二章一節 - 宵口と待人
小国中州の城は城下町の最奥――町よりほんの少しだけ高い所にある。水遊びができそうなほど澄んだ浅い形ばかりの堀。
きれいに整えられた石垣の上には、城を守るための塀のかわりに、生垣がめぐらされている。堀の周りには、どの季節でも楽しめるようにと、桜や柳など様々な植物が植えてあった。今はアジサイが咲きはじめで、宵闇の中に白い花がぼんやりと浮かんでいる。
城の入り口、堀にかかった唯一の橋に差し掛かったところで、大斗はやっと与羽をおろした。
「ありがとうございます」
自分から望んで運んでもらったわけではないが、一応礼を言った与羽はすばやく橋を渡り、半開きになっていた質素な門をくぐった。
「ご主人さまぁ!」
その瞬間少し間延びした高い声とともに、与羽の胴に何かが跳びついてきた。
「竜月ちゃん!?」
与羽はそれを抱きとめつつ、彼女の名前を呼んだ。
与羽を「ご主人さま」と呼ぶのは一人しかいない。その声にも覚えがあった。
「はいっ!」
にっこりと与羽を見上げたその顔は、与羽の女官――竜月のものだった。
「お帰りお待ちしておりましたぁ」
竜月は与羽の女官ではあるが、与羽が自分のことはほとんどすべて自分でやってしまうので、いつもは城や城の敷地内に立つ古狐の屋敷で他の女官を手伝うなどして過ごしている。
普段は出迎えることもない竜月が与羽を待っていたということは――。
「大変ですよぉ。先ほど、薬師の旦那さまと奥さまが血相を変えて城に駆けこんでこられまして――」
口調はいつものように少し間延びして舌足らずなため、あまり深刻さは感じられないが、与羽の手を引き誘導する様子は必死だ。
「九鬼武官や辰海殿、雷乱もいてくれてよかったですぅ」
「そんなに重大な話なの?」
与羽が竜月について歩きながらやや早口で問う。
「あたしにはわからないです。城主と卯龍殿が城にいた官吏をみんな謁見の間に呼び出してましたから、たぶん重大なお話だと思いますぅ。あたしはご主人さまと辰海殿の耳にお入れしなくてはとすぐにこちらに来てしまったので、全然お話聞けてないんですぅ。ごめんなさい……」
「ぃや、謝らんでいい。竜月ちゃんのせいじゃないよ」
眉を垂れ今にも泣きそうな顔をしている竜月にやさしく言って、与羽は彼女に並んだ。どこに行けば良いのかわかったので、もう誘導は必要ない。
謁見の間。城下町から来た人でも簡単に訪れられるようにと、門からほど近いところにもうけてある部屋の一つだ。
竜月はそこまでの最短距離を案内してくれていた。玄関を回らなくても、庭から謁見の間を覗くことができるのだ。
謁見の間の一段高くなった上段の間に、まだ若い中州城主――乱舞が座っていた。その表情は、いつもの穏やかさとは打って変わって険しい。
上段の間の目の前―― 一の間には官吏の中でも位の高い者たちが並び、その中央に旅装束に身を包んだままの薬師夫婦がいた。
与羽は縁側に膝をつき、一の間の外側に座っている官吏や使用人たちの頭越しにその様子をうかがう。