節分、豆まきアルバイト、時給850円
企画名「ハピ豆プロジェクト」
テーマ:節分と萌え
一言:萌えってなんだ……orz...
こういうのを期待されてるんじゃないだろうナァ……と思いつつ、
思いついたことをベタ打ちしてみました。
神楽神社の境内は夕方になって、物々しい雰囲気に包まれている。
鳥居を挟んで内側、広大な敷地には多くの巫女が集まり、白い着物に赤い袴が夕日に照らされて、鮮やかな"防衛網"を築いているのだ。
右翼、左翼、正面の3つに合わせて4,50名の巫女が並びその前には土嚢がバリケードのように積んである。後ろにはトラックみたいな車両が数台と、太い物干し竿のような謎の物体が、いずれも鳥居の向こうへ向いていた。
「あのーぅ……」
今日、まだ二度目の巫女袴に袖を通した朱里は、その物々しさを不思議がり、おそるおそる隣で指示を出していた娘に声をかけてみた。
「どした?」
「今から何が起こるんですか?」
この娘の名前は先ほど聞いている。櫻花という。年はわからないが、昭和の娘がどうのといっていたので少なくとも30近い。それはともかく、もともと宮司の娘だそうなので事情は詳しかろう。
「え……知らないの!? あなたバイト巫女?」
「はぁ……まぁ……」
今年の正月三が日に、ここでおみくじを売るアルバイトを行った縁で今日、ここに声がかかったのだ。と思う……。
不安げな朱里を尻目に、あごに手を当ててやや思案する櫻花。
「なるほど、やけに多いと思った。今年はバイト巫女まで動員かぁ……きびしい戦いなのかもね……」
「戦い?」
「今日は何の日だか知ってる?」
「え……っと、2月3日ですけど……」
「うん、そうね。で、2月3日といえば?」
「わたしの誕生日です」
「あ……そうなの。オメデト」
たぶん生まれてこの方聞いた中で一番軽いおめでとうをもらった朱里にも、もちろんそのための布陣じゃないことくらいはわかる。
「なんなんですか?」
「節分を知らないの??」
「あ、そうですね。恵方巻食べる日ですね」
「あぁ……」
櫻花はうなだれた。今どき節分など、太巻きを食べる日としか認識されていないらしい。
「節分っていうのはね」
もともとは季節の変わる節目をいう。だから本来、春夏秋冬、節分は4回訪れるわけだが、現在は節分といえばもっぱら立春の前日をさす。年初めということでもある。
「その"節分"という日には、鬼が出るって聞いたことは?」
「あぁ……あります。うちの場合はお父さんでしたけど」
「あ……そうなの。ヘイワダネ」
朱里の認識でも仕方なかった。現に昨今の節分の豆まきは家庭内に限定されて、かわいらしい鬼の面を施した父親を追いかけるだけの、ほのぼのした行事となっている。
が、霊脈の通ずるところではいまだにホンモノの"鬼"との戦いが繰り広げられているのだ。それを幼いころから目の当たりにしている櫻花にとっては、そんな家庭的なイメージを語られても乾いた言葉しか返せない。
「季節が変わる晩って、霊界と現世界の波長が重なるのよ。その狭間が、神社ってワケ」
「ハァ……」
説明を聞いてもピンと来ない朱里。
「鬼ってあの、角が生えて、トゲトゲの金棒もってる鬼ですか?」
「ぷっ認識古っ!」
櫻花が思わず吹き出す。
「たとえばアフリカの真ん中だってもう裸に槍じゃなくてスーツ着て高層ビルで暮らしてるよね?」
要するに鬼も進化しているらしい。桃太郎などで語られている鬼ですら1000年以上の時が経過している。その間、刀が鉄砲、鉄砲が大砲になったように、鬼もトゲトゲの金棒ということはないようだ。
「今年は強いんだと思う。去年は消費税も上がったしね。だからバイトまで動員したんじゃない?」
「……」
その話、どこからツッコめばいいのか。
「というか、戦うってどういうことですか?」
要領を得ない朱里に、向こうからずっと順番に回ってきた宮司から豆が配られた。その豆を受け取りながら櫻花が当たり前のように言う。
「豆をぶつけるに決まってるでしょ」
「へ?」
「それを袖に入れといてね。うっかり投げすぎてなくなってから鬼に襲われたらえらいことになるからね」
「……」
朱里はしばし考え始めた。やや顔が傾いて目がコロコロと動き始めると、縁がはっきりとしていてなかなかの美人であることがわかる。
「かわいい子、あぶないよ。気をつけてね」
「っていうか、豆まきですか?」
「うん」
「何で危ないんですか?」
「そりゃだってアンタ、相手は鬼だもん」
「鬼なのに……こっちは豆ですか?」
「うん」
「あっちも豆ですか?」
「ううん。ひょっとしたら機関銃とかかも」
「ふざけてるんですかぁ!!!!」
朱里は地面を踏み鳴らして大声を上げた。
「どこの世の中に機関銃に豆で立ち向かう人がいるんですか!!」
そもそも射程が違いすぎるだろう。いや、ツッコむところはそこだけでいいのか?
