試合開始
人生に失敗はない。
マウンドに一陣の風が吹いた。土煙が舞う。
ベンチの選手は固唾を飲んで、その様子を見守っていた。
「ふーっ……」
西校エースの槇原は、大きく息を吐いて投球練習を開始する。
長身のたくましい身体から放たれるのは、豪快なストレート。
ではなく。
コーナーをついた緩やかな直球だった。
「ナイピーッ!」
森は笑顔で返球する。「キレのある良いストレートですよ」
槇原投手はにこりともせずに。
サインの確認をしつつ、ボールを投げ込んだ。
「プレーボール」
審判の声がグラウンドに響き渡る。
1回の表。東高校の攻撃。
「1番、サード、矢野くん。背番号8」
ウグイス嬢の代わりに、東校マネージャーがアナウンスを務める。
「かっ飛ばせー! 矢野」
「お前にとっては、良い練習台だぞ」
「何がなんでも出塁しろ!」
東校ベンチの応援を受けて、矢野三塁手は。
あはは……と、気弱そうに苦笑した。
そしてバッターボックスに入る。
「味方の応援さえも、気になるタイプ……か。揺さぶり作戦は効果的かな?」
森捕手はミットを構えながら、矢野三塁手に囁きかけた。「キミ、速球は得意なの?」
「ほぇ?」
手元でバットを回転させていた矢野三塁手は、突然話しかけられて喫驚した。
落としそうになったバットを、慌てて持ち直す。
「ま……まあ、それなりに、ね」
「アウトコース高め、ストライクゾーンのぎりぎりにストレートを投げさせるよ」
「へっ?」
矢野三塁手は狐につままれたような顔をして、森捕手を凝視する。しかし肝心の森捕手は知らんぷりだった。
「なんだかな……」
彼は混乱しながら、バットを構えた。
もしも外角高めの速球が来たら、見送るつもりだ。
槇原投手が投球姿勢に移った。
腕を高々と振り上げ、スリークォーター気味に白球を放る。
球種は高めに浮いたストレート。
速球派ならいざ知れず。
技巧派のストレートなら外野まで弾き飛ばす自信が、矢野三塁手にはあった。
が、見送る。
変化球の可能性もあるし、様子見がしたかった。
「ストライーッ!」
球審がガッツポーズを取る。
「ナイスボール、槇原先輩」
森捕手がしゃがんだまま投げ返す。
「なっ……」
矢野三塁手は二の句が次げなかった。
槇原投手は、森捕手の宣言通りに。
アウトコース高めに真っ直ぐを放ってきたのだ。
なんの躊躇もなく。
「まじかよ」
膝が笑い。
口角が引きつるのが、矢野自身にもわかった。
「アウトコース高めのストレートは、俺にとっての絶好球じゃねーか」
それを見逃してしまったのだ。
コースをついてはいるが、決して打てない球ではない。
なるほど。
これは心理戦とかいうやつか?
あるのは成功か成長だけだ。
(講演家・起業家/福島正伸)