんじゃねえか? 一馬さんは歩くのが辛そうだし」
一馬は鞍や鐙がないことに悩んだが、乗せてもらうことにした。
このままでは相当足手まといになってしまいそうだし。
「じゃあ、そうしてみてもいいですか?」
「おう、モチのロンだ」
「しっかり手綱は引かせて頂きやすんで、安心して乗って下せえ」
結局一馬は猿彦の引く馬に乗せてもらうことになった。
裸馬に乗っているのだ、正直お尻や太ももは相当痛いが、スピードは相当アップした。
おかげで旅は順調になったが、一馬は馬の上で一言も話せなかった。
体がバウンドして、口を開くと舌を噛みそうだったからだ。
こうして、最初の二日間は何事もなく過ぎた。
西に向かって進むごとに道は少しずつ広くなってきたし、獣や物の怪も特に出なかった。
夜は干し肉や干した川魚を焙って食べ、焚き火をたいて一人見張りを残して寝た。
ここでも猿彦が「慣れているから」と見張りを率先してやってくれたことは助かった。
一馬の太ももやお尻は相当悲鳴を上げていたが。
そうして迎えた3日目、道はまたうっそうとした森の中へ入っていた。
「旦那、もう飛鳥の町からそう離れてはいませんぜ」
「そうだと助かるな、正直もうお尻が限界だ」
「あはは、一馬の旦那、きつそうだな。もうちょっと辛抱してくれよ」
そんな話をして一行が道を進んでいた時――
急に木陰から二人の大男が現れた。
イサキたちは驚いて一馬の乗った馬の後ろに隠れる。
「旦那、まずい」
「おお、猿彦じゃねえか! 何やってんだこんなところでよぉ」
「いや別に、何って訳じゃねえ」
「お、なんだ? なんでこいつ馬に乗ってんだ? 可哀そうだろうが、お馬さんがよぉ! なあゴズ?」
「……別に馬はどうでもいい」
「けっ。しかし猿、オメエはいつみても猿顔してんな、傑作だぜ! わっはっは」
「……人の面のこと言えた義理じゃない」
二人ともこの時代の人間にしてはやけに背が高い。
一馬と変わらぬぐらいの高さがあるだろう。
良くしゃべる方は細身で顔がいわゆる馬面という奴で、手に長刀を持っている。
ゴズと呼ばれた無口なほうはツッコミ役か、手に金棒を持っていて全体的にゴツくて力が強そうだ。
猿彦が馬の上の一馬が降りる手伝いをしながら小声で話しかける。
「こいつらはゴズとメズって言いまして、この辺で名の知れた暴れ者です。大耳の奴も関わりを避けていたぐらいでして」
「いてて、そんなに強いんだ」
一馬はお尻をさすりながら改めて二人を眺めた。
なんだ、人間じゃないじゃないか。
一馬の目には馬面のメズの顔は馬が、ゴズの顔は牛が化けているのが分かる。
体はもともと人と同じようだが立派な妖しだ。
近づく気配に気付かなかったのは、お尻に気を取られていたせいだろう。
「猿、なんでそんな奴にへいこらしてんだ。お前大耳の手の者だろうが」
「大耳はこの人に斬られた。俺は改心して、この人の道案内をしいてるんだ」
「大耳を斬った? テメエ、ふかしこいてんじゃねえぞ、猿」
「嘘じゃねえ。悪いことは言わねえ、道をあけろよ」
「なんだと? こいつ、いい気になりやがって!」
一馬はメズと猿彦がやりあっているのを見ていたが、やっとお尻の痛みもましになって前に出た。
「猿彦のこと猿顔だっていうけど、あんたの頭はそのまま馬なんだな」
「なんだと?」
「ああ、馬の頭だってことで馬頭か。そっちは牛の頭で牛頭だな」
「オメエ、何言ってやがる。ふざけたこと言ってんじゃねえぞ」
「あんたらも大耳と同じ地の神、って奴なのか?」
「……コイツ、俺たちの本性に」
「どうやらそうみたいだな、ほっとくわけにはいかねえ。やっちまうか」
「……そうだな」
牛頭と馬頭はそれぞれ武器を構えて一馬を睨みつける。
一馬は猿彦に「下がってて」と声を掛けて草薙の剣を抜いた。
――カズマ、久しぶりだな
朱雀、こいつら知ってる?
――牛頭と馬頭じゃな
どんな奴ら?
――ともに地の神ではあるが、そう悪い奴らではない。乱暴だが根は面白い奴らじゃ
そうか、じゃあ斬る必要はないね。何か特徴はある?
――牛頭は力が強く、刃物を通さぬほど体を硬くする金剛という術を使う。まあ神無威なら難なく通るが
もう一人は?
――馬頭は動きが速く、さらに足が速くなる飛脚という術を使うの
勝てるかな?
――弱い奴らではないが、カズマなら大丈夫じゃろう。炎の剣を使うか?