……しかし当の櫻花は動じない。
「大丈夫だよ。こっちだって近代兵器用意してあるし」
「そういう問題じゃなくてなんで豆!!!」
「節分の鬼を狙撃銃で撃ち落すつもり?」
「相手が機関銃ならそうでしょう!?」
興奮の度合いを強める朱里に、櫻花はややあきれ気味に答えた。
「あんたねぇ……。ここをどこだと思ってるの? 神聖なる神の社だよ? 鬼の血だらけになったらどうするの?」
「このままじゃわたしたちの血だらけになっちゃいます!!」
その必死の抗議は櫻花を感心させた。
「すごいねバイト巫女。武器の話でここまで食い下がってきた子は初めてだよ……」
「……」
あまりに価値観がずれ過ぎていて何を言ったらいいのか……。しかしこのままちゃんとした情報が得られないのに「ナニカ」が始まるのは危険すぎる。朱里は一度冷静に戻ろうと思った。
「鬼に捕まったらどうなるんです?」
すると櫻花はまたこともなげに、
「まぁ、孕むか食われるか殺されるね」
「ちょっとまってまってまってまって!!」
やっぱり落ち着けないことが判明し大声に戻る。
「わたし、たった時給850円で雇われたんですけど!!!」
「うん、だから850円分の働きはしてね」
「そういう問題じゃなくて!!」
「あー、ちゃんと支払われるから大丈夫」
「そういう問題じゃなくて!!!!」
「ん? 850円分働いた後はどうするかってコト? まぁ……あとは死んじゃってもしかたがないんじゃない?」
「ええええええーーーー!!!」
悲鳴に似た朱里の声にと共に、太陽が西の山に沈んでいく。それにつれて、どこからともなく聞こえてくる、ドロドロドロ……という奇妙な音。
……神楽神社の節分を襲う、鬼たちの宴の始まりであった。
突如、夜空が「切れ」た。まるで大きな布製のキャンパスであったかのように星と星の間を縫って亀裂が入ると、そこから数本の筒がものすごいスピードで飛び出してきたのだ。
「うわ! やっぱりミサイル使ってきた!!」
「ミサイルなんですかあれ!!!」
櫻花が叫び、朱里が悲鳴を上げるその次に、はるか後ろからよく通る声で女の声が飛んできた。
「パトリオット豆発射!!」
その声に振り返った朱里が見たものはトラックの荷台がいつの間にか斜め上を向いている光景と、そのトラック自体が一瞬で見えなくなるほどの膨大な煙。続いて大音響と煙の帯が、一瞬にして朱里の頭上を通り過ぎていった。
「ちょ……」
数瞬後、大爆発が夜の花火となって空に爆ぜる。
「なに今の……」
「なにって、迎撃用の豆だけど」
「まめぇ!?」
「さっきいわなかったっけ」
「言いましたけど!」
なぜ豆なのだ?
