マッチを売りたい少女(マッチ売りの少女アレンジ)
企画:外部企画
テーマ:おとぎ話や昔話などをもとに創作したショートストーリー。
アレンジやスピンオフ、新釈作品。
一言:マッチより便利な着火器具なんて山ほどある
「さぁさぁお立ち会い! 今日ご紹介いたしますのは皆様にもお馴染みとなっております、マッチでございます!
ご覧くださいこの洗練されたフォルムを。サンマも腰を抜かすような流線形のしなやかなフォルムには、現皇帝陛下であらせられるウィンガルド2世様も三度手に取られて日が暮れるのも忘れ眺めておられたとか。
さ・ら・に、このマッチはただのマッチではございません!
わたくし独自の研究と工夫によりマッチ表面に特殊コーティングを施し、今日のような雪の降る夜でも安定した点火を実現いたしております!」
少女が手慣れた手つきでマッチを擦れば、空気を覆い尽くすほどの雪が降りしきる街の一角は、確かに力強い火の赤で照らされた。
「もちろんそれだけではございません。芯棒には折れにくい合成素材を使用! これでもう、擦っている途中に芯棒が折れて火があなたの手元に襲いかかって大火傷をおこし、それが元になって思うように仕事ができずに、上司にどやされて仕事がクビになって家族にも愛想をつかれて、わたしのように雪の降りしきる中でマッチを売りながら孤独死を心配することもありません!
それでもちょっと怖いわというあなた!……そんなあなたのために今日は芯棒が200mmのタイプもご用意いたしました!
もちろん芯棒は50mmタイプと同じ合成素材! 拳法家のチョップでもなかなか折れるものではありませんし、ロングタイプの強みで燃焼時間は消費税込みで平均3分16秒をマークしております。これでもう火葬のときに死んだじーさまに火がつかなくてストレスがたまる心配もありませんね!
お値段ひとつ100ペリカ。側薬以外での誤発火を99,9%抑えた安全仕様! マッチをご入用の際は、ぜひ安心のブランド、わたくしローラの正規保証書付きの特製マッチをお買い求めください!」
……彼女は誰も彼女のことを見ていない往来で、一息にそれを言い切った。少女の口からしきりに漏れていた白い息が落ち着いていく中、吹きすさぶ風が立ち止まったローラの服をみるみるうちに湿らせていく。
寒い……とは、思わなかった。ただ、一向に売れる気配のないマッチの山が誰の手にも触れられることがないままに雪に埋もれて見えなくなっていく様は、見ていてつらい。
翌日も、彼女は朝からマッチを売っている。
「火は古来より浄化と知恵の象徴として崇められております。年の瀬のこの時期に新たな気持ちで新年を迎えたいあなた! マッチはいかがですか? 今なら5個セットのお買い求めでローラ特製「マッチのピラミッド」をプレゼント! もちろん正規鑑定証をお付けしたまま、お値段据え置きです!」
はじめはこんな売り方はしていなかった。物にすがるように往来の人の背中をたたいては「マッチはいりませんか?」と尋ねて回ったものだが、そんな泣き落としでは誰も見向きもしてくれない。どころか、汚いものを見るかのような目で吐き捨てた態度をとられてしまう。
いや、実際自分自身はどう思われてもかまわなかった。だが悪印象をもたれては売れるものも売れまい。自分はなんとしてもマッチを売りたいのだ。マッチ以外の部分で商品の評価を下げるのは不本意だった。
そこで、笑顔とさまざまな言葉で往来の気を引いてみることにした。楽しそうな声を上げているとその間は自分も楽しい気持ちになれる。そして気のせいか周囲の目も違うように見えるのだ。
「パステルカラーのマッチ、火力40倍のジェットマッチ、途中から線香花火になるマッチと、楽しいマッチを各種取り揃えております。もちろんすべて脱硫済み! もう赤ちゃんの目の前で使っても有害ガスで目をつぶすことはありません! あ、もちろん火は熱いですから赤ちゃんに擦らせちゃ駄目ですよー」
人が遠くから見ても何をしていることがわかるように、「ローラのマッチ」と書いた大きな看板を作ってみた。ひょっとしたら匂いで気がひけるかもしれないと思い、マッチにごま油を扱い、香ばしい匂いが出るように工夫してみた。だけではなく、自家製のたこ焼きソースのエキスを練りこんで食欲のそそる匂いを再現する。同様に、サラダ味、ビーフ味、イチゴ味をラインナップした。
火がついている間だけの匂いでは人目を引けないので、売る場所では七輪でうなぎを焼いてみたりもした。タレの匂いの香ばしさで若干の気をひくことはできたが、それでマッチが売れるわけではなかった。
流行りものにも手を出した。
「今日はかわいいゆるキャラのイラストを箱にお付けした特製マッチをご用意いたしました!」