いや、イサキさん達や猿彦が見てる。ばれないような術はないかな?
――ふむ、では颯天の剣が良かろう。目にもとまらぬ速さで動けるぞ
分かった、やってみるよ
「どころであんた達、御剣って人を知らないか? 武尊命さんの子孫なんだが」
「知るかうるせえ。てめえ、名はなんていう」
「渡辺一馬だ」
「へん、偉そうな名前しやがって。俺たちに会ったのが運のツキだ。大人しくやられな」
「……大耳をやった、というんだ気を抜くな」
牛頭と馬頭は一馬の左右からじわじわと近づいてくる。
挟み撃ちにするつもりのようだ。
一馬は二人の間合いに入る前に唱えた。
「颯天の剣」
最初は馬頭がその長いリーチと素早さを生かして長刀で上から斬りかかってくる。
それからわずかに遅れて、牛頭が棍棒を横に振り回してきた。
一馬はまず馬頭の長刀を剣で受け流し、すかさず続けて棍棒を弾くと同時に踏み込んで前に出る。
「おっとっと」
一馬は自分の予想以上のスピードについて行けず、二人の間を思わず通り抜けてたたらを踏む。
「な、今なにしやがった?」
「……全く見えなかった」
牛頭と馬頭は一瞬のうちに自分たちの背後に回った一馬を見て驚愕している。
馬の後ろでこわごわ見ていた猿彦やイサキたちは声も出ない。
朱雀、これちょっと早すぎるよ
――仕方ない、少し程度を下げるか
うん、でないと自分で制御できない
――分かった、これでどうじゃ
一馬は今度は自分から斬りかかった。
最初のターゲットは牛頭だ。
さっきよりは押さえているが、怒涛の速さで斬りかかる。
牛頭はそのスピードに全くついて行けない。
傷付けないように普通の刃で斬りつけるが、キーンという金属質の音を立てて肌で刃が弾き返される。
「……金剛の術」
そこへ横から隙ありと見た馬頭がしゃにむに斬りかかってくる。
かなりのスピードで斬ってくるが、今の一馬の速さはそれを余裕を持って迎撃できる。
馬頭は目一杯の速度で何度も一馬に切りかかるが、一馬の動きには敵わない。
全ての攻撃を受け止められた馬頭のスタミナが切れて息が上がってきたところで、一馬の反撃が始まる。
さっきの馬頭をはるかに上回るスピードで、何度も何度も斬りつける。
「うっ、いてっ、こ、この野郎」
一馬は普通の刃で斬っているので、斬るというより殴るという感じだがそれなりに痛いらしい。
これだけぼこぼこに殴られたら当然か。
それを助けようと今度は牛頭が金棒を振り回して殴りかかる。
これも一馬は余裕を持って避ける。
スイスイと全てを躱しながら、一馬は朱雀に問いかけた。
神無威の刃で斬ると殺してしまうかな?
――金剛が効いている間なら、軽く切れば大丈夫じゃろう
なるほど、やってみる
一馬はまず普通の刃で牛頭に斬りつけた。
キーンという音を立てて弾き返される。
金剛の術が効いていることを確認した一馬は、剣を裏返し神無威の刃で斬りつけた。
斬りすぎないように、あくまで軽く優しく。
「……な、何だ」
神無威の刃が牛頭の肌に傷を付けていく。
牛頭も必死に金棒でそれを防ごうとするが、一馬の今のスピードに敵うはずもない。
見る見るうちに牛頭の体は傷だらけになった。
そこへ横から体中あざだらけの馬頭が加勢に入る。
馬頭は神無威の刃で斬ると危ないので長刀を弾くだけにしておく。
しばらくその状態を続けた後、一馬は二人と距離を取って話しかけた。
「どうだい、そろそろ終わりにしないか?」
「ハア、ハア、ハア、何を言ってやがる、勝負はこれからでえ! なあ牛頭?」
「……やめておいた方がいい」
「ほら、牛頭もそう言ってるし。あんたらそう悪い奴らじゃなさそうだし」
「くそ、ここは一時、戦略的撤退だ! 牛頭、行くぞ。一馬と言ったな、覚えていやがれ!」
突然馬頭は懐から何かを取り出したかと思うと、それを一馬の足もとに投げつけた。
すると辺り一面に煙が立ち上り、前がほとんど見えなくなった。
「これが馬頭様の得意技、煙玉だ! 今度会ったらただじゃおかねえ。おぼえてろ~」
馬頭の捨て台詞は次第に遠くなっていった。
確かに足は速いようだ。
「一馬さん、あんたやっぱり凄げえな」
「旦那、なんという速さだ。全く見えませんでしたぜ」
馬の後ろに隠れていたイサキや猿彦たちが感嘆の声を上げる。
「そ、それより飛鳥の町はまだでしょうか。もうお尻が限界で……」
せっかく勝ったにもかかわらずどうにも締まらない一馬であった。
明日もこれぐらいの時間に投稿したいと思ってます。