しかしそれを聞く間もなく、次弾の飛来と迎撃豆の大音響が声を掻き消してしまう。代わりに左翼の巫女たちにも攻撃態勢の指示が飛できた。
「な……何をすれば!?」
その答えを待つまでもなく朱里もすべきことだけはわかった。隣もその隣も、塹壕に身を潜めつつ各自袖から豆を取り出して、遠く、鳥居の外の「切れた風景」から飛び出してくる鬼たちを見据えている。
ドロドロドロ……何の音なのだろうか。意味不明の音に乗って、光りを放つ目が影を伴ってみるみる膨れ上がっていった。
その音と影にまぎれて正面から鳥居を抜けて入ってきた巨大な物体が、異様な存在感を示している。
「うわぁ……機関銃じゃなかったね」
「あれって戦車って言うんじゃ……」
「うん、たぶん」
キャタピラで土を巻き上げつつ、左右に展開する数台の戦車。
その砲口のひとつが閃光を発し、一瞬にして朱里たちの頭上を通り過ぎると境内脇の大木をなぎ倒して破裂、大音響と共に飛び散った。
「どうするんですか!? 勝てるわけ……」
「大丈夫だよ。急降下爆撃で豆落とす式神たちがいるから」
二人の脇をその"式神"とやらが通り過ぎていく。それは50cmくらいの巫女の姿をしたゆるキャラのような女の子たちで、無駄にかわいい。
「どんな手品……」
「うちの神社に就職したら教えてあげる」
その数は瞬きをするたびに増え、ちょっと一瞬では数えられない程の人数、朱里たちの脇を次々に通り過ぎて低空飛行から急上昇をはじめた。
そのいくつかは鬼の対空砲火に落とされたようだが、その弾幕の中を臆することもなく、やがて急降下に転じて次々と何かを落としていく。
「あれが豆ですか!?」
「うん」
豆は爆発することこそないが、砲弾を撃っている戦車たちに触れるたびにまるでリベットが外れたかのように装甲をはがしていく様が見え、朱里には理解できない。
「ホントに豆ですか!?」
中央突破しようとする鬼たちの銃声を聞きながら、櫻花と数名の巫女たちは塹壕から顔を出しては確かに豆を投げて応戦している。
「豆……ですね……」
それは自分の袖に込められているものと変わらない。朱里は納得するしかなかった。
「でも、何で豆なんですか……?」
豆の袋に火薬を詰め込んで投げると飛散する手榴弾のようなものを投げ込んだ櫻花の裾を朱里は引っ張った。その熟練した戦闘巫女は一瞬だけ顔しかめる。
「豆が一番の武器だからに決まってるじゃない。あなた、豆まきの豆ってあそびで撒いてると思ってるの?」
が、そのわりに懇切丁寧に説明を始めた。
豆は古来、「魔目(魔の目をつぶす)」「魔滅(魔を滅する)」とも書いたように、魔祓いの道具として代々受け継がれてきているそうだ。日本で魔といえばそれはもっぱら鬼のことであり、魔の波長が比較的薄いここ200年の間にすっかり忘れ去られてしまっているが、豆なしに鬼との戦いの歴史を語ることはできない。
身近だが、非力な人間を守ろうとした神の与えた、手軽かつ最強の武器なのである。
「だから鬼が作るものはすべて豆で祓えるのよ」
「……」
知らなかった。以後大事にしよう。
そんな朱里を爆風が吹き飛ばした。
「きゃぁぁぁぁぁ!!!」
戦車の砲弾がバリケードをふっ飛ばしたようだ。爆風はだいぶ殺されて朱里を襲ったが、それでも立っていられないほどの衝撃波に彼女の身体が木の葉のように転げる。
「なにぼぅっとしてるの! 豆でつぶせるっていったってあたったら死ぬよ!!」
いつの間に木陰に隠れたのか、櫻花の声が地面にはいつくばっている朱里の背中に突き刺さった。
「早くおいで!」
その言葉で我に返った朱里は、着慣れない袴のすそをたくし上げながら、櫻花の胸に飛び込むように同じ木陰に転がり込んだ。
「よしよし、怖かった? 怪我はない?」
「はい、何とか」
しかしこれがなんで時給850円なのだ。何がどう間違えているのだ。