最近は妖怪なんちゃらというシリーズがウケているらしい。ただし昨今、版権だなんだと権利が騒々しく、同じものは描けないので、ローラは自分が産み出したゆるキャラのような妖怪を描き、箱に付属した。思った以上に画才のあるローラのイラストは、それなりにかわいらしく見えた。
この「ゆるキャラマッチ」は一応、子供の注目を引くことに成功したが、そのわりに売り上げは伸びない。子供には……いや、大人も似たようなものだが……いいものが売れるわけではない。注目されているものが売れるのだ。
一方で萌え要素とか、流行の言葉を引っ掛けて付属物を充実させてみたものの、こちらへいくと好き者たちはマニアックすぎて、ローラの手におえるものではなかった。
自分の容姿にも気をつけてみた。自分を飾り、時に奇抜な姿を見せてみる。この寒空で肌を大きく晒せば一応の注目は得た。
だがそれは同時に商売の勘違いも生みだす結果となる。
「マッチより僕と少し遊ばないか? お金は払うよ」
「いいえ……」
望まぬ誘いに、力なく首を振るマッチ売りの少女。お金がほしいのではない。自分はマッチを売りたいのだ。
この寒空で朝も昼も夜もここに立って皆に笑いかけているのは、マッチを売るためだ。
自分の作るマッチが認められ、評価されて売れることがローラの唯一の望みであり、自分が評価されたいわけでも、ましてや自分の身体を評価されたいわけでもない。
たまに同情の目でマッチが売れることも同じようにつらかった。物乞いではないのだ。自分のマッチのよさをわかってくれる人に、喜んで買ってもらいたい。
……ローラは一年中ほとんど冬しかないこの国で、来る日も来る日もマッチを売り続けた。
また日は暮れて、雪は降り続いている。
「さぁタイムセールが始まりました! 今なら30%オフでのご提供です! 今日は大晦日! 転ばぬ先のマッチ! サルは木から落ちますがマッチは木から落ちません! 今日は普段のラインナップに加えて、おせち料理エキスを練りこんだマッチもご用意いたしました!」
往来は多くの人が行き来しているのに、それらはまるで川に打ち込まれた杭をすり抜けるようにローラをよけて流れてゆく。今年の最後を働く者も遊ぶ者も、少女の声など聞こえないかのようだ。
雪は今日もやみそうにない。空を埋める黒い雲がどうしてこのような真っ白な世界を作り上げるのか不思議でならないが、その黒と白の色味のない風景にいっそう冷え込む風が吹きつけて、一人場違いに鳴いている少女の唇をも白く染めはじめた。
……そして、どれくらいの時がたっただろう。
「マッチは、いりませんか……?」
短い言葉を発して、彼女は、静かになった。街はたちまち無音となり、凍える少女の背中を白々しく照らしている街灯の明りが、まるで世界をその場所だけ切り取ったかのように浮かび上がらせる。
(重い……)
その静寂が……ぐっしょりと濡れて凍りついた靴が、マッチ箱でいっぱいのバスケットを抱える腕が、両肩にのしかかる真っ白な雪が、今まで過ごしてきた真っ白なままの時間が、街が、空が……すべてが重くて……もう、身体が動かない。
「あは……」
笑える。
「売れないナァ……」
そして、降りしきる雪が瞳にたまってゆく涙と混ざって頬を伝い、彼女の笑顔を一瞬にして消した。
(マッチなんて……)
……時代遅れだということはわかっていた。今日び火をつける方法などマッチでなくてもいくらでもある。そしてそれら、他の着火器具がマッチよりもはるかに機能的で、経済的であることも知っている。
(それでも……)
少女は思っていた。それでも自分はマッチを売りたい。マッチにはマッチのよさがある。マッチには暖かさがある。たとえそれが時代と合致しなくても、自分はそれを伝えたいのだ。
その情熱を余人に理解される必要はない。登山家が危険を承知で最高峰に挑むように、映画監督が採算を度外視してよい映画を作りたいと願うように、人間は時に損得を越える生き物なのだと思う。
その昔、マッチ売りの少女はマッチを灯して夢を見た。自分はマッチを売って夢を見る。
いや……自分は、マッチという名の「夢」を、売っているのだ。
だから、売れるまで売り続けるしかない。それまではどんなにひもじくても、寒くてもがんばると決めたのだから……。
少女は寒さに震える手で顔をごしごしとこすり、涙の混じった雪を落とすと、自慢のマッチの一つに火をつけた。薬頭からミントの香りが広がって、一瞬青い炎を経て赤く燃え上がる。
……そのマッチの向こうに、かつてマッチ売りの少女が見たような幻想は見えてこなかったが、彼女は丹精をこめて作り出した自分の作品を、雪の冷たさにも負けない強い光を、愛おしそうに見つめた。
「絶対に売ってあげるから……もうちょっとの辛抱だよ」
その、やわらかい暖かさに照らされて、少女に決意と笑顔が戻る。彼女は大きく息を吸い込んだ。
そして、雪の降るモノクロの街に、再び色味のある声が舞い上がり……
「お立ち会いの皆様。新年をめでたく飾る門松マッチはいかがですか!?」