まぁ、運命というものはそういうわけのわからないご縁で繋がることもあるのだろう。筆者がいつの間にかハピ豆プロジェクトというものに参加しているのと同じだ。
とにかく、左翼で破裂した砲弾は巫女側の陣形を大きく崩した。そこへつけこみ徒歩の鬼たちが腰を低くして足早に展開していくのが木陰から見える。さらに、それに呼応するように、先ほどミサイル豆を撃った後方のトラックが大爆発を起こして横倒しに転がった。
「手ごわいな、今年……」
櫻花が顔をしかめて鬼たちを恨めしそうに見つめている。
中央、右翼はまだ大丈夫そうだが、どうも戦車の向こうに強力な狙撃砲台があるらしい。これを叩かないことには時間の問題かもしれない。
「バイト巫女! ちょっと手伝って!」
「は、はい!!」
木から木へ、影に隠れながら正面正門ともいえる鳥居へ駆けていく櫻花、そして朱里。その背中で、巫女たちの悲鳴が聞こえはじめた。左翼が濁流に巻き込まれたように一瞬にして崩れているのだ。
「あの子達も時給850円ですか!?」
「バイト巫女ばっかじゃないから大丈夫だよ。うまく逃げて応戦してると思う」
こんな時にアルバイト代を気にする平成世代の図太さに櫻花は苦笑いをうかべた。この子なら結構やるかもしれない。
「これ、半分任せるよ」
袖から何かを取り出して隣に身を潜めている朱里にそのいくつかを渡す。
「ロケット花火?」
「正確には頭に豆がついてるロケット花火、ね」
これで見えないところから狙撃する、という。
「なにをですか?」
「後ろからバンバン撃ってるあの狙撃砲台!」
櫻花が8本、朱里が8本、お互い砲台の両翼に周り、左右から狙撃する。
「生身の鬼が襲ってきたら豆投げてね。ゴジラのパンチくらい効くから」
櫻花たちを見つけて突撃してきた鬼の銃弾が二人の頬をかすめる中、豆を投げると確かに鬼は次々と卒倒していく。
「豆すごい……」
「明日からはもっと豆を尊敬してね」
笑うと福娘という言葉がよく似合う櫻花。そしてその笑顔のまま彼女は続けた。
「始まってから今まであなた何円分くらい働いた?」
「え? えっと……」
爆風に転ばされて……そのあと少し走って……。
「120円くらいです」
「おっけ。じゃあまだ働けるね。いい? あなたはこのまま林の中を隠れながらあっちに走って。わたしは平地突っ切って向こうの林まで走るついでに鬼たちをひきつけるから」
「は、はい」
いやといってもすでに巻き込まれている。木々の向こうでは2mを越す赤や青の鬼たちが迷彩服を着て前進しているし、今自分だけが無関係を装っても鬼たちは許してくれまい。
「でも、櫻花さんの行くほうには鬼がいっぱいいますけど大丈夫ですか?」
「大丈夫。今19時28分でしょ? そろそろ出雲大社から届くはずだから」
「なにが?」
「大陸間弾道豆」
「なにそれ」
「あー、あれだよ」
櫻花がずっと上を指差す。確かに飛行機のようなモノがこちらに向かって飛んでいるようにも見えるが。
「……」
あんなに遠いのにあんなに大きく見えるということは……。
「わたしたちも危ないシロモノですか!?」
「豆だから大丈夫だよ。直撃しなければ」
櫻花によれば、この神楽神社の上空500mでミサイル自体は爆発し、弾頭から大量の豆が雨あられのように降り注ぐらしい。
「アレ……税金で作られてるんですか……?」
「さぁ……」
ちなみにあまり知られていないが、出雲大社には同等のミサイルが6基。伊勢神宮には4基、明治神宮には12基、配備されている。アジア圏の安全を守るために神道も躍起というわけだ。
「というわけで行くよ!」
櫻花が答えも待たずに走り出した。鬼の銃弾を恐るべき反応速度でかいくぐって豆を浴びせながら向かいの林までの道をこじ開けていく。
「すごい……」
巫女というものはあんなに強いものだったのか。朱里は感心しながら、注目が櫻花に向いてガラガラに空いた鳥居の脇へと滑り込んだ。
式神といわれたあのゆるキャラたちの姿も消え、境内のほうからは火の手が上がっている。もう、時間はない。
一定間隔で火を噴いている狙撃砲台は鳥居にちょうどはさまれるようにして据えられている。
それを警備する鬼たちが約数名(数匹?)。いずれも機関銃のようなものを持っている。
櫻花ならともかく、自分ではあの数名が1名だとしてもかなわないだろう。だから、このまま茂みに隠れてロケット花火豆だけ、あれに命中させることが絶対条件となる。
「これ、絶対一発ずつ撃ったらだめだよね……」
飛んでくる方向がばれたら見つかってしまう。8発同時に撃って、命中させないといけない。
その時、あれこれと考えている朱里の頭上で、まばゆい光りが破裂した。
その規模は先ほどのパトリオット豆のそれよりも数段すさまじく、まるで街全体を覆うような圧倒的な光量に、夜が一瞬明けてしまったかのような錯覚を覚える。
続いて周辺には大量の黄色い雨の粒が降ってきた。いや、雨ではない。炒り豆だ。
これは確かに鬼もたまらないだろう。上空500mから降り注いだ豆は人間に当たっても相当痛そうだが、鬼にしてみれば逃げ場のない雨あられである。相当の被害が出たはずだ。
視点を境内に移せば、実際、中央、右翼の巫女たちを圧倒しつつあった鬼たちのほとんどはこの豆の雨にやられた。参道には豆に埋もれた鬼たちの肉のじゅうたんが長い距離で敷かれて足の踏み場もない。
それにより、火に追いたてられるように煤けながら身を潜めていた戦闘可能な巫女たちが息を吹き返し、急速に戦力の縮小した鬼たちを追い始めている。
明らかに形勢逆転だが、朱里の目の前、狙撃砲台だけはその数秒後、何もなかったかのように火を噴いたことにより、健在をアピールしていた。
「なんで!?」
動揺する朱里。しかしよく見ると鳥居の頭上は天を覆いつくさんばかりの大木の葉に覆われている。
すべてそれにさえぎられて大陸間弾道豆の効果が十分でなかったようだ。というより、そういう場所を選んで、鬼はそれを配備していた。
自分がこれを何とかしないと……。
……朱里に、ある種の使命感が沸いている。実際、これが生きている以上は、神社は破壊しつくされてしまうに違いない。
「これでどうだろ……」
朱里はのどが渇いたときのために袖に入れておいた500mlのペットボトルの水をあけ、その筒にロケット花火豆を8本押し込んだ。導火線を一本にねじって結び、弾頭は同じ方向を向くようにする。
「当たりますように……」
腰の高さに切りそろえられている山茶花の裏。キメの細かいこの茂みは、まだ鬼から朱里を隠している。その裏で顔を地面にこすり付けるようにして、息も止まるくらい呼吸を殺しながら、朱里は茂みからロケットの頭だけが出るように手を伸ばし、導火線に点火した。
パチパチッ
一瞬で燃え尽きる導火線。シュッという鋭い音だけを残して一瞬でペットボトルから姿を消して飛翔する豆付きロケット弾は、一瞬で砲台を捉える。
「あれ!?」
だがそれでも砲台は何事もなかったかのように火を噴いている。……どころか、警備の鬼たちが一斉に辺りを窺い始めたではないか。
「やばい!」
きびすを返して走り出そうとする朱里だったが、その道は数歩でふさがれた。
いつからいたのか。それとも花火で気づいたのか……退路に鬼が、立っている。
ニンマリ……という表現がふさわしい、いやらしい鬼の表情。後ずさりする朱里は図らずも茂みから見晴らしのいい参道に出てしまったが、そこには先ほどの警備の鬼たちがいる。
「まって!! わたしアルバイト!!」
日本語が通じるかどうかも怪しい赤と青の巨漢たちに、朱里が必死で叫んだ。が、空しい。
「ぐぇへへへへへへへ」
朱里を中心とした輪は徐々に狭まっていく。
そうだ!豆!!
朱里は震える右手を左の袖口に入れた。が、次の瞬間その肩を後ろからつかまれ動きを止められると、左の袖は根元から薄紙のように引きちぎられてしまう。
……恐るべき力だった。ぱらぱらと豆が飛び散ったそのことよりも、自分の白い肩をこの寒空の中、一瞬で露わにされたことが恐ろしい。
白目の白くない、黄色い光りを放つ鬼たちの目がすべて、朱里に向けられながら近づいてくる。これから自分は何をされるのか。……想像もつかないまま、自分は後ろから身体を乱暴に拘束されてへたり込むことすらできない。
「絶対おかしいょ……」
震え上がって大粒の涙すら出てくる彼女の瞳に鬼の腕が伸びる。
その腕、腕、腕に覆い被されるように、朱里は鬼たちのいやらしい笑い声にうずもれていった。
その時。
いや、正確には朱里が鬼たちの手にかかる直前。
参道を挟んで向こうの林から一本の木が参道へと崩れ落ちてきた。そのさらに直前に巨大な破裂音を聞いた気もする。
ドサァァァ!!!と地面をならす巨木の幹とそこからまた大量に振り落ちてくる豆。それがすべて狙撃砲台を襲う間に、さらに人が一人降ってきた。
「こんのエロ鬼!!!かくごーーーーーーーー!!!!!」
一斉に向けられる鬼たちの視線。月の光りに照らされて、その娘は神秘的な光りを放っているように見える。
「櫻花さん!!」
それは、先ほどの戦巫女だ。
朱里の周りを取り囲む鬼たちの頭上目掛けて、手を×字にクロスさせながら一直線に落ちてくる。
「グォォォォォ!!」
鬼たちはあわてて身構えようとするが遅い。すでに両の手を広げた櫻花からは、握れるだけいっぱいの豆が降り注いでいた。
「大丈夫!?」
折り重なって倒れている鬼たちを払いのけて朱里を抱き上げる櫻花。
「櫻花さん、怖かった!!!」
大粒の涙が止まらない朱里に、この宮司の娘は笑いかけた。
「おーよしよし。よくやったよバイト巫女」
「ロケット豆、効かなかったです……」
涙を拭きながらしゃくりあげて顔を上げると、櫻花はあくまでこともなげに答える。
「うん、ごめん、効かない」
「へ?」
「あのね、あの砲台は豆8個くらいじゃビクともしないのよ」
「……」
「そこで、とりあえずあなたにおとりになってもらって、鬼をひきつけてもらったってワケ。アリガト」
「軽いーーーー!!!!」
朱里が生まれてこの方受け取ったアリガトの中で二番目に軽い感謝に、朱里は泣き叫ぶ。
「ごめんごめん。しょうがなかったんだよ。この砲台守ってたこいつらは八鬼衆っていうエリートでね。正面から戦ったらどうにもならなかったから」
あなたが美人で助かった、と笑う櫻花に朱里は言葉も出ない。
……そんな彼女を、しゃんと立たせて、櫻花は言った。
「でも、あとは境内の本隊に任せても大丈夫。これやっつけられたのはあなたのおかげだよ。ありがとうバイト巫女」
いろいろなところが土に汚れて切れて、ボロボロの巫女袴を着る娘の頭をなでてやる。朱里は自分でもよくはわからないが、極限の緊張状態から開放された安心感と、振り向けられた少しの優しさに感極まって櫻花の胸に飛び込んで泣いていた。
その頭を抱いて、櫻花が母親のように柔らかく声を掛ける。
「……わたしとしゃべった。転んだ。ちょっと走った。ロケット花火撃った。囲まれた……朱里がやったのはこれくらいかな?」
そして彼女は朱里の見えないところでにこりと微笑んでウィンクをすると、言った。
「ま、850円くらいだよね!」
「……」
二の句の継げない朱里を尻目に、その戦いはきっかり一時間で収束を迎えていたのであった。